西野というキャラ

  1. ご都合か運命か
  2. 西野の性格描写
  3. 話が違う
  4. 終盤の西野

どうして好きなの?

西野というキャラに注目するとき、一番気にかかるのは「一体真中のどこが そんなに好きで、他の男じゃ代わりにならない、と思っていたのか」がまったく 謎、という点です。

これについては長くなるので他のページに独立 させます。

ご都合か運命か

高1で一旦リタイアした後再登場した西野については、

一度、突き放した西野さんを再接近させる事を決定したら、今度は「同じ学校 に通っているわけでもない西野さんを偶然(などあらゆる手を使って)引き合 わせる必要性」が生じてくるんですね。つまり演出の面では「ご都合主義」と 呼ばれるもの、物語の面では「運命的」と呼ばれるものが、西野さんの味方に なるワケです。

という分析を頂戴しました。なるほどこれは鋭い。

一応、ご都合に頼っていたのは最初の頃が主で、途中からは「真中とバイト 先が近い」という設定を生かしてしょっちゅう出会ってましたし、それでも足り ないときは真中の家までバンバン来ちゃう のが西野という人でした。そういう点で、偶然・ご都合に頼らず「自力で」 勝利を手繰り寄せる努力を惜しまないキャラと言っていいのですが、それでも非 常に大きく偶然が作用した個所はいくつか見出すことができます。

ひとつは修学旅行の回で、まさしく真中と東城がキスしようとしたその瞬間 に出くわす、というのは、まあやっぱりマンガならではのすごい偶然ですね。 作者には「せめて登場をもう少し遅らせて、キスくらいはさせてやれよ」と言っ てやりたい場面ですが(笑)。

もうひとつすごいご都合が発動した代表的なケースは、やはり真中が西野に 再度交際を申し込むに至った一連の流れですね。最初から順に見ていくと

  1. 東城がはじめに天地に問い詰められていたときに、ラブ・サンクチュアリ の相手が弟であることを素直に話さない(その後クラスメートの女子に訊 かれていたときも結局話してなかったみたいだけど、仮に隠したとしても、 当日は絶対バレるだろうし、現に当日は何の躊躇いもなく「弟だ」と話し ちゃってて、「相手が弟」であることを知られることに別段抵抗は感じて いない。この後の強引な展開に持ち込むため、作者が無理矢理東城に事情 を喋らせないようにしているようにしか見えない)。
  2. それについて事情を確認しようとした真中は、天地に強引に連れ去られて 確認の機会を逃す。
  3. 北大路は、「東城に(真中とは違う)彼氏ができた」という噂を何の疑い もなく信じこむ(あの東城が真中からそんなにあっさり心変わりするなん てこと、何で信じられるの!?本人に確かめもせずに!実際、後になって 真中の口から「彼女ができた」と聞いたとき、てっきり東城のことだと思 い込んでしまうほど「東城と真中はお互い好き合ってる」と思っていたは ずなのに)。
  4. 部室で濡れた服を乾かしていた東城は、真中が入ってくるのに慌てて ブラを投げ捨ててしまう(わかるようでよくわからない行動だ(笑)。 「真中くん、ちょっと入るの待って」と言うだけで済んだのに、なぜそう しないのだ?)。
  5. 真中は、「東城が、鍵をかけて部室にいた」という事態で、何をやってい たのか疑問を抱かない(東城が声をかけてこなかったという不自然な点を 訝しむ様子がなかったのも不思議)。
  6. 真中が東城に話しかけようと立ち上がると、たまたまコードが引っ かかり、よりによってこのとき東城の意識が一番集中していた 箇所に接触してしまう(………のは、このマンガでは当たり前 のように起きる、「いつものこと」レベルの話ではありますが(笑))。
  7. そして東城が逃げ出した後、弟がちょうど真中から見える位置にたま たま来ていて、その胸に飛び込むところを目撃され、真中は「あれ が東城の彼氏!?」と誤解する(スゴい!「弟がいたのは、ちょうど たまたま東城が走り出して行った方向の先だった」という点も含め て、さすがマンガならではの偶然!(笑))。
  8. その後真中が塾に行くとたまたま模試の結果発表があって、その 場を逃げ出すとたまたまバイトに来ていた西野と出くわす(ま あ、後者くらいの偶然はあってもいいけどさ)。

という具合で、もうなりふり構わない強引さが 目立ちます。もちろん、最終的に西野が選ばれた、というのは、これ以前に西野 の側から思い切って告白した、という背景が効いているわけで、偶然のみでない 西野自身の決断・行動も要素としては小さくないのですが、ただそれにしたって このご都合主義の強烈さはさすがにちょっと何とかして欲しいなあ、と思わずに はいられません。

その後もまた、「運命」と言うよりかはやはり「ご都合主義」と呼んだ方が ずっとしっくりくる強引な展開は続きます。まずは、真中の誤解の基盤が非常に 貧弱で、ちょっとしたきっかけですぐ解かれてしまうことが明白なので、誤解が 残存する紙一重のチャンスを生かし切るため、西野と出会って即座に交際要求・ キスまでなだれこませます。

その後も誤解が解けると厄介なので(作者が)、以下のようにブラジャーネ タをかなり無理矢理引っ張って真中と東城を隔離し続けます。

かなり無理がある「ご都合」はこれらだけに留まりません。真中の再交際受 諾は西野誕生日の翌日だから 9/17 の出来事で、一方学園祭は 11/1 のはず(2 学期の始業式に、ラブ・サンクチュアリのポスターで「あと61日」となっていて、 泉坂高校は恐らく首都圏にあるので 9/1 時点と考えるのが妥当)ですから、そ の誤解は1ヶ月半に渡ってずっと続いた、ということになります。そ の間、真中と東城の間の会話は1度や2度じゃなかったはず(真中の編集作業中 に、東城が部員達と普通に会話を交わしているシーンがある)ですし、北大路や 美鈴も東城に事情を確認しようとするでしょうから、誤解が明らかになる機会が 1度もなかったなんてことはありえない話です。

それから、先ほどのブラジャーのことを真中はその後数ヵ月の長きに渡っ て完全に忘れ去ってしまい、紛失してしまったことに気づきもしないし、 相変わらず東城にも他の映研女子部員にも何も尋ねようとしなかった ってのは無理がある話ですね(………まあ、真中には他にも色々と気にかかるこ とはありましたので、「忘れるときはスパーンと忘れてしまうもんだ」と言えば 言えなくもないことかもしれませんが…)。さらに、持ち帰った唯の方も、始末 に困るだろうそれを放ったらかし、というのは不自然。徹底して「ブラ ジャーや弟の件について、誤解があったことが真中と東城に知れるとまずい」と いうストーリー上の姑息な都合が優先されるという杜撰な話になって います(………まあ、唯が「女の直感」で、「このブラジャーのことを明るみに 出したら厄介な騒ぎになる」と察して、意図的に隠蔽した、と解釈できなくもな いですが、しかしこれは「後で家庭教師の騒動の際の材料に使うため」という作 者の事情が見え見えで、結局更なるご都合主義の積み重ねにしかなっていな いわけですよね…)。

そういう矛盾にはすべて頬被りした上、 あいまい な状況証拠しかないのに、真中はもう「彼氏疑惑」を信じ込んでしまい、ちゃん と事実確認をする気がなくなっているなどという極めつけのデタラ メまで動員して「真中は東城に彼氏がいると思い込んでいる」と いうことに無理やりしたわけです。

また、北大路には西野とのことを告げるよう真中にけしかけた外村が、東城 にはそうしない、というのももちろんご都合主義によるものですね。

その隙に「お弁当」攻勢で真中は西野へどんどん深入りして退路を狭められ ます。その「お弁当」のときに、東城と西野が入れ違いのタイミングになって顔 を会わせないのもまた「ご都合」の一環です。また、 東城の性格から言って、ここは自 分が真中の手伝いをしに戻るのが自然ですが、代わりに外村に頼むという のも、「東城と西野の鉢合わせを避ける」というご都合主義によるものと言える でしょう。

さらに、「情報戦」の面でも西野に一方的に有利なご都合が発動します。西 野は東城の疑似告白を「偶然にも」目にして「敵の攻撃の質と量」を把握し、対 抗策をとれている(東城と同じセリフを真中にぶつける)のに対し、東城には何 の情報も与えられず、西野への対抗策が何ひとつとれません。

そして、美鈴がよかれと思って(と言うにはか なり無理はありますが、それはそれとして)やったことが、まったくの無防 備だった東城に最悪のタイミングで大ダメージを与えます(この時点では東城か ら真中への想いは以前と全然変わってないですから、東城にとっては真中に突如 裏切られた形になっているのが不憫で不憫で。何の心の準備もない所であんな仕 打ちを受けるなんて!)。

こうして、東城が何も知らないところで、そのプロセスに何ら関与できないま ま勝手に事が進み、大勢が決するのですが、そうなってから初めて東城と真中の 間の「結界」が解かれます。つまり、「今さら引っ込みがつかない」状態に真中 を追い込むことができたから、やっと安心して真中の誤解を解いたり、 東城に本気告白をさせたり できるようになったわけです。付け加えるなら、ここでも西野が「情報戦」 を制していたことが最大限に有利に働き、東城の告白直前に、真中に対する大き な心理的ブレーキをかけることが可能になっています。

このように「東城が事情を知ったり、行動したりするのが許されるのは、 もうすべてが手遅れになってから後」なのです。

これまで見てきたように、カップル成立・維持にあたって、結局「運と タイミング」に帰着する部分が支配的だった、ということは、要するに作 者に「正攻法では西野はとても東城に敵わないので、すごく卑怯な手を使って無 理矢理勝たせるしかありませんでした」と宣告されたも同然で、これは西野が おミソ扱いされた、ということにほかなりま せん(そこに対して西野ファンは怒り狂わなくちゃいけないはずなんですが、ど うもそういう声はほとんど存在しないみたいだなあ…)。

さらに、学園祭後も東城の勝ち目をシャットアウトするための鉄壁のシフト が敷かれます。一見、東城家の前で真中と東城を偶然会わせ、東城側に風が吹い ているようにも見えますが、実際には最終的に東城の想いを打ち砕くための計略 が進行しているだけ。唯がブラを発見し、天地が無理矢理キスを迫り、唯が家庭 教師として招き入れる、と、東城を陥れるための罠(=作者が用意したご都合) が次々と仕込まれていきます。一時的な関係改善は、東城を真中のそばにおびき よせるためのエサに過ぎず、 最後の罠「居眠りする真中」 にまんまと嵌められた東城はついに自殺的な行為に及び、責任を取って真中のこ とをきっぱり諦めさせられます

このように、学園祭後の東城は、もはや包囲網から逃れることはできない、 ということも知らされずに空しくもがいているだけで、実際には最後の破滅にまっ すぐ向かわされているだけです。一方、終盤の西野はそういう類のピンチには何 ら脅かされず、作者の発動した「ご都合」に守られてぬくぬくと「正式な彼女」 の地位を貪っているだけ…くらいのことは言ってもいいのではないでしょうか。

付け加えると、先ほどもちょっと触れましたが、終盤の一連の過程で 真中の東 城への恋愛感情が無理やりかつ不可解に消滅しているというのも、甚だしい ご都合主義ですね。

これほどまでに一連のなりゆきがことごとく西野にのみ有利に働き、東城が 一方的に奈落の底に叩き落とされている、というやり口には不公平にも程があり、 何ともやりきれない思いがさせられます。こうまでした理由のひとつは、 ずっと作者が本命サインを出し続けていた 真中−東城ラインは、ここまで強引なことをしないと引っ くり返せなかった、ということなのでしょうが、それにしたってこのご都合主義 の連発は許容できる範囲を超えています。

東城が「最後に残ったトゲ」として抜かれる過程も、ほぼすべてが東城の自滅 によるもので、「西野の方が(何らかの点で)優れていた・ふさわしかったから」 という描写はこれっぽっちもありません(東城以外の要素としては、「唯の勘違 い」がちょびっと作用していただけ)。西野は何もしないのに勝手に西野にとっ て都合のいいなりゆきになってくれただけで、これまた「おミソ扱い」そのもの です。

絶対にいがみあいを描かなかった作者とし ては、ヒロイン同士に優劣をつけることはしたくなくて、だからこそ東城を自滅 させた、という部分があるんでしょうけど、そこは 最初に述べたように、せめて真中に「客観的には 優劣なんかつけられない。けど、『俺にとっては』西野のこの部分が優っていた」 という自覚と判断のもとに西野を選ぶ、という決断をさせてやって欲しかった 。でないと東城ばかりか、おミソのまま終わってしまった西野までもが惨め です。

西野の性格描写

西野というキャラの特徴として、モノローグなどの直接的な内面描写がほと んどない、ということが挙げられます。このマンガの女性キャラは、向井を除い てその傾向が強いことは、単行本の作者コメントから意識的に取られている作戦 であることがわかりますが、西野はそれが一番極端に出ているキャラですね。東 城も比較的少ないキャラではあるんですが、それでも西野に比べれば結構ある。 西野の直接的内面描写は、連載を通しておそらく片手の指で足りるほどしかない のではないでしょうか。

これは西野を「何考えてるんだかよくわかんないキャラ」にしようという演 出であることが、やはり単行本おまけマンガから推測がつきます。それは連載初 期から一貫していて、思わせぶりなセリフ・行動が真中だけじゃなく読者も振り 回してますね。

読者は真中と同じ視点で西野を見聞きし、「今の思わせぶりなセリフは、俺 のことが好きってこと?それとも全然関係ないの!?」とドキドキさせられ続け ることになります。確かにその辺り、西野のセリフ・行動の選択は絶妙ですね。

その結果、読者はまるで実在の人物を相手にしているような感覚がしてしま い、西野にかなり本気で恋しちゃった人が大勢出たんじゃないか?と踏んでいま す。読者人気が高いのは、ひとつにはその要素が大きいんじゃないでしょうか。

一方、直接的な内面描写の少なさは、「真中の方か ら告白してきたから付き合ったのに、ちっとも自分に興味を持ってくれるように 見えず、せっかく話しかけても上の空ばかり。そればかりか他にもっと好きな娘 がいて、正式な彼女である自分を蔑ろにしてその娘のことばっかり見たり考えた りしている」なんて失礼千万な酷い扱いを受けて幻滅し、「もうこいつとはやっ て行けない」と「自分から」見放したにもかかわらず、真中を見放した原因の一 番の核心である「自分よりも好きな娘が他にいる」ことに何ら変化を見出したわ けでもないまま、「それでも、なお」真中のことが「どうしようもないくらい」 好きになってしまって、他の男じゃ代わりにならないと思ってるのはなぜか?と いう根本的な疑問の理由がさっぱりわからない、という 大問題にもつながっています。

話が違う

一旦リタイアさせた西野を再登場させてヒロインの一角を担わせるに当たっ ては、いろいろと細工が施されています。例えば、真中が自分のことを好きかど うかあまり気にかける風のなかった以前のサバサバした性格から、いつの間にか (理由もなく)真中が好きで好きでたまらなくなっ て、年がら年中フルパワーで胸をキュンキュンさせているようなタイプに変わっ てしまった(やめてくれー(笑))のはそのひとつで、これはよく言えば「キャ ラのテコ入れ」、悪く言えば迎合、つまり「真中(≒真中視点のファン)に一方 的に都合のいいキャラ」への無節操なシフトです(「よく言えば」の面もあるの で、ここだけ取り出すなら一概に悪いこととは言えないのですが…)。

また、真中との最初の別れのときの宣言と、後からなってからの言い分がず いぶん食い違っています。このとき西野は「真中には自分よりも好きな娘がいる」 ことを改めてはっきり確認し、「何かを待つのが嫌いで、嫌になった」から、 「こんなカワイイ娘が誰かをずっと待ってる恋してんのなんてもったいな」い (正論だ!)と宣言して「今度こそサヨナラ」とカラッと振った(前向きで強い。 かっこよくて応援したくなるよ、西野さん)んですよね。なのに、後になってか らは「前みたいに不安な気持ちでつきあうのはイヤ」で「あんな思い もう味わいたくない」ってのはどうも何か都合よく(作者にとっても、西野にとっ ても)改竄されてるなあ…。「愛想が尽きたから興味を失った」のを「不安 」とは言わないし、真中の愛情に飢えていたような様子も、誕生日頃にちょっ とそういう傾向も見られたものの、振ったときにはもう気持ちの整理がついてい て、未練があるようには全然見えません。再登場の直後だって、間違いなくそう いう状態が継続しています。

にもかかわらず、そういったいきさつや宣言が後になってから完全に反故に されていることの釈明が、(西野本人からのものも、作者からのものも)作中で まったくない、というのは困った話です。何か真中に以前とは変わった部分を見 出し、「今の真中なら自分を待たせはしない」と思えるようになったのか?それ とも、「たとえ待たされることになっても構わない」と思えるほど真中にぞっこ んになってしまったのか?(とてもそんな事情があっ たとは思えませんが)はたまた、他に何か事情があるのか?

いや、これが真中の方が「振られたけど、やっぱり西野のことが忘 れられないよ。もう一度つき合って欲しい」と言ったり、思ったりするのならわ かりますよ。単に「呆れるほど厚かましくてみっともない」というだけで、「あ んなにかわいくて、性格も抜群の彼女を失いたくはない」という心理が働くこと 自体はよく理解できます。実際、作中でもそんな夢見てましたし。

だけど、西野の側は謎です。自分の方から振った相手がまた好きに なるとは、いったいその心理状態はどうなっているんでしょう?一番の問題点だっ た「他にもっと好きな娘がいる」という所は何も変わっていないのに、それでも また好きになる、などデタラメもいい所。それが許せないからこそ振ったはずな のに、後からそんな重大な問題がどうでもよくなってしまう なんて支離滅裂な考え方をする女性は、私には理解不能です。少なくとも西野と いうキャラは、それまでの描写から言って、そんな考え方をするとは思えません。

とにかくその辺りの矛盾が、西野の中でどう解決さ れているのかさっぱり読者にわからないまま

ので、後から読み返した時はもちろん、連載当時から読 んでる方はストレスが溜まる一方でした。

貸切りプールのときにしろ、保健室のときにしろ、集恋神社のときにしろ、W デートのときにしろ、海デートのときにしろ、真中のベッド潜り込み事件のとき にしろ、高3合宿後の真中家押し掛けのときにしろ、懸垂返しのときにしろ、泉 坂への弁当持込のときにしろ、「満ち足りた幸せな時間を過ごした」ときにしろ、 とにかく西野は散々真中に尽くすんだけど、結局真中が一方的に西野の好意 に奉仕されていい目を見るだけで、真中から「西野ときちんと向 かい合おう」という誠実さを引き出すことには成功してないんですよ ね。少なくとも16巻までは、西野の「奉仕」が終わるともう西野のことは真中の 心からほとんどきれいさっぱり消えてしまって、真中の心の奥底には結局「 東城とのノートの思い出」が繰り返し 甦ってくるばかりでした。そんなに尽くす甲斐のない相手、もう見放そうよ、 西野さん!アナタ16巻までは(下手したら16巻以降も)「ミツグ君」よろ しく真中に尽くすだけ尽くして、おいしい汁吸われてるだけですよ?な んでそんな奴が「そんなにも」いいの!?(そういう意味で、終盤突 入までの西野エピソードは「積み重ね」に極めて乏しく、「読者に西野とのドキ ドキエピソードを擬似体験させるための読者サービス」以上の意味はほとんどな かったと言えるでしょう(もちろん東城にだってそういうエピソードはいっぱい ありましたけど、西野エピソードって事実上そういうもの「だけ」しかなかった わけで))

自分が誘惑したときだけしか食指を動かそうとしな い男なんて、要するに自分には本当には興味がないということで、 だからこそ一度は振ったはずなのに、なぜかそれをすっかり棚に上げて脈の乏し い男相手にいつまでもしつこくつきまとい続けるなんて、何を考えているのかさっ ぱり解りません。悪く言えば単なるストーカーです。別項でも書きま したが、「直接的内面描写を伴わない、思わせぶりな 言動」もいい加減にしてくださいよ、河下センセイ(笑)。ちょっとは「何 考えてるか」解るように描いてくれー!(笑)

最終巻の作者コメントで、北大路に対する即物的エロに対する無邪気なリク エストが多かった、ということが述べられていましたが、そのことと関連して、 再登場以降の西野は「性格が北大路化していた」と表現できると思い ます。つまり、ちょっとエッチな行動を、西野の方からちょくちょく誘ってくれ たり、やってくれる。しかもそれを嫌がってるようには見えず、むしろ嬉しそう。 これ、北大路といっこも変わらんですよね。もう考えれば考えるほど、再登場以 降の西野って、人格というものが備わってなくて、読者の即物的欲求に 奉仕するために必要な機能以外を与えられていない、操り人形めいたキャラ だなあ…と思えてきます。

こういった再登場後の西野の言動や心理は、「連載継続の都合上、真中がふ らふらする相手がどうしても必要なんだけど、 北大路だとどうにも東城に役者 が及ばなすぎる」という事情から、「その場凌ぎ」的に導入されたことが明 白だったので、連載当時はまだ「ああ、作者も大変なのね」と笑って目をつぶる こともできました。ところが、それが後になってとんでもない暴挙 につながることがわかっている現在の視点で見ると、何つうかこう、 怒りがふつふつとたぎってくると言うか(笑)。「西野の側から振っ た」ことはたまに話やモノローグに出てきて、「なかったこと」になっているわ けではないはずなのに、しょっちゅうそれを反故にしたかのような言動を繰り返 すので、端的に言って鬱陶しくてしかたないですよホント(笑)。

修学旅行のときを例に取ってもう少し具体的に述べれば、まず自分から愛想 尽かして振った相手が、他の女とキスしようとしているのを見て、まあ「腹を立 てる」所までは100歩譲って許すとしましょうか。でも、何だか「真中が自分に 弁解するのは当然」と思っているかのような態度を取るのはもう完全に不可解。 たとえそれで腹が立ったとしても、そんなの全部自分のせいで、真中 にはこれっぽっちも非はないだろー!(笑)

また、そのとき東城とつき合ってるかどうか問い詰めようとするのも謎です。 これはその少し前の合宿の際にも見られた行動ですが、やっぱり「自分 から愛想尽かして振った相手」に対する態度としては大いに不自然で す。そんなこと気になんてならないはずでしょ?(だいいち、真中が誰とつき合っ てるか詮索するなんて図々しいし、ちょっと無神経じゃないでしょうか)

(ついでに言えば、ここで真中が西野に後ろめたさを感 じている理由もよく解りません。元々は西野から振られた んだから、そんなことで真中が西野に気を使う必要はないはずなんですが…。一 応、再会して会話交わしてたり、撮影合宿で一緒になったりでそれなりに仲のよ い状態は継続してはいるものの、「西野から振られた」こと は変わらないわけで、真中が誰とつき合おうがキスしようが西野の関知すること じゃないですよね。だのに、何で真中はあんなに下手に出て、翌日のデートの申 し出までして西野の機嫌を取んなきゃいけないの?それにそもそも、どうしてそ れで「西野の機嫌が取れる」と思えるのかも解りません。向こうから振 られたというのは「あんたなんかお断り」ということです よ?そんな相手をデートに誘い、ましてやそれで相手が機嫌を直すだろうなんて 発想は、厚かましいを通り越して理解不能です)

真中だってそんな、以前の話と全然違う態度を取られてもどう対処 したらいいか困りますよ。「以前ああ言ってたけど、やっぱり俺のこと好きになっ たの?」なんて確認できるわけないでしょう、関係を拒絶された側から!(違っ てた場合の気まずさを考えれば、そんな確認には到底踏み切れない)撤回するな ら撤回するで、ちゃんと以前言ってたことの落とし前をつけるべきでしょ、西野 さん?真中の優柔不断な態度につけこんで、その辺りをうやむやにするなんて卑 怯じゃないですか………なんてことは言いたくないけど、でも彼女の態度を見る 限り、そういう解釈ぐらいしか説明のつけようが思いつけません。

北大路でさえ、「友達宣言」の後の再参戦( これは彼女の株をだいぶ下げる行動で はありましたが、それはそれとして)では「自分のことを全部選んでもらえ ないなら、選んでもらえそうな所だけ残して後は捨てようと思った」「でもやっ ぱり、真中といる時間が好きで、真中のことが好き」と、「距離を置こうと思っ た理由」「やっぱりそれを撤回する理由」が(余りに薄っぺら過ぎてお話になら ないレベルですが、それでも)辛うじて表明されていたのに、そんな最低限 の言い訳すらないままなしくずしに真中争奪戦に割り込もうとする西野と いうキャラは汚いの一語に尽きます。

こんな具合に、再登場してからの西野イベントは多数ありましたが、そこに 「一度振ったからこそ」の意義を持ったものは何もありませんでした。 いずれも「一度振ったこと」を見なかったふりをするしかない杜撰なエピソード ばかりで、「一度振ったこと」の意味がまったくない話になってしまっています。

おそらく作者はそこら辺を取り繕うために、後になって西野に「自分が真中 に振られた」と大草に告げさせたんでしょうが、これはやっぱりかなり無理があ ることが否めません。別れたときの描写は、どう見ても西野「が」真中「を」振っ ていますから、これは「いったい何を言い出すんだコイツは!?」と しか言いようがない、ワケのわからないセリフになってしまっています。当初、 「本当に好きな人には自分から告白するタイプ」と自己分析していたこともあっ て、余計にその不自然さが目立ちますね。

この「無理のありすぎる言い訳」を(まだしも)辻褄の合うように解釈する 試みとしては、次のようなものが見受けられます。

私は、一度別れてから西野さん(と彼女に対する真中)を突き動かしている ものは、「折角初めてお付き合いした彼氏(彼女)を、大切に思っていたのに も関わらず結局きちんと向かい合う事が出来なかった後悔と未練」だと解釈し ています。これは私が中3の頃、受験からの逃避で周りに即製カップルが激増 し(彼氏彼女を作る事、よりも、カップルを作る事、が流行った)、その殆ど が自然消滅したのを見ていたという経験に強く影響されています。

勿論東城綾の存在も関わっているのですが、最大の問題点はそこじゃないと 思うんですよ。

西野さんはお付き合いしているうちからなんとか軌道修正しようとして、他 の高校に入学してわざと距離を置いてみたり、自分に自信をつけようと新しい 趣味を見つけたりと努力していたのに、真中はいつまでたっても「西野はすご い、可愛い」ばかり。それでついに西野さんは2人の関係に見切りを付けて別 れ話に至ったのだと思っています。

http://blog.livedoor.jp/financiers/archives/13501935.htmlより。

このように、かなり固有性の強い個人的体験まで持ち出 して、描写のなかった部分を多大に補足した、ほとんど完全創作に近い 読者側からの全面的なフォローまで動員するほどの話になってしまう のでは、到底その西野の言い分など認められるはずなどありません。いくら 頭のてっぺんから尻尾の先までパンツだらけで、 他には何もいらない、という類のマンガであっても、そこまで物事をいい加 減に済ませというのは無理な話です。

別の例としては、このようなものも見受けられます。

「あたしは一度淳平くんにフラれたんだもん」と言っているからには、最初 の別れは、西野が振ったカタチでも西野はフラれたつもりなわけですよね。真 中が結論を出す前に、自分から離れる。逆に真中に「あたしより東城さんの方 が好きなんでしょ?」ともはっきりと詰め寄らない。彼女はそういうことをす るつもりはいまのところないのだし、逆にそういうことは出来ないんだと思う。

潔くさっぱり別れた…というカタチだけど、逆に言うと西野は、破綻する前 にキレイにたたむ道を選んだとも言える。みっともないと思われそうなことは しない人だけど、逆にそれが出来ないのかもしれない、と思う。実は、破綻し ないように、自分が傷つかないようにやってるところもどこかあるんじゃない かな。それも弱いところだと思うんですよ。

http://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/03/100.htmlより。

しかし、これはやはり上で書いたことの繰り返しになり ますが、別れたときの描写は、どう見ても西野「が」真中「を」振っていますか ら、説明になっていませんね。後半で述べられているような事情も、「真中に 『余りにもひどい仕打ち』を受け幻滅し、スキッと振り切った後までも、執着す る理由もない真中にいつまでもいつまでもつきまとい続ける」という、 見るに耐えないイカサマ三文芝居を正当化する理由には全然なってい ません。ここで挙がっている「西野の美点」というのは、最初の別れの段階で 「見事なシーン」に結実することで「上がり」を迎えています。 役割を見事に全うした美点を、西野が再登場し て理由もなくいつまでも真中に執着し続ける材料として引きずり続けるのは、せっ かく飾った有終の美を却って汚すことになってしまいます

私だったら、163話の東城を見て、「こ の後真中とヨリを戻して欲しい」と願ったりはしません。せっかくの気 高い決心をぶち壊しにしてしまうからです

「以前との描写の食い違い」をもう1点挙げるなら、チェルシーエンジェル イベント時、カラオケボックス内に真中と西野が取り残されたときの2人の行動 力の対比もそうですね。彼らの初デートでは、停止したエレベータに閉じ込めら れたとき、真中がうろたえるばかりだった一方、西野は落ち着いててきぱきと係 員に連絡を取っていました。ところが、今度はなぜか真中の方が的確に行動でき、 西野はほとんどそれを見てるだけ、というように、役どころがまったく逆になっ ています。少しでも西野の目に真中がよく映るように、という意図が透けて見え ますが、こうやって終わってから眺めると、設定を都合よく改竄してでも西 野に有利にしようという魂胆はちょっとずるいよな〜、と感じずにはいら れません(いや、単に河下センセが以前のことをきれいさっぱり忘れ去って いただけかもしれませんが(笑)。だとしたらとばっちりの八つ当たりを ぶつけてしまって、西野さんには大変申し訳ないことをしてしまったことになり ます(笑))。

そして懸垂返しのときの「嫉妬する資格だけはできた」などというのも無茶 もいい所で、余りに不愉快な態度に愛想を尽かして自分から振った人 間から出てくるセリフではありません。その後そんな にも大きく心変わりするような事情がさっぱり明らかになっていないのです から、そんなセリフなんぞ「冗談も休み休み言え!」と却下 するしかないです。

だいいち、それじゃ別れた意味がありません。そうやって「真中に 自分の方を向いて欲しい」と懇願するんなら、そもそも以前別れを切り 出したりしないで、引き続き真中の心を掴めるよう努力すればよかっただけ じゃないですか!自分からわざわざ自分を向いてもらえる見込み をガタ減りさせたばかりか、相変わらず真中の心は東城に向き、 向井や北大路まで出てきて一層見込みが薄くなってからになって、一体 何を今更逆告白???

もうひとつ、自宅でスタイルについてのコンプレックスを真中に零すときに、 北大路に対して僻んでますが、これも自分からわざわざ振った ことを考えれば開いた口が塞がりません。そんなことに今さ らコンプレックスを抱くくらいなら、最初から振ったりしないで、ずっと 真中との関係を継続すればよかっただけの話じゃないですか!たとえ いくら辛かろうとも、そんだけ僻むくらいなら、「それでも、なお」真中とつき あっていさえすれば、そのことの方が、それを上回るだけの満足をアンタに与え ていたはずでしょう?違いますか、西野さん??にもかかわらず、何を 今になって図々しくも逆告白???

懸垂返しについては、「ついに自分の本当の気持ちを真中に伝える勇気を出 した!いつまでも言おうとしない臆病な東城と比べ、西野の方がずっと勇気があ る!偉い!」と西野を賞賛する声が大きいのですが、果たしてこれはそんな に手放しで賞賛できるようなことなのか、結構疑問があります。だって西 野は、以前真中と別れる前に好意を真中にはっきり伝えてるんですよ。 それも1回じゃありません。それを考えると、再登場してからこっち、 ずーっと告白するのをためらう理由は乏しいです。すでに経験ずみの ことなのに、まるで初めての行為ででもあるかのようにその「勇気」を讃えるの は過剰賛美じゃありませんか?以前の時だって「真中が本当に好きなのは東城」 とわかった上でそう言ってたんですから、再登場後だってそんなに気負わずに言 えるはずだし、言えばいいんですよ。にもかかわらず、懸垂返しの時に限って 「真中に『東城の方が好きだ』と宣告されてしまう恐怖に打ち勝ったんだから偉 い!」などという理屈は通用しません。「いよいよ話を大きく動かそう」という (作者側の)理由で、場面をドラマチックに盛り上げる都合上西野が大きく勇気 を振り絞った「かのように見える」描写がなされているだけで、それ は単なる見せかけのものです。

だいたい、上でも書きましたが、そもそも自分から真中を振ったり しないでずっと付き合いを継続していれば、わざわざそんな「勇気」をふるう必 要なんかなかったはずですよね。それがそんなにすごい「勇気」だと言われても、 その「勇気」をふるわなければいけないハメに陥ったのは単なる自業自得 です。それを「(東城を上回る)美点」として賞賛するのはマッチポ ンプ的なズルさがありませんかね。

「いろいろあったけどずっと好きだった」というセリフも白々しさ満点で、 先ほども挙げた「自分を待たせてばかりの真中は嫌」という話との整合 性なんかありゃしません。まずはその振ったときの話を撤回する、と きちんと真中に(少なくとも読者に)伝えるのが先決で、そうでなきゃそんなセ リフは嘘っぱちじゃないですか。

再登場後の西野を見ると思い出されるのが、 こち らの「ユミコさん」ですね。引き合いに出す相手が相手だけに、西野ファン の方には大変申し訳ないですが、再登場後の西野って結局このユミコさんとどっ こいどっこいのキャラですよ。一切の合理的な理由・事情なしに「とにかく好き好 き好き!!」と熱烈なラブコールを送り続ける「都合のよさ」の塊に 特化しただけの、単機能のロボット。感情に関わる描写をことごとく手抜きされ、 真中一筋でい続ける再登場後の西野は、人格の伴わない 出来損ないの木偶人形に過ぎません。

終盤の西野

以下、終盤の西野に関する、様々な問題点を見ていきます。

何にもしない 女の子

中盤までの東城というキャラの欠点は はっきりしていて、それは「自分が傷つくことから逃げて勇気を出そうとし ないくせに、『運命』(話の都合)のおかげで、何の努力もなしに勝手に都合の いいなりゆきになってくれて、おいしい結果だけはまんまと手に入れてしまう (というポジションにいるはずだった)」という所ですね。彼女を嫌いな人が一 定量存在することは理解できます。しかし、「自分は何もしないのに、勝手 に都合のいいなりゆきになってくれただけで、至れり尽くせりの話の都合に恵ま れておいしい結果だけを得た」ことにかけては、終盤の西野だって同じで す。

具体的に列挙していくと、

という具合で、何もかも人任せで、自分からするべきこ とをしなかったことがやたら目立ちます。

特に、東城が勇気を振りしぼって行動した「本気告白」や「雪の日の別れ」 が、ことごとく西野・真中のカップルの重大な問題点を「偶然にも」解決す るダシに使われている辺りは、いくら何でも恵まれすぎていると言わなけ ればならないでしょう。

かつて真中と別の高校を選択した自立心はどこへやら、戦い取るのが彼女の キャラスタンスに合っているはずなのに、こんなの彼女にとって、侮辱以外の何 物でもありません。

このように、終盤の西野は、「消極的で自分からは何もしない、頼り、依存 する意気地なし」という東城と同種の欠点ばかり見せる一方、東城に優っていた 「他人に依存しない、独立指向の強さ・ひたむきさ」という長所を自ら捨ててし まっており、その結果、西野は東城よりはっきり劣る「劣化版東城 」とでも言うべきキャラに成り下がってしまっていますね。そんなキャ ラが「真中と西野をくっつける」という結論 先にありきの話の都合にチヤホヤ贔屓されて、真中争奪戦最終勝者の座をまんま とせしめるだけだなんて、何と理不尽な話なのでしょう か。

真中に対する消極さ

上でも述べた 通り

という一連の態度を見ると、ちっとも 真中との仲を深めようという意志が感じられません(これは、「西野 は、大学受験間近の真中を気づかって自分の欲求を押しつけるのは控えた」とい う理由では説明がつかない)。

あれほどまでに「真中が欲しかった」はずなのに、この態度は何なのでしょ うか。一体、真中とくっついてどうしたかったのでしょう?色々と肉体的繋がり を結ぶことには積極的だったので、エッチなことがしたかったのは確か なんでしょうが、それ以外のものがほとんど見当たらない、とい うのは問題です(※ 注)。かろうじて2人の仲を育もう という意志が感じられる行動というと、

くらいですが、前者は途中からはなしくずしにスキンシッ プタイムになだれ込んでどんどんエスカレートしちゃってましたし、後者も真中 とはすれ違いになったためマンガ的効果は余り挙がっておらず、いずれも影は薄 いです。

そのくせ、学園祭のときは真中のほんのちょっとした仕草に敏感に反応する のですから、「真中が欲しかった」というのは、「真中の心に東城がちょっとで もいることは許せない」というだけのことでしかないんでしょうかね (あと性欲だけ?)。終盤の西野は、まるで「東城さえいなければ、自分の方を 向いているかどうかはどうでもよくて、真中の身体さえあればいい」とでも思っ ているかのような、独占欲が強いんだか希薄なんだかよくわからない不可解 極まりない態度です。繰り返しになりますが、何がしたくて付き合ったの か(付き合いを申し込んだのか)首を捻らされます。

そして東城との関係には敏感なはずなのに、なぜか「 真中が映画の件 で壁にぶつかって東城に協力を仰いでいたことも知らない」って所は一転し てやけに踏み込みが浅いです。やっぱり「真中についての興味が異様に薄い 」んですよね、この人は。それは決して、「好きな人のために自分の人生 合わせて生きていくなんてつまらない/自分だって好きなことしたいしチャンス はものにしたい/真中とはそういうことをわかりあって、そういう付き合い方を したい」という、かつて彼女が語っていたセリフでは説明のつかないことです。 その考え方は、互いに相手のことを解り合って、相手を尊重するという前提の上 で初めて価値を持つのであって、終盤の西野(と真中)のように相手のこと をちっとも知ろうとしない・自分のことをちっとも伝えようとしないので あれば、それは単に相手を無視して互いに自分勝手に振る舞っていると いうだけです。それの一体どこが「付き合っている恋人同士」だと言 うのですか。そのセリフ自体は名セリフなのに、付き合いを再開してからの態度 で西野はその価値を自ら汚してしまっているのです。

カラオケボックスでのやりとりについての、

真中は何を言ったかと言うと「東城じゃなく小説」というだけで、「東城に ついてはどういう存在なのか」という事を全く説明できていないし、何故あの 時西野を放ったらかして東城とどっかへ行ったのか、とか、そういう説明全然 してないんですよね。西野からしてみれば、これらは絶対知っておかないと不 安でたまらないと思うんですが、何故か急に真中のナメくさったお願いを承諾 する、もの解りのいい「出来た女」やっています (私から言わせれば「物好き」ですが)

あれ?
全然彼の自分への感情が信じられないんですよね?
「東城に断りを入れた」の にその状態な訳ですよね?
だから、彼のことが信用できないんですよね?
それなのに「東城じゃなく小説」なんて言葉で信用していいんでしょうか?前 と同じでいいの?

騙されててもおかしかないですよ、それじゃ。

http://shr.jugem.jp/?eid=381 より。

という指摘も、その「敏感なのに踏み込まない」「東城 さえいなければそれでいいとでも思っているかのように見える」という矛盾を暴 き出しています。

また、語るに落ちると言うか、空港での西野の「バレンタインデーの日から 今日まですごく満足してる」というセリフは、逆に言えばそれ以前は満足できる ような関係ではなかったということを自ら認めてしまっています(少なくとも 「すごく」満足できたわけではない)。その責任は半分は真中にあるにしろ、も う半分は西野自身にあるわけですよね。正式なカップルとして付き合ってる以上、 満足できないんだったら自分からその関係を充実するような行動をとればいいし、 とらなきゃいけないはずなのに、そういう意志が希薄にしか感じられないわけで す。

致命的なことに、西野には真中のことをそんなにも 好きになる理由が極めて乏しいだけに、こういう所を見ると「ああ、 やっぱり彼女、真中のこと大して好きじゃないんじゃない?」 という感じが非常に強くさせられますね。

※ 注

東城について 淳平とくっついて、その先どうしたいのかって言うのが全然見え ない、って言うか。多分、何にも変わんないんだろうと思います。えっちなこと ができるようになるだけ、っていうか。という評があるんですが、これ はむしろ再登場後の西野に対してこそピッタリの評ですね。大体、 お色気サービス自体は付き合い再開の以前から過剰なまでに奮発していた わけですから、結局、本編中の描写だと、真中と付き合ったおかげで初め て西野が得られたものって、「アクシデントに頼らず権利として大っぴらに ベタベタできる大義名分」と「行く所まで行ける」の2点からなる「お色気部門 上級コースへのランクアップ権」くらいしかなかったんじゃないでしょう か(ああ、あと「電話での毎晩のおしゃべり」ってのがあるか…………でもそれ だけ?)。

そりゃ、彼らの年代の男女が付き合うことになったとき、一番切実なテーマ が「あんな所やこんな所の肉体的接触」になっちゃったとしても無理はないです し、別に西野がそのことに熱心だったからと言ってそれ自身に文句をつけるつも りは全然ありませんが、でもここでは「『真中が欲しかった』理由としてそれ以 外のものがもしなかったとしたら問題だ」ということをあげつらっているわけで すから、「それは無理からぬことなんだ」なんてことをいくら言い張った所で反 論にはなりません。

「かわいそうさ比べ」の欺瞞

次の一連の場面は、西野が「どうせ東城には敵わない」「真中の心の内に本 当に居るのは東城」と心の中で思っていることのあらわれと見てよいでしょう。

内面描写の少ない彼女の心の内が、珍しく読み 取れるところですが。

それによる問題点は、以下のように多岐に渡ります。

  1. そもそもそんなに真中に執着することがおかしい
    1. 自業自得の部分があるくせに、被害者意識が強すぎる
    2. そんなことはもう気にならなくなっていたはず
  2. 「敵わない」なら、自分が「本当の彼女じゃない」と解っていたはず
    1. 自分を棚に上げて、割り込まれることを拒絶する自分勝手さ
    2. そんなことで真中を手に入れても、無意味
  3. 責任逃がれの他力本願
  4. 確かめる責務を怠っていた以上、ショックを受けようが自業自得
  5. 相手に対する信頼が貧弱
  6. 舞台裏を知っていたかのような卑怯さ

以下、これらを詳述していきます。

A-1 まず第一に、真中と東城の深い間 柄なんてこたあ、前からわかっていたはずのことです。振った時点でとっ くにそのことで真中には幻滅して愛想が尽きていたんですから、今さ らんなことにそんなにも失望するというのがまずそもそもおかしい。

自分だけを見て欲しい、と願うなら、真中は一番避けなきゃいけない相手で あるのは自明です。よりにもよって一番想いを寄せるのに不向きな相手 に、何の必然性もないまま「わざわざ自分から勝 手に」想いを寄せているだけですから、苦しいのは自業自得なだけ。再登場 後は、西野を本当に苦しめてるのは東城でも真中でもなく西野自身 なのに、思い通りにならなくて苦しくて辛いだなんて、そんなもんただのアホで すよ。それを、「ずっとワガママも言わず、自分の欲求を我慢してきた西野はな んて可哀想なんだ、なんて切ないんだ」などと言って庇うのは余りに西野にとっ て都合よすぎる解釈です。そんな、「抑えて」まで真中を欲するくらいなら、中 盤までの段階で見放せばよかっただけのこと。何の必要性も必然性もない我 慢を勝手にしていたことを評価すべきなんて主張は、屁理屈にす らなっていません

真中の心が他の女に向きがち、なんてことは前からわかっていたはずなのに、 やたらとでかいショックを受けて卑屈になっていた風である所は、必要以上に 弱者ぶってる感じがして鼻につきますね。

結局、再登場後の西野って、「西野による東城の認識」の描写の部分は、 「自分は東城による被害者である」という形でしか作者は描けていません。これ は、再登場後の西野が最後まで「東城の対抗馬」以上の存在に、作者の 中でならなかったということですね。

A-2 繰り返しになりますが、真中と東城の深い間柄なん てことは、前からわかっていたはずのことで、今さらそんなことに深く失望する くらいなら、もうとっくに真中に愛想が尽きてなきゃおかしい のです。にもかかわらず、自分の方から「好きだ」と言うのだとした ら、その真中への執着というのは「真中が他の誰を好いていようがどうだろうが、 そんなことは関係ない」タイプの執着だ、ということでなければ説明がつきませ ん。

実際、高2の修学旅行辺りまでは東城に対して引け目を感じていたような描 写もあるものの、その後は東城のことが頭からまったく抜けてしまったかのよう (海デートのときに例外的に東城を意識する場面がチラッとありますが)で、終 盤突入直前までは「他にもっと好きな娘がいる」ことを百も承知で、 そんなことをまったく気にも掛けずにフルパワーで胸をキュンキュンさせている、 というキャラになっています(4人デートのときの「他の娘が何人いても、あた しはデートだと思ってる」とケロッとしていたことが象徴的)。

にもかかわらず懸垂返しのときになって急に「嫉妬する資格云々」などと言 い訳がましくなる所や、真中の心の中で他の女が大きな位置を占めていることに 今さらそんなに簡単に気遅れしてしまうというのは支離滅裂 です(後述 D)。好意的に見れば、「やっと西野の人間らし いところが出てきてくれた、歓迎すべき変化」という評もありうるのかもしれな いですけどねぇ…。

以上2点に対して西野を弁護しようとしたら「以前と違って、西野はもう真 中のことが『どうしようもないくらい』好きになっちゃったんだから仕方ない」 と言うしかないですが、「真中の方から告白してきた から付き合ったのに、自分よりも好きな女がいる」なんていう失礼かつガックリ なひどい扱いを受けて「そのことに幻滅してもうこいつとはやって行けない、と 自分から見放した」なんていう経緯があるにもかかわらず、それを覆すに足るほ どの「そんなにも」好きな理由など存在せず、むしろ西野は真中に一方的に尽く してきた挙げ句に裏切られたのですからマイナス要素の方が上回っているはず で、その主張は余りにも説得力に乏しく、空虚です。

B-1 西野が「東城には敵わない」「真 中が本当に好きなのは東城」と思っている、ということは、「真中に『本当に』 選ばれたわけではない」と思っているわけです( それは事実そう だったわけで、明らかに真中の「逃げ」であり、そのことを西野は敏感に感 じ取っていたと見ていいでしょう)。つまりこのときの西野は、自分が正式の彼 女、というのは仮初のことに過ぎない(本来自分にはこのポジションを占める資 格はない)、と自ら本心では認めちゃっていることを意味し ます(ここでは、「真中が」実際どう思っていたか、ということではなく、「西 野の」頭の中ではどういう構図だったのか、ということが問題になってくる点に ご注意ださい)。

すなわち、このときの西野は、東城に「割り込まれる」のを嫌って「既得権 を盾にとって真中の弱味(たとえ間違いだろうが何だろうが、とにかく一度は自 分の要求を承諾した)に付け込んでいる」わけです。終盤直前までは東城の気持 ちなんか二の次で、傍若無人な迫り方で真中と東城の仲に割り込もうとしていた くせに、今になって「本来の持ち主」には割り込まれたくない、という態度をとっ ているわけですね。こういう所は、欲しいものを手に入れたいときだけは図々し く振る舞うくせに、いったん手に入れたら「世間の風は冷たく、自分は無力な弱 者」という構図に逃げ込む、変わり身が早い利己的なキャラになってしまってい て、有り体に言って不愉快です。

「夏までと違って、西野は今や『正式な彼女』の立場なんだから、割り込ま れるのを拒絶する正当な権利がある!」と反論されるのはちょっとお待ちくださ い。今さらあんなにもなす術もなく東城に怖気づいてしまうほど繊細 なら、これまであんなにも図太く真中につきまとい続けたりせず、途中で挫けて しまったはずです。「正式な彼女」という立場も、「西野と結ばれる結末」とい うのも、そういう「本来ならありえなかったはずの『延長戦』で無理矢理 チャンスを与えてもらった上、今になって急にそんなに繊細ぶる」なんて いう、矛盾だらけの展開で無理矢理でっち上げられただけのものでし かありません。

再登場以降、終盤突入前までは「東城のことに余りめげたりしない、前向き な積極的態度」(でないとすぐ真中とは距離が離れてしまうはずだから)であっ た一方、終盤に入ってからは逆に「なす術もなく東城に怖気づいてしまうほど繊 細で、卑屈なまでに真中の憐れみを乞う」(でないと真中にはとっとと見切りを つけるはずだから)で、いつも「西野と結ばれる展開・結末」にとって一方 的に有利になるような描写が選択的に与えられただけ。そんな卑怯な過程 で得られた立場の価値は著しく乏しく、「正式な彼女」というレッテル一枚で正 当化しようというのは、ムシがよすぎるというものです。

それに、後述する通り、西野のことが本当に好 きな読者だったら、そこは「正式な彼女」としての立場を正当化しようとするよ り、むしろ

どちらも耐えられない、と感じるべきなんじゃないでしょ うか。

それでもなお西野を弁護しようとしたら、「西野は真中のことが『どうしよ うもないくらい』好きなんだから仕方ない」と言うしかないですが、それが欺瞞 であることは上述 A の通りです。

B-2 上述の通り、今の西野の行動は 「泣き落としで憐憫を催させ、同情と義務感で真中の意思・行動を縛ろうとする」 ものなのですが、そういうやり方で真中を「手に入れた」としても、それは本当 に真中の心を手に入れたのとは違うわけですよね。そんなことをしても、(西野 が想定しているところの)「真中が本当に好きなのは東城」であることが変わる わけではないのですから。そこは、次項 C で述べる通り、 「自らが輝く」ことで真中の心を掴まなければ無意味です。

また、「ずっとずっと大好き」と東城のセリフをコピーしたのは、自分を自 分として認めて好きになってもらうのではなく、「形を真似ることによって、 せめて東城に少しでも近づこう、東城の力を借り『東城もどき』でしかない存在 に堕してでも、真中に振り向いてもらおう」という卑屈なあがき、あるい は「そんな卑屈な真似をしてでも真中に縋ろうとする無力でいじらしいあた し」を演出して同情を買おうという泣き落としです(おまけに、上述の通 り、そのセリフは嘘っぱちですらあるわけ で)。

西野が、そんな無意味な「偽りの心」を懸命に求めるようなキャラに貶めら れてしまっている、という所も、本来なら西野ファンは怒りの声を挙げなければ いけない点だと思います。

C 「どうせ東城には敵わない」っての は、責任逃がれなんですよね。このときの西野は、いずれも東城の影に怯え、 「(真中の中の)東城には勝てない」でほとんど思考停止してしまっています が、そんなのは自己憐憫に浸っているに過ぎません。うまくいかないのは自分の せいじゃない、と自分を被害者の立場に置いていれば戦わずして逃げることの自 己正当化ができますし、たとえ負けてしまったとしても言い訳が立ちます。選ぶ のはあくまで淳平くん、と相手に下駄を預けてしまえば、自分は勝ち負けの責任 から逃れることができる。

さすがに西野本人がはっきりそう考えていたとまで言うつもりはありませんが、 結局終盤の西野の行動ってそうやってコンプレックスを言い訳にして自分を 卑下し、自分を楽な立場に置いていただけに過ぎないんですよね。夏頃まで のなりふり構わぬアプローチや、懸垂までして告白した行動力を考えれば、そん なウジウジした態度をとらずに、「じゃあどうすれば東城さんに勝てるんだろう」 とか「あれこれ考えるよりとにかくガンガンアタックする」というような考え方 や行動をとってしかるべきなのに。本来西野って、そういう前向きで陽性のキャ ラじゃありませんでしたか?

東城にとって克服しなければならなかった命題が「好きだと言うこと」だった ことは明らかですが、西野にとって克服しなければならなかったのは戦わず して「真中の中の東城」に負けてしまう自分自身です。

ここで西野に本当に必要だったのは、「自分が東城よりも輝くこと で、真中の中の東城を克服する」ような積極性、「真中の中に『自分より上 の東城』を見てしまう自分」を克服するような積極性です。東城がその場に いないときまで、「真中の中の東城」が自分より上に見え「てしまう」というこ とは、結局は問題はすべて自分の中にあるのですから(さらに 詳しくは後述 E にて)。

なのに終盤での実際の西野は、いつでも東城の存在を言い訳にして、 戦わない理由を作って勝手に落ち込んでいるだけ。一貫して真中に慈 悲を乞うだけ(=人任せ)であり、現実から目を逸らし、耳を塞ぎ、手 をこまねいて、問題の方が勝手に都合よく解決してくれることを待っていただけ でした。

そんな有様で、 何もしない・何 もできないでいた西野が真中と首尾よく結ばれることができたのは、

で、西野は他力本願で真中の中の東城に勝てただけ です。西野は指一本動かすことなく、ただメソメソして無責任に事態を真中 任せにしてたら、タナボタで問題が解決にしてくれたに過ぎません。この件につ いては、「西野は真中のことが『どうしようもないくらい』好きなんだから」と いう欺瞞に満ちた弁護さえ無力です。終わってみれば結局、 東城の影に怯え、「(真中の中の)東城には勝てない」でほとんど思考停止し、 コンプレックスを(無意識のうちに)言い訳にして自分を被害者の地位に置き、 主体性の欠片もないまま自己憐憫に陥っていただけですから。

懸垂返しから後の西野に、最終回に至るまで、「行 動によって何か問題を解決した」ことが一度でもあったでしょうか?

D 上述の通り、本来東城 のことなんか眼中になかったはずなんですから、西野は再交際開始時の真中 の宣言は無条件で信じてなくちゃおかしいはずです。なのに、結局未だに東城と のことが気になるのであれば、西野は、「真中は東城のことにはどうケリを つけたのか?どういう経緯で、ケリをつける決心ができたのか?」について納得 が行くまで真中に確認すべきだったのです。何しろ、作中時間でかなり長 い期間にわたって、毎晩電話で話をしたりしていたんですから、本当に気になる んだったら、何をおいてもそのことはまず真っ先にちゃんと確かめておかなくちゃ いけなかったことのはずです。

だけど、それはしていないんですよね、西野は

さすがに、東城の疑似告白シーンをたまたま目にしてしまったときは、自分 たちの関係が東城の耳に入っているかどうか真中に問い詰めるのですが、その追 求を中途半端にしちゃったまま東城のセリフをコピーした卑屈 なおねだりに移行してしまっているため、真中が東城との関係に曖昧さを残 している懸念を事実上放置している形です。

もしそういった確認を「恐くて聞けなかった」のなら、西野は東城がいるこ とを承知で真中に告白したんだけど、東城のことを確かめる勇気もないままズル ズル過ごしてしまい、真中の心の中に東城が残っていた、という当然想定す るべきだった試練についにぶつかったときには半端な覚悟だったからヘタ レちゃった、ってことになります。

西野って、以前はこんな子じゃありませんでした。かつての西野は同じ葛藤に 追い詰められたときどうしたかと言うと、敢えて別の高校に進学しようとしたわ けですね。そうやって「敢えて距離を置くことで関係を再構築し、真中との 仲を育もう」という前向きな所とても魅力的です。正々堂々と した潔い態度・行動で、私も、このときの西野だったら好きになれる( 「一体真中のどこがそうまでしたいほど好きなのか」 が全然解らないのは相変わらずですが、それはまた別の話)。

だけどこのときの西野というのは、東城のおこぼれに与っている立 場(実際にそうかどうかは別にして、彼女の認識としてはそうい うことになっている)を「何かのはずみ・手違いでたまたま手に入ったに過 ぎないらしい」と自覚しているにもかかわらず、その立場に 甘んじることを自ら選択し、しがみつき、結果的に「周りの 状況(真中)が何とかしてくれることを待っているだけ」になっているのです。

もちろん一連のノーブラ騒動の余りの 無理な展開のせいで、真中が東城にちゃんと事情を確かめようともせずに再 交際を受諾したのも悪いんだけど、でも西野の決心が中途半端だったという 事情も間違いなくあって、そこは西野自身が責めを負うべき部分です。西野が最 初から真中の中の東城とちゃんと対峙する決意を固めていればこんな騒動にはな らなかったわけで、告白すると決めたからには、途中で真中の中の東城に挫けた りしちゃいけなかったんですよ。

それでもこのときの西野を弁護しようとしたら、やっぱり「西野は真中のこ とが『どうしようもないくらい』好きなんだから仕方ない」と言うしかないです が、それが欺瞞であることは、やはり上述 A の通りです。

繰り返しますが、なぜ「一時の気の迷いだったの?」と訊かないのですか、 西野さん?相手が真中であるかどうかにかかわらず、そのことは訊くべきです。 もし「気の迷いだった。本当はやっぱり東城の方が好き」なのだとしたら、その ことに触れずに誤魔化したって、問題は解決しないのですよ?偽りの、嘘で塗り 固めた上っ面の心が手に入るだけです。それに、相手が真中なんだから、それく らいの予想・覚悟は当然ついてなきゃ。だって以前それで別れたんですよ?

西野は真中を失うリスクを冒して、そういう「肝心な一言」を切り出せばよ かったんですよ。でもその勇気がなくて、「自分には真中でないとダメ」という、 勝手に決めた思い込みに引き篭もって手をこまねいていただけです。そんなの 自分が可愛いだけですよ。

「気の迷いだった」であったにしろ、「そうでなくて本気だった」にしろ、 どっちにしろそれを確かめようとするのは西野にとって損にはならないこと で、逆に確かめないのは愚の骨頂です。「傷つくのが恐いから確かめられ なかった」なんてのは問題を先送りしているだけで、一片の同情にすら値しませ ん。何にもしな いでただ現状維持を望むだけというのはかつての東城と同じで そんな態度なら彼女には東城に相対する資格などない。雪の日に真中が帰っ て来たとき、自分のことなんか眼中にないかのような態度でまず東城に意識が向 かっていたのは、(真中の態度もひどすぎるとは言え)そのツケが覿面に回って 来ただけです。耐えかねて逃げ出した西野に対する 東城に、ではなく東城に勝てないと感じてる西野自身に負けてしまったんだと思 う、今週の西野は。といった評は、残酷ではありますが、でも身から出 たサビで、自業自得として甘んじて受けてもらうしかありま せん。

E 西野視点から見ると、雪の日に至る まで一貫して真中は一応誠実に振る舞っていたのに、自分では真中のことが信じ られなくなっているんですよね。 実際の真中が実 は誠実さに欠けていたので目立たないのですが、詳しく追ってみるとそのほ とんどは西野の目からは隠蔽されていて、西野は直接知りうる立場にありません (再交際受諾の背景だったノーブラ騒動の顛末を全然知らないのは言うに及ばず、 東城の擬似告白シーンを見てしまったのも、真中宅前で東城と鉢合わせしたこと も、真中本人には直接の責任はこれっぽっちもない)。西野の立場からすると、 学園祭のときだって、真中は一途で、一生懸命誠実さを訴えている(東城と出会 うまでの真中の態度は何も問題なく、ぱっと手を離してほっとした表情を見せた と言って拗ねたときも、すぐきちんと釈明している。そのときの真中のモノロー グも、西野を裏切るような部分は全然なく、直後の東城の本気告白に対してさえ、 きっぱりと断りを入れている。 その心の 動きは読者からすれば全然説得力がないのだけど、話としては真中ははっき りと西野に筋を通している)。にもかかわらず、そん なに相手が信じられないみすぼらしい関係ならやめちまえ!ですよ。 真中がどう振る舞おうと「真中の本命は東城」と疑心暗鬼に駆られて しまうということは、その根本的な原因が西野自身にあって、しかも その状況の解消が望めない、ということです。あれじゃあ、たとえ真中が本当に 誠実だったとしても、西野は事情を確認することさえできないくらい脅え、真中 をどうしても信じられなかったということで、西野は自分自身の問題 を真中の問題にすり替えるという責任転嫁をやってるわけですね。そんな関係 相手に対して失礼です。

西野派は「西野は東城のことがほんとに大きな心の負担になっていて、もう ほんのちょっとのことでも耐えられなくなるくらいなんだ!このときの動揺する 西野の余りにも切なく、悲痛な胸のうちが解らないのか!この場面では、西野に 対して『全面的な同情』以外の感情を抱くことなど許さん!それができないよう な奴は人間じゃない!」と西野を弁護するんでしょうけど、まさしくだから こそこの関係はふさわしくないのです。だって、そんなにも繊細な心のう ちであるならば、今後もほんのちょっとしたきっかけでまた疑心暗鬼に駆られる ことはますます明白でしょ?たとえ、西野が考えすぎで、真中の心はちゃんと西 野に向いていた場合でさえそうなっちゃうわけで、西野というのはそれほどまで に猜疑心が強い人間なのです。

そうやって何か問題がある度に相手に猜疑心の固まりとなって、真中に 疑いをかけたまま過ごしていくつもりですか、西野さん?んで、その 度にあなたは色仕掛けで真中を繋ぎとめるんですか?愚かしい責任転嫁を 繰り返しながら。そんな貧困な関係、無理して維持する必要なんかどこ にもないじゃありませんか(西野派の方に言っておきますが、「最後 は東城は本当に縁を切ったんだから、今後はもうそんな心配はない」なんてのは 結果論に過ぎませんよ。それじゃあ「この時点での真中・西野カップ ルに、維持するべき価値なんかどこにもない」という指摘とは、全然話が噛み合っ ていません)。

上述 Cのように、結局は自らが真中の中の東城を乗りこえ ること以外に抜本的な解決はありえないのですが、このときの西野に はその資質が欠けているわけです(もしここで、西野が「負けるもんか!東城さ んが淳平くんの心の中に残っていたとしても気にしないし、いずれは追い出して みせる!」とか「3年間同じ高校に通ってて、結局くっついてないんだから、実 はあの2人はあまり相性はよくないんじゃないか?これなら十分勝てる!」とい う北大路ばりの攻めの姿勢だったら、まだ弁護の余地もあったのですが(いや、 そうなっちゃったら今度は北大路とキャラがかぶっちゃわないよう、慎重かつ面 倒な気遣いが必要になると思いますが、それはまた別の話))。西野が作者の手 によってそんなにも矮小化されたキャラにされてしまっていたのは気 の毒です。

これについても、「西野は真中のことが『どうしようもないくらい』好きな んだから仕方ない」と言う以外に弁護の手段はありませんが、繰 り返し述べる通り、それはお話にならない欺瞞でしかありません。

以上 B, C, D, E から導かれるのは、タナボタ的に手に入った「正式な彼女」 の地位に胡座をかき、自分がどんな恵まれた立場にいるかを棚に上げて、問題を 解決する意思も展望も才覚もないまま自分一人が不幸なような顔をして「あたし はこんなにも傷ついた、どうしてくれる」とばかりに被害者意識を丸出しにした 態度で真中に向かい、猜疑心の下僕となって求めても無駄なものを執拗に求めよ うとしている姿です。

D の「自業自得」も、E の「責任転嫁」も、単に「現実が見えておらず、 覚悟が足りないだけ」としか評しようがありませんし、また、A, D からは 改めて「今さら感」が浮き彫りにされますね。

F 学園祭のときの西野は、 真中が言わば「勢いで」自分を選んだ、 ということを知らないのですから、そんな顔を見せるほど傷ついたというなら、 西野としては「あれだけでかい口を叩いたはずの真中があっさり裏切った」と思っ ていてしかるべき場面です。だったら、「ああ、この男は結局東城さんほど あたしのこと好きじゃないんだな」と真中に腹を立てて「あの誓いの言葉、 口先だけだったんだね」と責めて、見捨てれば済むだけの話なんですよ。何で振 らないんですか、西野さん?

かつて振ったときと同じ仕打ちを受けたのに、そのと きと同じ思考回路が働かないのは不可解です。西野本人の言い分は「淳平く んのことがどうしようもないくらい(好きだから、今度は振らない)」なのです が、何度でも繰り返す通り、その主張は余りにも 説得力に乏しく、空虚です。

その時の西野は、そのような「空ぞらしい寝言」すら口にして、真 中の憐れみを乞わんばかりに下手に出ているのですが、あれだけの誓いの言葉が 信用できず、そこまでしないと維持できないような関係に、本当に価値なんてあ るのでしょうか?それを恋人同士なんて言えるのでしょうか?

そして、西野ファンはなぜそのことに怒りの声を挙げないのでしょう?一度 相思相愛の関係になった以上、真中との立場は対等であるはずなのに。そもそも 「東城には敵わない」「真中が本当に好きなのは東城」と思ってしまっている、 ということは、仮にも「正式な彼氏」であるはずの真中の自分への愛情が信じら れない、ということですが、西野にそんな思いを味わわせる不誠実な男をそ れでも、なお一途に好いて欲しい、と願うのは、西野に対して気の毒なの ではないでしょうか?また、東城に対してそんな劣等感を抱えながら、それ でも、なお真中を好きでいて欲しい、と願うのは、むしろ西野に対する侮 辱ではないでしょうか?ここでの西野は、真中に不満をぶつけようともせず、憐 れみを乞わんばかりに下手に出ているのですが、そんな「隷属」に近いような卑 屈で一方的な関係が、果たして西野にふさわしいのでしょうか?それは西野にとっ て「どうしても維持しなければいけない」だけの価値がある関係なのでしょうか?

終盤の西野が真中を深く追求しないで済ませているのは、あたかも「 真中が自分を選んだのは極めて頼りない偶然 に支えられていた紙一重の関係だったから、ここで真中を突き放したらあっ さり東城とヨリを戻してしまう可能性が高い」ということを作者に「教 えてもらって」いて「真中の機嫌を損ねない」ことを最優先にした結 果であるかのようにすら見えます。知らないはずなのに、知っていなきゃとれな いはずの態度をとって「勝ち目はない」と決めてかかり真中の弱味につけこむような真似をするので、知ってること をこっそり隠しているかのようにすら見えてしまうのです(そんなはずはない、 とはわかっていても)。

この辺りに「西野との仲は手厚く保護する一方、東城との復縁の機会は徹底 的に摘み取る」作者側の姑息な作為・都合が透けて見えるのが腹立たしいですね。

終盤の西野は、以前持っていた優れていた点がことごとく台無しにされて、 盛大にミソをつけてしまったキャラであることに議論の余地はありません。 その闇から目を背け、見ようとしないのは却って西野に対する侮辱 でしょう。再登場後の西野に対しては、以前と比べて遥かにみすぼら しくなってしまった姿を直視して、それにふさわしい評価を与えてやることこそ が、西野に対する本当の誠実さなんじゃないでしょうか。

最後の西野

こういった具合で、終盤の西野に対しては評価できる(ないし、好きになれ る)所がほとんどないのですが、最後になって東城への絶対的怯懦と、真中へ の強迫的執着心のふたつの呪縛から自らを解放した所だけは評価でき ます。その理由も過程もまったく不明(笑)で、ものすごく唐突になされるんで すけど、とにかく西野は真中と東城を日本に残してパリに発つ決心をつけるんで すね。

それは所詮東 城が決定的な自滅を犯してしまい、最早身を引くしかなくなってしまった後の、 「身の安全」が保証された上での行いでしかないので、評価と言っ てもそれほどの水準には達しない(やはり、まるで作者にそのことを 「教えてもらって」でもいるかのよう)のですが、それでも これまでの最低中の最低の振る舞いに比べれ ば遥かにずっとマシです。そこは素直に「うん、偉い。よくやった」と思える部 分ですね。「ワクワク」にはまったく納得は行かない ものの、完結後の真中と西野に対しては「今後もどうぞお幸せに」とは思え ます(これは別に嫌味でも負け惜しみでもないですね。東城がこのマンガの中で 誰より好きで、真中と結ばれることを心から望んでいた身としては、 真中が不幸になることを望むような欺瞞 を抱くことはまったくないです)。やっぱり私は、西野のことが「嫌い」な 訳でも「憎い」訳でもなくて、ただ単に「許せない」「怨んでる」だけでしかな いんですね(と言うか、再登場後の西野は「嫌う」「憎む」に値するほどの内面 すら備わっていない、中身空っぽのキャラでしかない、というのがよ り正確な所でしょうが(笑))。

上述の通り、西野が「呪縛」からあっさり解放された、という部分は、かな り強引に、何ら裏付けのない描き方だったので、過程として全く説得力はないで すし、そこは作者の不手際として厳しく責められるべき部分はあります。実際、 その辻褄の合わなさを舌鋒鋭く批判 している声も存在しますね。ただまあ私は、「作者に対して」はともかく、 「西野に対して」はそのことはあんまり強く咎める気は起こらず、(事情はどう あれ)自らを強く改革することのできたことは素直に認めてあげる気になれます。


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井汲 景太 <ikumikeita@home.jcom.ne.jp.NOSPAM.>(迷惑メールお断り)
最終更新日: 2015年10月17日