西野は真中のどこが(そんなにも)好きなのか?

ここでも何度も書いてますが、やっぱり西野について言うべきことは「西 野がなぜそんなに真中に執着するのかの必然性が薄い」という点に集約されます。

  1. 西野からの告白前
  2. 西野からの告白後
  3. 遅かりし路線変更
  4. 「初恋限定。」を受けて ―― 山本さんと有原くん ―――

西野からの告白前

西野はしょっぱなからして「勢いに押されてOK出したってカンジ」と正直に 言ってますが、西野が別の高校に進学することが解ったときに真中が「自分のど こが気に入ったのか」を尋ねたときも、答は「人を好きになるのは理屈じゃない」 「淳平くんはいいとこ一杯持ってる(でも、それがどこかは具体的には挙げてい ない)」で、説得力のある理由づけを(作者が)事実上放棄する格好になってい ます(一番最初に、男子に陰口を叩かれる東城を真中がかばう所をたまたま目に していて、これが交際承諾の伏線となっていたかのような描写があるのですが、 なぜかこの場ではそれは触れられません。作者がこの伏線のことを忘れていたの か、それとももともと「この程度のことでは『好き』の理由にまではならない」 と考えていたのか…)。

高1の終業式の日に(何と4ヶ月ぶりに!「恋人としてつき合って る高校生」の会う間隔じゃねー(笑))再会したときも、西野は「やっぱり淳平 くんが好き」と言うものの、「なぜ」好きなのか、「どこが」好きなのかはよく わからない、と自らはっきり言うんですね。

そのとき、暴漢から体を張って、まっ たく躊躇わず西野を守ろうとした真中は称賛に値します。この行動は西野に かなり好感を与えたとしても不思議ではありませんね。こういった機会が他にも 何度か重なれば、西野が本気で真中に惚れて行ったとしてもそれほど不自然では ないのですが…。それほどまではっきりした機会は、最初の別れまでは結局これ 1回で、しかもそれさえ「なぜ」好きなのかよくわからない、と直後に言われて しまうとは、奇妙なことに西野にはあまり強い印象を残さなかったようです(こ こはちょっと真中がかわいそう)。

こういう場合の(作者の側の)常套手段は「これまで自分の知ってる男はみ んな自分の外見『だけ』にしか興味がなかった。でもこの人だけは、『本当の自 分』を見てくれた」という事情で、大した取り柄もない男にのぼせあがらせると いう手なのですが、真中の場合は完全にその逆を行っていて、 当初からずっと西野の表面的な魅力に魅きつけられているばかりで、これっ ぽっちも西野の内面ときちんと向かい合おうとする姿勢がありません。も ともと東城とくっつける予定だったため、話の作りがいやがおうでもそうなって しまうのはやむを得ないことですね。

後になって、「実は西野は以前から真中のことを知っていて、ちょっと意識 したこともあった」というエピソードが補填されましたが、あれはやっぱり後出 し感満点の付け足し、という印象は拭えません。この件は西野自身も「忘れてた」 と述べていましたし、上述の「自分のどこが気に入ったのか」を尋ねたときにも 出てこなかったことや、始めの「勢いに押されてOK出したってカンジ」というセ リフを考えれば、やはり「西野が真中を好きになる理由」として成立していると 見るのは難しいです(一応、作中で初めて西野と真中が顔を合わせるシーンで、 西野がじっと真中の顔を覗き込むカットが紛れてはいて、作者としては「西野は 以前から真中を知ってた」という漠然としたアイディアは、最初から持っていた のかもしれません。ただ、具体化するのが遅すぎて、読者に対しては「辻褄合わ せ」以上の意味にはなってないんですよね、やっぱり)。

西野誕生日にも、真中は西野の誕生日を知らなかったばかりか、「西野が真中 向けに設定していた着信音を始めは思い出せない」というエピソードが挿入され ます。それほど長い間、真中から西野に電話することはなかった(少な くとも、真中の自宅からは)わけで、ひょっとしたら付き合い始めてから西野に 電話したことは一度もなかった可能性すらあります。

で結局、西野とは曖昧な関係が続く一方、東城との仲が深まり、高1のクリ スマスにはついに西野から振られます。このときは、西野が真中に対する興味を もう持続できなくなった、という形になっています。

まあそりゃそうですよね。西野にしてみれば、向こうから「つき合ってくれ」 と頼んできたからOK出したはずなのに、ちっとも自分に興味を持ってくれるよう に見えず、せっかく話しかけても上の空ばかり。そしてどうやら、自分より他の 女の方が好きらしい。普通だったらこんなバカにされたような態度取られた ら、多少は好意を持っていた相手でもほどなく幻滅してしまうに決まって ます。にもかかわらず(理由は完全に脇に置いて)とにかく「淳平くんが好き」 と言い続けていたのは、ひとえに「ハーレム系ラブコメ要素搭載のマンガだった から」という事情によるものでしかありません。やっぱり、 あの暴漢から守ってくれた経験1回だけじゃ弱すぎる。

クリスマスになって、やっと西野はその軛から逃れました。ごく当たり前の 考え方から、ごく当たり前の行動を取っただけです。その後の唯の「その女のセ リフからしてこの恋の復活は100%ありえないね!」というセリフも実に説得力の あるもので、普通はそうとしか考えられませんよね。

リタイアさせたのは、ひとつにはおそらく作者なりの「親心」で、その時の 展開からは「これまでもてあそんでしまってスマン。もうあんなマネはさせない からゆっくり休んでくれい」という作者の声が聞こえてくるかのようでした。

その後、西野はしばらく経ってから再登場を果たし、ああいう別れ方をした 後としては明らかに不自然な展開で真中とよりを戻しました。 これは、「やっぱり北大路じゃ 東城の相手にならん!」という事情と、(おそらく)再登場を望む読者の声 がよっぽど大きかったんでしょう。「読者の需要に比べれば、自らの作家性など ちっぽけなもの」と覚悟を決めて、お蔵入りのキャラだろうが何だろうが再登場 させるあたり、最激戦区の週刊少年誌でしのぎを削る作者のプロ根性はすごいな あ!と、ほとほと感心させられた一幕でした。

(ここは私情(笑))それにしても、お前は本来そうやって東城の当て馬と してお呼びがかかっただけのリサイクルキャラでしかないん だから、分をわきまえろ、分を!アンタごときが最終ヒロインの座をかっさらっ ていくなんて、許されるはずがないだろう!?と、やっぱり言いたくなってしま うなあ。(私情ここまで)

バレンタインデーの後再会したときも、ホワイトデーのお返しのリクエスト を尋ねる真中に「あたしがあげたってことも気付かなかったら気付かないままで いいやって思ってた」「やっぱり、次恋愛するならその人と距離取っちゃダメか もな―――」「……まあそーゆーわけでお返しなんていらな…」と、真中との経 験を糧にして、一回り大きくなった姿として描かれており、もう真中のことは吹っ 切れている、別に真中への想いが再燃したわけではない、という態度でした。も ちろん、理屈から言えばそれが当然の話です。

それからしばらくの間も、 例によって思わせぶりなセリフを駆 使して「真中のことが好きなのかどうかはっきりわからん」という状態が続いて いたのですが、(おそらく読者の声に抗し切れなかったこともあって)結局「今 でも真中が好き」ということになってしまいました。………だったら、 高1のとき自分から振ったりなんか、するは ずないんですけどね(笑)。

再会後の真中は、一応、桜海学園での脱出劇で西野の心を多少は動かすに足 る行動を取ったとは言え、それ以前に「嫌われるのが当然の態度で振 られた」ことを考えると、これはまあマイナスポイントを 0 か、多少マイナス の所まで持っていくことは可能でも、プラスにまで持っていくのはちょっと難し く、これだけで西野が真中一筋になっちゃう、というのはかなり説得力に欠けま す。何と言っても、この程度のことであんな に簡単に真中にぞっこんになってしまうくらいなら、振ったりするはずは最 初からなく、振ったりせずに「たとえ東城がいようとも、それでも好き好き好 き!」と執拗に執着し続けていたはずですね。しかし、西野は自分から 振ったのです。そうである以上、西野が再び真中を追う、などという話は 完全に破綻しています。特に、もっとも致命的 だった「真中の本命は東城」という事情に何ら変化はなかったわけで すから。

その脱出劇の事件を除けば、再会後かなりの間、真中は西野の心を掴むよう な行動はこれと言ってとっておらず、西野が真中をそんなにも好きに なる必然性は非常に乏しいですね。にもかかわらず西野は自分から興味を失っ て振った相手に対しては明らかに積極的すぎるアプローチを 執拗に真中に継続する、極めて不自然な関係が続きます。

西野派は「修学旅行で、あんなに真中に会いたがっていた西野に、真中が意 気を見せて旅館を抜け出して会いに来てくれた」ということを「西野が真中を好 きになる理由」として数えるかもしれません。しかしこれも、「そもそもなぜ西 野が真中にそんなにも会いたがっていたのか?」というと、「西野が その時すでにとてつもなく真中が好きだったから」としか答えようが ない描写になっています。要するに「なぜ西野はそんなにも真中のこ とが好きなのか?」という疑問に対する答が循環論法に陥っ てしまっているわけで、結局答になっていないのですね。「なぜ、『真中と会う』 ことがそんなにも西野にとって嬉しいことなのか?」という理由を、 何か別のことで説明できない限り、そういった事情を挙げても仕方ありません。 これは、高2合宿での肝試しなど、その他のほぼすべてのイベントも同様です (「どうして西野にとって『真中と2人きりでいいムードになる』ことがそ んなにも嬉しいことなのか?」等々)。

真中の方からデートに誘ったのって、学園祭への招待を除けば、高2のとき の水泳指導と学園祭直前のチェルシーエンジェルイベントくらいで、真中からは 「モノ」は与えられても、「心」が送られることはほとんどない(例外は、修学 旅行のときの携帯メールでの「西野と同じ学校ならよかった」くらいでしょうか。 これは確かに「すごく欲しかった」と評されてはいました。とは言っても、それ には上述のことをはじめとして「何でやねん」 とケチをつけたくなる要素が多大にありますが)。これも、普通だったら 「脈なし」と判断して手を引きそうなもんですけどね。他にいい男たちから積極 的にアプローチを受け続けてもなお、真中一筋でいる理由はさっぱりわかりませ ん。

よくあるパターンは「ささいなすれ違いで口論になるなどでその場の勢いで 別れを告げてしまった。本当は好きでたまらないんだけど、意地が邪魔をして素 直に復縁を申し入れられない」というものですが、西野の場合はこれは当てはま りません。また別のパターンとして「早まって振っちゃったけど、惜しいことを した」と感じている、という場合も考えられますが、残念ながら真中はそのよう に感じられるほど「いい男」としては描かれていません(「いいとこ一杯持って る」と言う西野にとっては、惜しくなる美点を備えた男なのかもしれませんが、 だとしたらその美点とはどういう部分で、そしてそこをどのように気に入ってい るのか、もっと具体的に説明してくれないと読者にはさっぱりわかりません。肝 心な「やっぱり惜しくなった」心理もちゃんと描写してくれないと困る)。

一度だけ「真中がいなかったら自分が進みたい道は見つからなかった」とい う理由で「真中に会えてよかった」と礼を言ってることがあるんですが、これも 別に真中が直接何かしたわけではないですからねえ…。いろいろなことに興味を 示してチャレンジし、打ち込めるものを見つけて自分を研いたのは西野自身の才 覚によるものであって、真中本人による寄与は事実上ゼロです。そんな小さなきっ かけであってもそれを相手に対する大きな感謝へと転化し、衒いなく伝えられる 西野は、本当によくできた女の子だとは思いますが、しかしやっぱりそれが理由 で異性に対しそんなにも深い愛情を抱くことが自然かと言ったら、 それとこれとは全然話が別です。

ここら辺は、「北大路がなぜそんなにも真中が好きな状態 がいつまでも続いているのか」にまったく理由がないのとお んなじ事情で、単に「ハーレムタイプのラブコメ要素搭載のマンガだから、理由 は全然ないけど、とにかくストーリーの都合上、『好き』ということ でいてくれないと困る」というだけの話でしかないんですよね。

で、高3の夏になってからやっと、真中がかなり西野の心を掴んだ と評してもおかしくない「3日間の旅行」イベントが発生します。さすがに、い きなり電話した翌日から何の文句も言わずに3日の旅行につき合ってくれて、心 が弱っていた自分を一生懸命励ましてくれたというのは十分に大きい事情です。

…ただ、これもまた「なぜ、そもそもそんなことを真中 に頼ってきたのか?」ということの理由が「循環論法」のそしりを免れず(「そ れは、元々真中のことが『とてつもなく』好き(2人きりで泊まりがけの旅行に 行ったりしてもいいと思うくらいに)だったからだ」)、そのため「なぜ真中の ことが『そんなにも』好きなのか?」ということの根拠としては大きく価値を減 じていることは否めません。

さらに、ここで作者が失敗しているのが、クライマックスである2日目の夜 の真中のセリフが、取ってつけたような観念的な内容になってしまっ ている点ですね。この小旅行があったから「こそ」の部分(初日と、2日目の昼 間の出来事とリンクしている部分)が乏しく、普段の西野とのやりとりの中で 出たとしてもおかしくない、芯のないセリフになっており、2人の関係の積み上 げとしてはあまり効果が挙がっていません。ここは、いいネームが切れるマンガ 家なら、小旅行中のここに至るまでの展開に何らかの伏線を張っておいて、それ が強く効いてくるような展開にするのですが…。

その辺り河下先生はやっぱり行き当たりばったりの傾向が強く、うまく伏線 →回収の流れを作ることができていません。結局、この小旅行は単に真中が西野 に付き合ってくれただけで、真中が西野に強く感銘を与えたような特段の出来事 があったわけではなく、西野の悩みは概ね西野自身の中で自己解決してしまいま した。あとはいつも通り、西野が真中にひたすら奉仕することに終始し、最後の 「締め」の形を作るのに、西野からの唐突なキスというインパクト先行のやや強 引な手段で逃げ切りを図るはめに陥っています。これは作り話を飯の種とする人 間の仕事としては「うまく行ってない」と評さざるを得ない所で、せっかくの西 野の「積み上げ」の機会を設けながら、それを生かし切れずに終わってしまって います。

そういうわけで、この「3日間の旅行」では「旅行のから西野が 無条件で真中に好意を持ちすぎ」という不自然さを覆すには至らず、また、真中 の心の中には相変わらず東城が大きく存在し続けているのに、そんな「自分を振 り向いてくれる見込みは不確かだし、向いてくれたとしてもその後の恋愛上の誠 実さが全然期待できない相手」というのをいつまでも一途に好きでい続ける、と いう点に説得力を与えることにも失敗しています。

で、その後の西野からの懸垂告白返しはもう、ウソ臭さ・薄っぺらさにげん なりしました。「えー。アンタどうしてそんな自分への好意の薄い相手がそんな にも好きになれるのー。東城にも向井にもフラフラしてるような男、『自分のこ とを見て欲しい』と腹立てる前にさっさと見放しちゃいなよ」と、どっちらけも いい所です。

「真中の方から申し込んで来たのを受け て正式な彼女になったはずなのに、真中には自分よりも好きな女がいる」という 失礼極まりない態度をとる男を、忍耐の限度を超えたから振った、というい きさつがあるにもかかわらず、その事情は何ら変わっていないのに、説得力 のある理由に極めて乏しいまま、なぜか無条件で「超メ ロメロで骨の髄までぞっこん」なんて極端なまでに好きになってしまう、などと いうのは、話としては完全に破綻している茶番です。その一 貫性のない成り行きは、話の都合上仕方なく目をつぶってなぁなぁにしてい たに過ぎないのに、そこをうやむやにされたまま西野とくっつけたことは 許しがたいことの一つですね。

そういう所は、「とにかく内実なんかどうでもいいから、『真中と西野がくっ ついた』という形式を作ることが最優先。西野側に有利な材料は、捏造でも何で もして整える」「一方、東城側に有利・西野側に不利な材料は、ストーリー上の 自然さを犠牲にしてでも徹底的に摘み取る」という作者側の魂胆が垣間見え、げ んなりすることこの上ないです。

再登場以降の西野の真中への態度って、「手に入らないおもちゃを欲し がる子供」みたいなもんなんですよね。「なぜ、『あんなにも』ひどい目 にあった相手を、『わざわざ好き好んで』追っかけるのか?」が全然わからない から、いくら一生懸命でも、読者としてはそういう風に思っちゃう。本当に再登 場後の西野は、出れば出るほど作品の価値を損なう、作品にとってのガン と言えるキャラでした。

西野からの告白後

結局真中はその西野の告白に応えることになり、2人は再び恋人同士、とい うことになりました。ここで作者はストーリーマンガに舵を切ったのですが、 「真中の方から告白してきたから付き合ったのに、自分よりも好きな女がいる」 なんていう失礼かつガックリな酷い扱いを受けた結果「そのことに幻滅してもう こいつとはやって行けない、と自分から見放した」なんていう経緯があるのに、 「そこまで」ひどい扱いを受けて、「それでも、なお」真中(だけ)が「どうしよ うもないくらい」好きになってしまうのはなぜなのか?の理由付けは先伸ばしを 続けていたため、この時点では結局準備されていません。

本来、ラブコメの本命ヒロインは、必ずしも「なぜ好きなのか」の具体的理 由がいるとは限りません。ラムがあたるになぜ「そんなにも」執着するのか、の 具体的理由が必要かと言ったら、そんなものはこれっぽっちも必要ないわけです。 ところが、西野にとっての真中はまず特大のマイナス要因が ついており、しかもそれを挽回するような要素が極めて乏しい(どころか、西野 の厚意に乗じて「奉仕のされ得」を一方的に貪るばかりで、マイナスをさらに拡 大している)ような相手です。そのような西野は、他の作品の本命ヒロ インと違って「なぜ好きなのか」の理由は必須です。さらに、西野は サブヒロインのポジションから、本命ヒロインに取って代わろうという立場のキャ ラです。である以上、これまでさんざん「真中に執着する理由」「他の男じゃ代 わりにならない理由」が強調されてきた東城に対して、西野は「身の証を立てる」 ことが当然要求されます。

けれども、終盤の西野のやったこ とと言えば、一貫して東城との間で「かわいそうさ比べ」を真中に(そして読者 に)迫ることでした。「あたしは東城さんには絶対敵わない、あたしの方が 振られたらかわいそうでしょ、そうだと言って、そしてだからあたしを選ん で」………と言葉にしたわけではないですが、態度がそうなってましたね。

ここは、私がいくら譲歩しても「うん」とは言えない部分です。どう見たっ て、東城の方がかわいそう、と言わざるを得ない。東城には、「真中に執着する 理由」も「他の男じゃ代わりにならない理由」もしっかりあって、それは(少な くとも高校生の女の子にとっては)切実な理由として描かれてます。だから、東 城に諦めさせるならそのダメージは決定的で、もうこっぴどく泣いてもらうしか ありません。実際、試写会のとき・学園祭当日・雪の日の別れのとき、と、3度 に渡って大泣きさせざるを得なかったわけで、見ててほんと気の毒でやりきれま せんでした。

だけど、何度も繰り返す通り、西野の真中への想いにはそういう「裏付け」 がないため、どうしても

と、理屈の方が感情に先行してつれない反応ばかり浮かんできてしまいます。で すから、西野の方は、振られたとしても読者はその悲しみを表面的にしか共有で きません。

(えー、西野さん、そこにあなたと違って「ど うしても真中じゃなきゃダメ」という、とってもストライクゾーンの 狭い難儀な人がひとりいるんですが、ひとつ譲ってやっちゃもらえないもんでしょ うか。ええ、「と」で始まる名前の人なんですけど。その人のはもう病気み たいなもんなんですが、ひどく―――そりゃあもうひどくこじら せちゃってて、もう手遅れ、手の施しようがないんですよ。たとえあなたの「お 下がり」であっても全然気にせず喜んで受け入れること間違いなしなので、ほん とに悪いんですけど、ひとつ寛大な所を見せて手放してもらえませんか?あなた は美貌だけじゃない、才能もあるし、努力も惜しまない super girl なんですか ら、真中にはもったいなさすぎます。こんな奴ほったらかして、遠慮しないでじゃ んじゃんパリに行ってください。そこでますます研かれたあなたには、もっとは るかに大きい幸せが約束されているじゃないですか)

西野ファンは「いくら『理由がない』とは言え、とにかく西野は健気に真中 のことを一途に好いている描写を重ねて来たんだから、今さら真中が西野を振っ て泣かせるような事態になったりしたら西野が可哀想すぎる!だから真中と西野 は『当然』結ばれるべきだ!」と思うのでしょう。確かに真中「が」西野「を」 振ったりしたら、西野は非常に気の毒だと思います。だけど、上述の通り西野 「が」真中「を」見放す、という展開ならそんなことはないわけで、「当然」と いうのはまったくの見当はずれです。

西野が高校に入学して料理に挑戦したりパティシェを目指したりしていろい ろ自分を成長させようとしているのに対し、 真中の西野に対 する態度はいつまでも「お客さん状態」のままで、再度つき合い始めてからでさ え西野の本当の心のうちとしっかり向かい合おうとする姿勢がほとんど見えませ ん。西野が留学が迫って焦っている心の内がちっとも推測できていないし、その 「留学」ってのが真中にとってはどうも他人事っぽい。デートを重ねるも、互い に考えていることはすれ違うばかりで、結局真中が取る行動はと言えば「モ ノで西野の心をつなぎ止めよう」ということだけです。

これ、成長著しい西野から見たら、真中が急速につまらない男に見えていっ て、愛想を尽かしても全然おかしくないですよね。それなら西野は泣かずにすみ ますし、別に真中と別れることが彼女の不幸につながるわけでもないですから、 西野ファンの方にも受け入れられる流れのはずです。

というわけで、「西野が真中を見放して別れを告げ、結局真中の相手は東城 になる」という流れなら涙を流す人数を最小限にできて、これが八方丸く収まる (と書くと北大路ファンに怒られるかな…)ベストの展開だったと思うんですけ どねえ。

水族館のときにしろ、学園祭の ときにしろ、学園祭以降の付き合いにしろ、さんざん真中に裏切られ、失望 させられることが続いているわけですから、真中に幻滅して別れるのが 当然でしょう?そんな状態にもかかわらずいつまでも真中に執着し続 ける(別れるという選択肢を視野に入れて真中を問い詰めることすらしない!) 理由ときたら「真中のことがどうしようもないくらい好き」の一点張りなのです が、「なぜ」そんなにも好きなのか、具体的エピソードが乏しくてこれっ ぽっちも説得力がないのですからお話になりません。

せめて「どのように」好きなのか 具体的内面描写でもあればまだマシなのですが、それすら皆無に近く、さらにそ れどころか、「西野 さん、アナタほんとにそんなに真中のこと好きなんですか?」と2人の真剣さを 疑わざるを得ない描写が繰り返される始末です。こんな有り様で、上辺だけ 「たとえどんなに振り向いてくれなくても、それでも好き」と繰り返すだけじゃ オウムと同じで、そんなの「口先だけ」に過ぎませんよ

ここは、作者がストーリーマンガとしての構成を著しく失敗している部分で す。「東城を―――よりにもよって、あの東城を向こうに回して『かわいそ うさ比べ』を迫る」展開を選択してまで西野を本命ヒロインにするのであ れば。どんなにベタでもいいから、西野側にも「真中がオンリーワンであって、 とことん執着せずにいられない」理由を準備しなくちゃいけなかったんですよ。 そうでないと、東城が浮かばれなさ過ぎて、ストーリーマンガとして構造的に持 たない。

これは、最終盤になって、カラオケボックスで真中が「関係の白紙化」を申 し出たときの西野の対応にも生じている問題です。このとき、「真中が東城とヨ リを戻した」と誤解した西野は、事情を確かめようとも、再度真中を振り向かせ ようともせずに、もうすっかり諦めて自分から「東城の方へ行ってくれ」という 態度をとっています。何、そんな簡単に真中のことを諦められるの? あなたの真中への想 いって、その程度のものだったの!?だったらもっと早く手 を引いてくださいよ!西野さん、あなたが考えなしに真中にちょっかい出したせ いで、東城がどんなに辛い想いをしたか解ってるんですか!?!?

当然のことですが、ストーリーマンガに移行したからには、本命ヒロイン交 代劇は「西野は真中のことが絶対譲れないほど好きなのだ」 ということを前提にしないと成立しません。そうでなけりゃ、一体何のために東 城はあれだけの辛く、身を切るような想いに心をズタズタに引き裂か れ、余りにも切ない涙を流さなければならなかったのか。その、ストーリーマン ガとしては絶対に外しちゃいけない要石を放棄してしまうと は、河下センセ、そこ読者からの信頼に対して空手形を切っちゃってますよ…。

ここも、「どうして西野はそんなにも真中が好きなのか」の具体的 理由さえはっきりしてれば、「ああ、それほど好きだったにもかかわ らず、一旦は諦めてしまうほど東城のことが脅威だったのか…」と、西野への同 情に転換することも可能な場面です。実際、ここの描写は、作者としては読者に そういう同情を催してもらうつもりで描いたんだな、ということは読み取れます。 読み取れるんですけど、でもやっぱりそこは「西野の、真中への想いの深さ」の 具体的裏付けが必要なんですよ、河下先生。それがない限り、 どうしたって上で触れたように「西野の想いの薄っぺらさを暴露する描写」にし かなりようがありません。

だからせめて後付けでも。後付けでもいいから。「西野が真中に執着せざる を得ない理由」を明確にする必要があったはずなのです。それさえあれば、まだ 手遅れではなかった。

でも結局、別ページで述べるように、ついに 最後の最後までその理由の補填はほったらかしのままで した………………これが、本作での河下水希最後にして最大の失敗です。

遅かりし路線変更

やっぱりその具体的理由を用意できなかったのは、路線変更が余りに遅すぎ たことが響いていますね。もっと早く決定していれば、真中と西野の絆をちゃん と準備しておくこともできたんでしょうが。

例えば、西野は進路について両親とかなり衝突があったはずです。進学校に 通っているにも関わらず、パティシェを目指しているわけで、しかも桜海学園の 受験は親の意向だったんですから。おまけに、バイトに熱心になる余り、高2の バレンタインデーでは学校をサボったことすらありました。

で、「パリ行きなど絶対に許さん」という両親相手に、真中が体を張ったりし て根気よく説得に力を貸してくれた(真中が唯の父親に対してやったみたいに)、 2人で力を合わせて難局を突破できた、というようなエピソードが「丁寧に」描 かれていたりしたら。そして、そういうエピソードが、他にも重ねられていたり したら。

そうすれば、「ああ、こりゃ西野が真中に惚れるのも無理はないわ。他の男 じゃ代わりにならないオンリーワンで、東城と西野の意向が真向からぶつかるの も仕方がない」と納得できるだけの重みが出てきたと思うんですけどね。やっぱ り、「3日間の旅行」だけじゃ回数も少な過ぎるし、時期も遅すぎる、というの が致命的です。

「初恋限定。」を受けて ―― 山本さんと有原くん ―――

同作者の新作「初恋限定。」の最近の話で、「好きになるのに理由はいらな い」というテーマがクローズアップされたので補足しておきます。

ジャンプ '08年12号の「初恋限定。」第19話にて、山本岬が有原あゆみの 「好きになるのに理由はいらない」という断言に感化されて、ちょっとどきどき させられただけの相手に対し、「好き」という気持ちを素直に伝えよう、と前向 きに心を決めるという展開がありました。いかにも西野派(の中で、このサイト を以前見たことのある方々)が尻馬に乗って「それ見たことか!好き になるのに理由なんかいらないんだ!西野が真中を好きなのだって、別に構わな いんだ当然なんだ文句言うのがおかしいんだ!」とフカしそうな話(笑) だったので、ちょっと補足しておきます。

もちろん、「好きになるのに理由はいらない」なんてのは当たり前の話 で、そんなこたあー現実世界でも、マンガの中の話でも、掃いて捨て るほど転がってる話です。山本さんが有原くんにアタックするのも大いに よろしいでしょう。そんなことに文句をつける筋合はありません。

―――が、それは、「相手にマイナス要素がない」場合の話です

山本さんが、有原くんにマイナス要素を感じるか、と言ったら、そんな ものはあるわきゃないですよね。彼らの関係は、これから始まるのです。 一方、西野と真中はどうでしょうか?

いやぁー、そりゃー全然違いますね えぇ〜。

上で述べたことを再掲しますが、最初の別れに至ったのは

西野にしてみれば、向こうから「つき合ってくれ」と頼んできたからOK出したは ずなのに、ちっとも自分に興味を持ってくれるように見えず、せっかく話しかけ ても上の空ばかり。そしてどうやら、自分より他の女の方が好きらしい。普通だっ たらこんなバカにされたような態度取られたら、多少は好意を持っていた相 手でもほどなく幻滅してしまうに決まってます。

ってな理由でした。

その結果、「真中が自分より東城の方が好き、という事態に、西野は耐えられ なかった」という事情で、「西野の方から真中を振る」という展開になっていま す。「それでも、好き」という気持ちだけではもう西野の側がやって行けなくなっ た、という流れです。「耐えられなかった」のは西野の側で、「西野が」イニシ アチブをとってあの別れに至っています。

こういった所、一度振っていなければ、まだましな所もありますよ。ずっと 彼氏彼女の関係を継続していたなら、「読者にはよくわからないけど、でもとに かく西野は真中のどこかをすごく気に入っているんだろう」という見方もできな くはない。「夢を語るときの瞳の光」とか、「何気ない仕草に込められた繊細さ」 とか、「ふとした瞬間に見せてくれる笑顔・大らかさ」とか「女の子慣れしてな い、おずおずとした手の出し方・視線のさまよわせ方」とか何でもいいんですが、 そういうのがツボに入ってしまって、他の男では代わりにならない存在になって しまっていたのだろう、と想像を逞しくすることも不可能ではないです(苦しい けど)。

でも、振ってしまった。これはつまり、たとえそういう「気に入った点」が あったとしても、それは「自分より好きな娘が他にいる」という 決定的な事実を埋め合わせるほどの強度は持っていなかった、 ということです。実際、そのときの西野は「すごく未練があって、本当は真中と まだ付き合いたくて最後まで追い縋ったんだけど、無理やり手を振り払われて泣 く泣く終わり」という描写にはなっていません。もう、真中とやっていくのはい やになってしまった、という気持ちが「付き合いを継続しよう」という誠実さを 上回ってしまい、最終的には、あくまで「自分で」真中との関係を維持できない、 と諦め、真中を吹っ切っています。その直前の「淳平くんがしてみたいこと、何 でもしていいから…」という誘いも、「真中のことが好きで好きでたまらなくて、 この身であがなってでも真中を繋ぎ止めよう」というヤケの行動ではなく、「こ の男は本当に自分のことが好きなのか、自分と付き合っていく気があるのか」と いうことを冷静にテストしているだけです。そのテストに真中はパスしなかった、 それで彼女は真中を振ったのです。

この時点で本来なら、「理屈抜きで真中のことが好き」という形に持って行 くことは無理になってしまっています。もう真中には西野を受け入れる資格はな いし、西野が真中を追うというのは話として破綻しています。余りにも ひどい仕打ちを受け、もう真中とやっていくのが嫌になってしまった 西野に、大した理由もないのに「もう一度やり直したい」という気持ちが形成さ れるはずはないのですから。

あるいは逆に、真中と付き合った経験なんかなくて、東城や北大路と同様 「以前からずーっと真中のことを一途に想い続けていた」ということでも、まだ 何とかなる余地はあったと言えるでしょう(※注)。それ ならば「自分より好きな娘が他にいる」という事情を超えるくらいと にかく真中のことがずっと好きだった、ということに関しては一貫していたこと になりますから。

でも、実際のところはそうはなっていなかったわけです。この手の、 「男にとって余りに都合のよすぎるハーレムもの」というのは「だってこの娘た ちはこの男が好きで『自主的に』尽くしてるんだよ」ということを「理由もなく モテモテ」ということの言い訳にするのが定番です。そんなのは、真面目に考え ればもちろんウソなんですが、一応「作中の事情としてはウソじゃない」という 一点で強引に押し切って免罪符にするわけです。だけど、西野については途中で その免罪符は破棄されています。西野派がどんなに言い繕おう とも、西野が「自分から主体的に真中と縁を切った」ことは間違いなく、そうで ある以上、「それでも、好き」などというのは、作中の事情としてさえ あからさまなウソであって、もはや上述の「自主的に」という欺瞞に満 ちた言い訳さえ通用しなくなっています。

―――というわけで、西野派が「初恋限定。」のセリフの 上っ面だけに乗っかって、西野の言動を正当化できるなどと浮わついた気分で意 気込むのは、軽率にも程がある短絡的な醜態ですね。

まあ、身も蓋もないことを言っ てしまえば、北大路こそが実際そういうキャラとして投入されていた訳ですよね。 そういう観点から言えば、西野よりも北大路の方が遥かに最終ヒロインにふさわ しいキャラでした。その北大路にすら正当性が及ばないようなキャラが、その立 場を何ら改善することなく最終ヒロインの座をせしめたからからこんなに腹が立っ ているわけで。


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井汲 景太 <ikumikeita@home.jcom.ne.jp.NOSPAM.>(迷惑メールお断り)
最終更新日: 2015年9月13日