東城はかなりの引っ込み思案な性格として描かれてますが、これほど引っ込 み思案な性格というのは、「ラブコメマンガ」の「メインヒロイン」というカテ ゴリではかなり珍しい方ですね。普通は、「おとなしめ」という性格づけのキャ ラでも、言うべきときはポンポンものを言うものだし、手も出るときは出る。そ れができないキャラは「メイン」ヒロインにはならず3番手、4番手くらいのポ ジションにつくはずです。
この性格はこのカテゴリの中じゃマンガを展開して行く上で明らかに大きな (致命的とさえ言える)足枷で、今さらながら、この性格でよくも19巻も話を持 たせたもんです(逆に言うと、こういう「おとなしいけど真面目で優しくて、一 途なヒロイン」で話を展開できるチャンスは滅多にないのに、その最後をハッピー エンドで飾ってやれる貴重な機会を潰しちゃうとは何てもったいないことをする のだ河下水希!)。
肝心な所で自分からは一歩も踏み出せない部分があるキャラで、そこは見て いてとても歯がゆいですね。一番それを強く感じたのは、高3になって天地の 「予言」を聞いたときの「あたし…あたし…一体どうすればいいの…!?」で、 さすがに言ってやりたくなったものです。「あなたのしなければならないことは、 たったひとつです。言え!言うべき人に、言う べきことを!!」と。
ここは基本的には「真
中の方から言ってやれよ」とは思っていたのですが、あそこまで追い詰めら
れても、まだ言えない、というのは、さすがにその臆病さに呆れました(笑)。
この「言えない」という部分は、
彼女を見ていて苛々するのは、怖くて言えないから友達でいいけ
ど大学までついていきたい、というそういう発想です。そんなの自分が可愛いだ
けじゃないですか
と評されていますが、まさしくそう言われても仕方の
ない部分だと思います。
………とは言うものの、小説を読んでもらいたい真中を 早朝の通学路でじっと待っていたり、真中が好きになったら(他に彼女がいるの がわかっているのに)志望高校を急遽変更して同じ高校に進学したり、バレンタ インデーに衆人環視の中本命チョコを渡したりと、本来は必ずしも引っ込み思案 一辺倒のキャラというわけでもないはずなんですけどねえ。
どっちかって言うと、高1終盤に西野が「一時リタイア」した場面で、本来 なら真中か東城のどちらかから申し出があってカップル誕生、となるのが自然で ある所、連載を引き延ばすために無理矢理、どちらからも決定的なアクションを 起こさせない話を作っていたため、図らずも、全然行動に移さない消極的な性格 「ということになって」しまい、全般的な性格そのものもそれに引き ずられてああなっちゃった、という側面も強いような気がします。
東城の性格がなりゆきで形成された、ということは別の所からも示唆されて います。第1話で、懸垂する真中を見て、ジト目で「真中くん センスなさすぎ…」 と結構ヒドいことを声に出しちゃってますが、これは後の東城からすればかなり 「らしくない」言動です。連載当初は、まだそれほど「引っ込み思案」という性 格づけは意識されていなかったのでしょう。
高1の夏、真中の部屋でエロ本を見つけたときも、「弟の部屋で見かけたもっ とすごい洋物を見て見ぬ振りをしている」なんてことをケロッと口にできる、結 構さばけたキャラですね。やっぱり高2〜高3にかけて、引っ込み思案さが変な 風に進みすぎてしまった、という面があって残念だなあ、と思います(高3の東 城だと、同じ場面でも動揺して真っ赤になってしまい、うまく言葉が出てこない… という感じになってしまいそう)。
東城の消極的性格については
普通、東城さんのようなキャラだと活発な親友とかをつけたりしてフォローす る。この場合すぐに“あきらめモード”に入る東城さんを鼓舞する…といった 動きをとるのですが
というコメントを頂きました。確かに、向井には浦沢と いう、まさしくそういう立場のキャラがいるんですよね。浦沢のコメントはグサ グサ東城にも刺さっていて(笑)。これは、初めて週刊連載が当たった作者には まだそういうマンガ上有効な手法のリサーチ・ストックが十分でなくて、後から 出したキャラになってやっとそういうメソッドの利用に至った、というようなこ となのかなあ。
かなり終盤になって、美鈴がその「向井にとっての浦沢」に近いポジション を取ろうとする動きをちょっと見せるんですが、でももう その時点では完全に路線変更が決 まっちゃってて、全然効果が挙がってないんですよね。おまけに、 学園祭前後での美鈴の行動は支離滅裂だし。
それはそうと、最後の最後になって、天地に「天地くんはモテるから、わざ と内緒にされてたのかもね」と言った所だけ、急に性格が変わってますね。何か ずいぶんしょってますよこの人!(笑)あの控え目な態度はどこへやら、「その モテる天地が、自分に惚れている」ということを当然の前提としたセ リフを、本人に対してサラっと言ってのける、余裕綽々のこの態度。一体何に、 急に覚醒しちゃったんだ、東城!(笑)中路賞受賞作が晴れて出版さ れて、自分に自信が生まれたのでしょうか………って、その後の態度を見ると、 すぐまたいつもの東城に戻ってますが(笑)。
東城は初期は嫉妬する描写が時折見られ、それが割と印象的でした。
なんてあたりは割と微笑ましく見られたのですが、高1 の1学期を過ぎると嫉妬する描写はほとんど見られなくなっています。
嫉妬していた頃の話を読み返すと、東城は一度ヘソを曲げると(作者の中で) なかなか機嫌を直してくれないキャラなのかな、という印象を受けます。とにか く機嫌を損ねると真中とは話もしてくれなくなる困った人だったのですが、ストー リーに復帰するときは、これと言った理由もなく、「なぜか」普通に真中と接す るようになったという感が強く、作者が無理矢理そうさせているように見えます。
これは、手を焼いた作者が「もう、東城に嫉妬させるのはこりごりだ」と思っ て「東城は嫉妬しない『ことに決めた』」ように感じられます。だいぶ後になっ てから向井を登場させたときに「東城の嫉 妬描写」のリベンジに挑戦しており、一応軽く成功してはいるものの、結局 その後に全然つながってないんですよね…。
東城が嫉妬しなくなったことは他のキャラにも大きな影響を与えていて、北 大路が空回りすることにもつながっちゃっています。北大路は西野の代わりに真 中を東城と奪り合う相手として投入されたキャラで、東城との初邂逅シーンには 「これからの宿命のライバルはこの人だよ!」的な視覚的演出も施されてます。 で、入学早々ハッスルして、確かに最初はライバルキャラとして機能しているの ですが…。
突如として東城が嫉妬しなくなったおかげで、北大路がいくら頑張っても暖 簾に腕押しで、超然とする東城は「本命ヒロイン」の絶対的優位性をバックに、 ちっとも北大路に対してアクションを起こさない状態になってしまいます。結果 論の部分もありますが、東城の性格から言って、嫉妬心を原動力としないことに は北大路に対して行動を起こさせにくいことはキャラ設計上の必然で、そこは作 者が構成をやり損なった部分と言えるでしょう。
真中も北大路の積極性にはちょっと引いてしまうような性格づけがされてい たため、北大路はもういくら張り切っ ても空回りしてしまう、ちょっと気の毒なキャラになってしまいました。 西野のカムバックは、ひと つにはこういった事情も作用していたのでしょう。
性格に何だかヘンな欠陥があるのも、東城の「メインヒロインとしてはちょっ と珍しい特徴」でしょうか。すでに指摘があるように、 東城にはいくつかの迷行動(笑)が見られます(高1のバレンタインの時の 行動を責めてる部分は単なる「個人的好みの押し付け」でしかなく(背景の考え 方が 2023 年になってようやく理解できた)、それを東城に押しつける正当性は ないと思いますが(これについては、 後の副節で詳しく論じます)。 あと、後半の「東城の行動のツッコミどころの多さが、西野にシフトする要因の ひとつになったんじゃないか」という見解は、因果関係がよくわかりません →[2006, 9/24, 2008, 3/27 修正]追記)。
個人的には、最も突っ込むべきポイントは他にあって、高2の合宿のときに 視界をよぎった兎や目に止まった花にキャアキャア言ったり(笑)、学園祭のと きに天地が着けていたウサギの被りものにフラフラとなって持ち場を離れてしまっ たり(笑)という、高校生とは思えない幼稚さ(見かけの可 愛さにポーッとなっちゃう)の部分が一番大きな欠陥だと思います。なんつうか 小学校低学年かそれ以下くらいの振る舞いですよコレ(笑)。ここだけは、東城 が好きになれない部分ですねー。合宿のときのは、その前後のすごい激しい感情 のブレ幅も幼児めいたものを感じさせますし。
高3の合宿のときにも、ツッコミ所はあります。まず第一に、「無人島から 帰れなくなるかもしれない」という心配の仕方は「何じゃそりゃあ」と思わされ ました(笑)。「頭はいい(少なくとも、学校の成績はいい)」という設定なん だから、潮の満ち干の大体の間隔くらいはわかってるはずでしょ。それに、何で しばらくしたら潮も干く、という当たり前のことが真中に言われるまで思い出せ ずに「そ そうね / 冷静に考えればその通りだね」なんてセリフになってしまう んですか(笑)。
(そもそも、日本の潮の満ち干きって一部の地域を除いてそんなに極端には でっかくないですから、たとえ橋が水没していたとしてもその深さはそれほ ど大したことはなく、おそらく足が着いたはずなのです (笑)。ひょっとしたら女子2人は背が足りなかったかもしれませんが、真中は 何とかなったはずで…)
それから、東城も真中も、高3にもなって霊の存在を半ば(以上?) 本気で信じて恐がっているのはもう、「アホかー!」と(笑)。 特に東城!仮にも学年2位の成績をとった人間がそんなことでどうする!えーい、 お前ら小学校からもういっぺん人生やり直して来い!(笑)
あと、上の嫉妬描写とも関連しますが、まず中3のとき、真中と西野の仲を 誤解して嫉妬してたときは、もう口もきかないくらい真中を遠ざけてたはずなの に、志望校は変更して真中と同じにする、っていう行動はよくわかりません(そ のときの「真中と西野が一線越えちゃった」という誤解を解く機会の描写は結局 なかったから、結局連載終了までずーっとそう思い込んだままだったのだろうか? それとも、マンガ内に現れなかった部分で事情を説明したりしたのかな)。
そしてもう一つ、せっかく第1志望高を変更して真中と同じ高校に行こうと したのに、真中が補欠となってその意図が水泡に帰す恐れが強い事態になったに もかかわらず、このときの東城はそのことをほとんど気にしているように見えな いんですよね。これもすごく不思議です。あたかも、真中が後で補欠合格するこ とを作者に「教えてもらって」でもいるかのように落ち着き払ってて、わけわか らんですよね、ここ(笑)。
さらに高1のとき、映研に誘われたのが北大路より後だった、というだけで また口もきかないくらい腹を立てる、というのも褒められた行動じゃないですね。 あれじゃ真中には東城が何で怒っているのかさっぱりわからないだろうし(理由 くらいちゃんと言おうよ。恥ずかしくて言えないくらいの理由なら、口もきかな いくらい腹を立てるなんて真似、最初からしなさんな)、後になって仲直りする 当日になっても、まだ直前までプイと顔を背けたりするのはペケ(旧映像部のビ デオを借り出したりして、この時点ではもう仲直りするつもりでいるくせに)。 そして、後日真中が潔く謝ったときの、とぼけて誤魔化そうとしているようにし か見えない態度も減点材料です。
それから、これはだいぶ後になって西野派の方の blog での指摘を見るまで 意識しなかったことですが、ラスト近くの話で、塾を辞めることを親しい友 人の向井・浦沢にさえ伝えないってのは冷たいですね。確かにこれひどい よ、東城!(笑)
[2008, 3/27] ご本人より補足して頂きました。「これまで、河下先生が東城 の欠点を(かなり思い入れを込めて)描写してきた結果、一度真中と西野が再度 付き合い出すことにしてしまった後では、キャラとして東城が諦める方がはまる と河下先生が思ったのではないか?東城は西野から真中を奪えるタイプの人間で はない、ともしかして河下先生が思ったのではないか」ということだったそうで す。ありがとうございました。つまり、「突っ込みどころが多い」せい で「西野にシフトしていくことになっ(てしまっ)た」という見解ではな くて、後の方の段落に書かれている「河下先生の東城への思い入れを込めた描き 方」が、「突っ込みどころの多さ」に現れると共に「西野へのシフト」 への理由にもなったのではないか、という話だったのですね。ようやくわかりま した。
[2023, 6/2] つい先日みなみさんの話を他の
記事も含め再吟味していて気づきましたが、リンク先の記事でツッ
コミどころ
や微妙なコト
とされているのは、ここで触れ
ているような割と軽めな問題点だけに限定しているわけではなく、他人に害を及
ぼしてしまうようなもっと深刻なものまで含めているようです。なので、「迷行
動(笑)」という枠でくくって一緒に論ずるのは適切ではなかったと思います。
どうもすみませんでした。
みなみさんが東城の行動の突っ込みどころ
のひとつとして
挙げている
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/08/100_5815.html1年のバレンタイン時に「西野さんと別れたからいいと思って」というような 理屈で友達チョコをあげるのも、「西野さんと別れたって聞いたからって笑顔 すか?なんかその言い方どうなのよ?」と、突っ込める(すいません、突っ込 みました。死ぬほど突っ込んだ)
について改めて論じてみます。
当初、私はここでなぜそんなに(死ぬほど突っ込んだ
と言
うほどまでに)東城が責められるのかさっぱり理解できませんでした。と言うの
は、「彼女持ちにバレンタインチョコを渡すのは迷惑だったろう(そもそも受け
取ってもらえなかったかもしれない)けれども、付き合いを解消した今ならそう
いう心配はしなくて大丈夫」という考え方は別におかしくないし、真中により近
づける喜びからつい顔が綻んでしまうのも、東城の立場なら当たり前である上西
野には何も害を与えていないのですから。
改めてみなみさんの他の記事や、電子メールでのやりとりをじっくり再読し
てみてようやく、なぜ死ぬほど突っ込んだ
とまで言うほどの
考えをお持ちだったのか理解できたと思います。以下、推測ではありますが、そ
の考えのなりたちを分析してみます。まず、みなみさんはもともと「真中が西野
と付き合っていることを知っていても、東城は北大路と同じように堂々と好意を
示せばよかっただけじゃないか」と東城に不満を覚えている方です。代表的なの
はこれですが、他にもあちこちで(電子メールでのやりとりの中も含め)類似の
主張が見られます。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/03/100.htmlあ、私、基本的に東城さんが好きではないのです。相手に好きだとはっきり 意思表示して、その上で嫉妬もするし不満もぶつける西野やさつきのような女の 子の方が好き。見ていてすっきりします。西野は一度判れて[ママ]以降はどっ ちつかずで来たけど、「これで嫉妬する理由だけはできたもんね」と言うのは、 正々堂々としている。
東城さんの「言えないところ」は逆に可愛くもあるわけですが、やっぱり私 的には西野やさつきがいいなあ。
そしてこの「好きな相手に好きな子が別にいても気にせず堂々と好意を伝え
るべきだ」というみなみさんのポリシーは、ただ単に「それに反する東城に対し
その消極的さに不満を覚える」というだけのことに留まらず、従わなければ
ならないルールであって、それに反した東城は「間違ったこと・悪いこと」
を犯したのだから、その代償として「大っぴらに・客観的に」非難されるべき、
ということだったのでしょう(詳しくは後述)。
つまり、バレンタインの件で死ぬほど突っ込んだ
とまで言う
ほどにみなみさんが東城に厳しく当たる理由は、
笑顔
とその言い方
にはその罪を無意識のうちに感じ取っていたことが滲み出ているということで、それでみなみさんは「そんな重大な罪を、 罰を受けもせずにチャラにしようとしているのか!?そんなふざけた真似許され ないよ!」と腹を立てていたのでしょう。
さて。その「好きな相手に好きな子が別にいても気にせず堂々と好意を伝え るべきだ」というポリシーですが、これは「個人的な好み」に過ぎません。東城 がそれに反していたからと言って、それは別に「大っぴらに・客観的に」非難さ れる「べき」ことではないんじゃないでしょうか?みなみさん個人がそういうポ リシーに沿っている西野や北大路の方が好きで、一方そのポリシーに反する東城 が好きになれない、ということそれ自体は別に何も問題ないと思います。それを 理由に東城に不満を述べるのも当然のことであって、それらに文句を付けようと は思いません。個人的好みの持ち方なんて人それぞれでそこに理由なんか別に必 要ないですし、個人的好みを表明するのは誰だって自由です。しかし、そこで東 城(のふるまい)を「自分が(個人的に)」嫌いなんだ、と書くのではなく、
「西野さんと別れたって聞いたからって笑顔すか?なんかその言い方どうなの よ?」と、突っ込める(すいません、突っ込みました。死ぬほど突っ込んだ)みたいに「客観的に咎められるべき落度」という論調で非難するのは、「個人的 好みの表明」の範疇を逸脱しています。東城が「好きな相手に交際相手がいたの で自分の好意は秘めていた」というのは単に「そういう選択をする人だっていて もいい、それもまたひとつの選択」というだけで、別に落度があったわけではあ りません。みなみさんに
ツッコミどころ
や微
妙なコト
とされていることのうち、他の部分はともかく、
1年のバレンタイン時に「西野さんと別れたからいいと思って」というような 理屈で友達チョコをあげるのも、「西野さんと別れたって聞いたからって笑顔 すか?なんかその言い方どうなのよ?」と、突っ込める(すいません、突っ込 みました。死ぬほど突っ込んだ)
の部分は単なる「個人的好みの押しつけ」に過 ぎず、不当な言いがかりです。
この「好きな相手に好きな子が別にいても気にせず堂々と好意を伝えなけれ ばならない」という要求は、「いよいよ決着が着く、最後の場面に臨む上で は」そうなっていないといけない、という主張ならば理解できます。私個 人はその主張には同調しませんが(理由は後述)、東城が嫌いな人の立場からす れば、「そうでなきゃ東城には西野や北大路を差し置いて真中と結ばれる資格は ないだろう!」と思うのはもっともでしょうし、その考え方には一定の正当性が あります。けれど、そういう最終段階に至る前の東城についてなら、 繰り返しになりますが「そういう選択をする人だっていてもいい、それもまたひ とつの選択」というだけの話でしかありません。(実際、「好きな相手に好きな 子が別にいても気にせず堂々と好意を伝えなければならない」を絶対のポリシー として常時要求する、という主義だと、恋愛を題材にしているかなり のフィクションがダメということになってしまうのでは?と思います。もし、ど こかに「恋愛を題材にしているフィクション全般にまるっきり興味がない」とい うタイプの人がいて、その人がそういう主義を持ち、その結果そういうフィクショ ン(の登場人物)の大半に失格の烙印を押すのならそれはそれで筋が通っている し、それはまあご自由に、とは思います。しかし、恋愛を題材にしているフィク ションというジャンルそのものに別に抵抗感はなくて、その多くを楽しんでいる ような人が言うんであれば不当な要求です)
前段落の「私個人は同調しない」の理由を説明しておきます。このマンガの 主人公はあくまで真中であって東城ではありません。そして、 真中はいちばん最初の懸 垂を除けば、作中ずっと女の子の側から好意を伝えられるばかりで、自分から相 手を選ぶ、ということをしてきませんでした。特に本命だった東城にはずっと好 意を伝えることを避け続けていたわけですから、最後の最後に東城を選ぶときく らいは、勇気を奮い起こして真中の側から好意を伝えるべきです。 これは少年誌に連載されているマンガの主人公である以上ほとんど絶対 条件で、その前では「好きな相手に好きな子が別にいても気にせず堂々 と好意を伝えなければならない」などというちっぽけな話に配慮されるべき余地 はありません。もしこれが、東城が主人公の少女マンガだったら、東城が殻を破 ることを不可欠の主題とせよ、という要求も正当なものになりうるでしょうが、 残念ながらそうではないわけです。東城が自分から意思表示しないままただ選ば れ、報われるだけで終わることが好みではない、という人の気持ちはわかります が、このマンガでは仮にそういう展開で終わっていたとしても、その不満に対し ては「やむを得ないことなので諦めてくれ」としか言いようがありません。
みなみさんにとって「好きな相手に好きな子が別にいても気にせずはっきり 好意を示すべきだ」というポリシーが単なる個人的好みに留まらず、「無条件で 正当性が保証される絶対的正義」になっている、ということと深く関連している のが、高1の2学期の「彼女がいる人好きになっちゃやっぱりダメなのかな…」と いう東城のセリフです。これはみなみさんにとってはものすごく重要な意味を持っ ていて、やはり繰り返し触れています。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/04/100_0dd0.html人の気持ちはいいでも悪いでも道義的(彼女がいるのにとかそういう話)でもな んでもないから、(後略)
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/05/100_163a.htmlそもそもが彼女は己に対する縛りが大きい人ですよね。「彼女がいる相手に告白 してはいけない」
さらに、ここは重要なポイントですので、みなみさんが電子メールで書かれ ていたことも、同じような内容で関連する部分に絞って引用します。
いや、東城はものすごく歯がゆいですよね。別に告白して奪い取ろうとかゆー んじゃないんだから、真中を好きなくらいいいわけじゃないですか。だという のに彼女は友達の真紀ちゃんに「彼女がいる人好きになっちゃ駄目なのかな」 などという。そこまで気にしなくてもいいじゃんふつー!とびっくりしてしま います。
東城は真面目な子だし、略奪愛とかとんでもないと思うんですよ、彼女のスタ ンスの中では。それこそ一年の秋に真中と西野が付き合っていた時に「恋人が 居る人を好きになってはいけないのか」とかそこから悩むような子だったわけ で(取っちゃ駄目、というレベルでなく、恋人がいる人を好きになることすら いけないという話)
私からするとこの「彼女がいる人好きになっちゃやっぱりダメなのかな…」 というセリフは、全編に渡って描かれている東城の内気さ・奥手さの多々 ある描写のうちの、何ら特別性のない一片に過ぎず、特筆に値す る重要性は全く感じられない要素ですが、みなみさんに とってはそうではないんですね。
何の変哲もないこのセリフをみなみさんが事あるごとに取り上げるのは、こ れがみなみさんにとって極めて重大なものだからで、なぜそんなにも重大なのか と言ったら、それは次の2つが揃っているからです。
スタンス
の中の恋人がいる人を好
きになることすらいけない
という縛り
は、「好きな
相手に好きな子が別にいても気にせず堂々と好意を伝えなければいけない」
という絶対的正義の最も核心的な部分に真っ向から背く、最大級の裏切り
であるこの2つのどちらが欠けても、「彼女がいる人好きになっちゃやっぱりダメ なのかな…」はそんなにも繰り返し取り上げるような題材ではありません。ひと たび東城の欠点を論ずる段になったらこのセリフが一、二を争う優先順位で槍玉 に挙がるのは、それが東城の規範意識・道義心から来ている――すなわち東城の 人格の最も根源的な部分に根ざすものであって、従って東城の罪深さの最も象徴 的なあかしとしてみなみさんの心に深く刻み込まれていたからです。
さて、この「彼女がいる人好きになっちゃやっぱりダメなのかな…」という
セリフですが、果たしてみなみさんの解釈は正しいのでしょうか。みなみさんの
己に対する縛り
や道義的(彼女がいるのにとか
そういう話)
という表現からは、「このセリフは東城の倫理観の現れであり、
したがってこのセリフは東城という人格そのものの原罪とも言うべき罪深さを最
も明瞭にあかしだてている」という認識が読み取れます。上述の解題でもそれを
前提として論じました。しかし、以下の通りそれは不適切な解釈だと
私は思います。
このセリフが出た場面「だけ」でなく、その少し前に遡って合宿の回から読 めば、ここまでの経緯はこうです。
この流れに沿って読めば、「もう真中くんのこと意識するのはやめよう」と 思ったのは、「浜辺で経験したように、真中のことを想っていると、真中の心が 西野の方を向いていることを突きつけられて辛くなってしまう。これからもそん な辛い思いを味わう場面に繰り返し出くわすような目には遭いたくない」と思っ たからです。そこで真中に優しく励まされて真中への想いが溢れてしまって出て きたセリフが「彼女がいる人好きになっちゃやっぱりダメなのかな…」ですから、 自然に読めば、このセリフは反語であって、「彼女いる人好きになったら辛くて たまらなくなっちゃうのは避けられないから好きになるべきではない、なんて一 度は考えたけど、そんなことなかったんじゃないかな…」ということであって、 「彼女がいる人に好意を抱くのは道義的・倫理的に正しくない」という悩み ではなかったはずです。
1. について補足します。真中が黙り込んだとき、東城が西野のことを話題に した理由を東城は「なんとなく、西野のことを思い出さなきゃいけない気がした から」という感じで説明していました。これを、「真中には西野という彼女がい るのだから、2人の間に自分が割り込んではいけない」という東城の倫理観が現 れたものだ、と思う人もいるでしょう。また、「あの場面で、真中は実際には西 野のことを考えていたわけではなかったよ?」と指摘する方もいるかもしれませ ん。しかし、東城自身はあの時「真中は西野のことを考えている」と思っていま す(それは、後の方の回で、彼女いる人好きになっても気にすることないんじゃ ない?と真紀が問い掛けたとき、東城が「でも ちょっと前にふたりきりになっ たときその人 遠い目してて…多分彼女のこと考えてて……その彼女の人ね 別の 高校に行ったからなんとなく――」と答えていることからわかります)。ですか ら、西野のことを話題にしたとき、東城の目的は「真中に西野のことを思い出さ せること」ではありません(思い出させるまでもなく今現在西野のこ とを考えている真っ最中(と東城は思っている))。そうではなくて、「真中の 頭にあるのは西野であって自分ではない」という現実を突きつけられて痛い目に 遭ったので、つい西野のことを忘れて真中とふたりきりで嬉しくなってしまって いた自分の甘さを戒めるために西野のことを話題にした。そういうい きさつだったから「西野のことを思い出さなきゃいけない気がした」 と言ったのでしょう。
一応、彼女がいる人を好きになるのは「悪いこと」だ、という意識が東城に あった、ということは、3. の「真中くんは西野さんと 今もつきあってるみたい なのに…なのに… あたし、嫌な人間だね それでも真中くんと一緒にいたい…!」 というセリフからわかります。なぜ「嫌な」人間なのかというと、自分が「彼女 がいる人に横恋慕するような『悪いこと』をしている」からですね。
そしてこのセリフで注意すべき点は、真中と一緒にいたい、という願いが
「それでも」という逆接に続いていることです。つまり、「西野がい
るのに」というのは「悪いこと」ではあっても、それを上回るほど「真
中と一緒にいたい」という気持ちが強い、というのが東城の気持ちで
す(これは、真中に聞かせるためというよりも、自分の気持ちが溢れて口にせず
にはいられなかったのでしょう)。ですから、東城は恋人がいる
人を好きになることすらいけない
という考え方をしていたわけではありませ
ん。
ここまで見てきたように、「彼女がいる人好きになっちゃやっぱりダメなの かな…」というセリフで、東城が何でそれを「ダメ」と思っていたかと言ったら、 そんなことをしたら「自分が」辛い思いを味わう破目に陥ってしまうからそれか ら逃れたい、という「利己的な」理由が主で、「倫理的に」悪いことだから、と いう「殊勝さ」は副次的な理由に過ぎません。
また、先ほどちょっと触れた、後の回での真紀とのやり取りで東城は「てい うかダメだよね 彼女いる人を好きになること自体…」と言っていて、ここは確 かに倫理的観点から「ダメ」と言ってるように見える場面ではあります。ただこ こも、前後の話の流れからすると、詳しい事情を根掘り葉掘り聞かれたくなくて、 話を切り上げる口実として倫理的観点を持ち出しているに過ぎないよ うに見えます。
ここまでの議論でも十分だと思いますが、ついでに元々のみなみさんの話に
改めて触れて締めくくります。みなみさんは東城を「恋人が居る
人を好きになってはいけないのか」とかそこから悩むような子
と捉えました
が、もし東城がそんなことを本気で気にするような子だったら、志望高を変
更して真中と同じ高校に進んだりはしなかったはずです。ですから、
別に告白して奪い取ろうとかゆーんじゃないんだから、真中を好
きなくらいいいわけじゃないですか。
というのは、ここまでも論じてきた通
り、まさしく東城はそういう風に考えていたんだと思います。
東城は「自分の恋心の他人の目から見たオープン度」をどれくらい自覚して いたんだろう、というのは少し不思議な部分です。
西野や北大路にはバレバレで、唯も知っていたはずです。外村もはっきり知っ ていたし、大草や天地は「誰が見ても気づく」と言っていた。実際、高2のバレ ンタインでは「本命チョコ」度丸出しの凝ったチョコレートケーキを人目につく 場で堂々と渡してましたし、しょっちゅう映研に顔出してたり、高3になって私 立文系クラスを選択する所なんかも、他人から見たら意図は丸わかりです(小宮 山は全然わかってなかったみたいですが…(笑))。また、高3の学園祭前にも、 周囲の男子には「東城の相手の男と言ったら、真中か天地しか考えられない」と 目されていました。
一方、それに反する描写もあります。「天地覚醒」の際には泉坂高校の一般 生徒は「天地があっさり東城を射止めた」と見なし、「でも真中のことはどうなっ たんだ?」という声はまったく聞こえて来ません。また、塾でも天地が登場して きたらあっさりと「天地と東城はカップル」という見方をされていますから、 「東城がほんとに好きなのは真中」ということを知る人はほとんどいなかったよ うです。向井と浦沢が、東城の言い訳を追及もせずに受け入れてたのも、その見 方を支持する材料ですね。
という訳で、このマンガの中で、東城の恋心が他人の目から見てどう映って いたのか、というのはよくわかりません。少なくとも本人は「真中にはまだはっ きりとは意思表示していない」というつもりでいたようです。あれだけ互いにモー ションかけあってて、そんな訳あるかい、と思うんですけどね(笑)。天地に 「君は真中淳平が好きだ」と言われたときの咄嗟の態度も、「他人にはあまり気 づかれてないはずだ」と信じ込んでいた節がうかがえます。
性格から言えば、東城は真中への恋心を他人に知られることはすごく恥ずか しくて抵抗があったことは間違いないでしょう。実際、唯に家庭教師をしていた ときや、屋上で2人きりの所を美鈴と端本に見つかったとき、そして上述の天地 とのやりとりではそれを隠したがる素振りを見せます。また、遥には多少心を許 してましたが、正太郎には当初シラを切ろうとしていました。そして、向井と浦 沢とのやりとりでは、向井への気遣いが最大の理由とは言え、自分の真中への想 いは必死でごまかしています。
ところが、にもかかわらず、高3の合宿の終盤、疑似告白の前日では、美鈴 には事実上「真中が好きだ」ということをあっさり認めちゃうんですよね。他に 聞いてる人は誰もいなくて2人きり、ということも大きかったのでしょうが、こ のときだけは、そのことが「当たり前の前提」という共通認識の上で会話が交わ されています。何でこのとき(や、バレンタインデーのとき)だけはこんなに物 分かりがよいのか、ちょっと謎です。
この「東城の真中への恋愛感情」というのはこのマンガの中である意味最も重 要な要素ですから、これらの部分はいつもと違って「単なる行き当たりばったり・ その場の都合だけということはないだろう」と思うのですが…。この辺りどうなっ ているのか、作者にちょっと聞いてみたいですね。
西野ほどではないにしろ、東城も また「何考えてるんだかよく解らない」部分のある子として演出されていました。 その一部は別項(その1・ その2)や 別ページで書きましたが、それが 最も強く現れたのはやはり高2合宿での山小屋の場面でしょう。いやこのとき、 一体彼女は何を考えていたのか謎なんですよ。
ブラを外して半裸にまでなってしまうというのは、もちろん「真中に対して 絶対の信頼を抱いている」というマンガ上の演出です。ところがです ね。この人は、高1の終盤、真中には2人っきりの部室で唐突に抱きしめら れるという経験を2度もしている(単行本6〜7巻)んですね(笑)。 つまり「真中というのは2人っきりだと何をするかわからない、危険な 男だ!」ということはしっかり学習済みなはずなのです、東 城さんは(笑)。この件に関しては、絶対の信頼なんか、おけるわけないんです よ、真中には!
にもかかわらず、東城はあんな格好をしました。ということはつまり、東城 はあのとき、「場合によっては一線を越えてしまってもいい」と覚悟 していたとしか考えようがありません!(笑)……………なんですが、それは東 城の性格から言って到底ありえない話であることもまた確かです。そ う考えると、このときの東城が何を考えていたのかは完全に謎で、まともに受け 取るなら「ちょっと電波じみた、ワケのわからない考え方をする子」と言わなけ ればならないでしょう(笑)。
というわけで、このシーンは印象深いことは確かで、卒業式のときも真中の 思い出のひとつとして甦ってくるほどのインパクトを残した出来事だったのは間 違いないですが、一方、お色気インパクト最優先(笑)のため、ヒロインが 人格を奪われ、犠牲にされている代表的な場面でもありますね( ※注)。
余談ながら、このマンガではほぼ全ヒロインが満遍なくそういうメに遭って いて(笑)、西野はあの中学の保健室で夜中 にコトに及ぼうとする所がそうですし(かつて全然うまく行かなかった元カレ相 手に、正式に付き合いを再開したわけでもないのになしくずしに肉体関係結ぼう とするなんてそんなバカな(笑)。アナタ何でそんなにカラダを安売りするのよ(笑)) 、唯は真中と同じ湯舟に、上半身マッパで入っちゃう所がそうです(さすが に下は脱いでなかったんだろうにしても、あれはないだろう、あれは!(笑))。 あとまあ、北大路や向井は、何かもうしょっちゅうそんな場面の繰り返し、とい う感じのキャラですね(ヒドい(笑))。
というわけで、やっぱりこのマンガはヒロインが人格を奪われてパンツ 展示用のマネキン人形扱いされているという面が確実にある、 どこから見ても立派なパンツマンガであるこ とは間違いありません(笑)。
※
二年の山小屋話とか(ブラジャーまで外すあたりなあ)、…(中
略)…そういうのはむかつきます。中でも山小屋が一番キライです。あれがある
ので、どうしても東城さんは好きになれませんでした。
という評がある
のですが、ここはホントに「お色気最優先」で辻褄の合わないことを東城は「さ
せられて」いる(マネキン人形のように)だけなので、それが東城の本性である
かのように言い募るのは不本意だなあ、と思う部分です。まあ、後になって
「どうせ東城なんでしょ」とさんざん言ってましたので、すいま
せん。「どうせ東城」という先入観があったからこそ、私は彼女を好意的に見る
ことが出来なかった側面が大ですので、申し訳ない。
とフォローは入っ
ているのですが。これを書いてるのは女の人なので、どうしても「女としてのイ
ヤな所」(に見えてしまう部分)に過敏に反応してしまうのかもしれませんけれ
どね。