元々読んだことはなかったのですが、このコーナーを作り始めた頃、あちこ ち見回ってみたところ何かと比較されることの多いマンガだったので、自分の目 で内容を確かめるために、機会があったら抑えておこう…とはずっと思っていま した。古本屋で全巻見かける機会があったらその時買おうかと思っていたのです が、全巻揃っている場面に行き当たる機会がなかなかなく、結局数年後に一気に (やむなく)新刊で買い揃えました。
全体的な感想としては、(当然ながら)似ているところもあり、そうでない 所もあり…という感じでしたね。「どちらが上か?」と聞かれたら、まあ終盤に あんなひどい破綻をしていない I''s の方が出来は当然上でしょうか…(笑)。 話作りの腕前の方も、さすがに河下先生に比べればずっとまともでしたしね。た だ個人的関心の深さとしては逆になってしまうわけですが。
もっと色々細かい点を比較しようと思えばできますが、そこには余り興味が ないので割愛します。それよりも、私の関心を引いたのは次の点でした。当初伊 織の対抗馬役として出ていたいつきですが、彼女は一度アメリカに戻った後は、 一度も日本に帰国せずに最後まで話が進むんですね。実体としての再登場が一切 なく、回想やビデオなどの映像としてしか出てこない。ここは結構潔い思い切り 方だと感心しました。これは、「一貴の『相手』になりうる可能性を、作者が意 図的に注意深く排除している」ようにも見えるので、いつきこそが作者にとって 大切にしたいと思っている、思い入れのあるキャラのようにも見えますね。泉が 使い勝手のいいひっかき回し役として割と安直に作者に「再利用」される気の毒 なキャラであることと比べてみると、いつきは「この娘を『読者をやきもきさせ るためのダシ』として使うのはやめよう」という作者なりの誠意・潔さが込めら れたキャラなのではないかと感じられます。この感じは、いつきが一貴にはっき り好意を抱いていながらも、一貴の想いを尊重してむしろ伊織との仲を取り持と うとする所からも補強されます。
このようにいつきは一度身を引いた後は「晩節を汚す」ようなことをせず (させられず)、有終の美を飾ったと言えるのですが、これは西野とは余りに鮮 やかな対比を成しているキャラですね。西野は一度身を引いたにもかかわらず、 再登場してノコノコとしゃしゃり出てきて 『読者をやきもきさせる』ための材料として いいように消費され尽くしたキャラで、泉と同様な(と言うか、それをもっ と極端に誇張したような)非常に残念なキャラとして終わってしまっています。 せっかく西野も高1のクリスマスで有終の美を飾れるところだったのですから、 西野派の方々はいつきの描き方をこそ理想として見習わないといけない んじゃないでしょうか?自分が好きで応援するキャラが、そんな 形でストーリー上の都合に安直に迎合して(させられて)、読者をやきもきさせ るダシとしていいように利用し尽くされる、なんてことは、本来 だったら最も恥としなければいけないことのはずですから。
※ ちなみに、いつきが「個人的に好きなキャラ」かと言うと 別にそういうことはありません。いつきファンの方すみません…。と言って、他 に積極的に好きなキャラがこのマンガにいるかと言ったら特にいないのですが。 一応、消去法的には伊織、ということになるんですかねえ…。ただこの自信のな さにも表れているように、ランキングを決めること自体にほとんど意味がない事 態ではあります。
絵柄は5〜7巻くらいが一番好きですね…(誰も聞いてないよ)。えーと、 登場人物の中でいちばんダメな人はメインヒロインの榀子さんで(笑)、単にこ の作品について語るならその話がメインになりますが、いちごとの比較というこ とになるとその話は特に出番はありません。ここで取り上げるのは別の話題です。
もともと、チラッとしか読んだことのなかったマンガだったのですが、以前、 みなみさんが電子メール でのやり取りの中で、西野というキャラを恋愛マンガ界隈での「希少性」がある よくできたキャラだ、との持ち上げ方をしていたので、「それ程のものか?その センで行ったら確かこっちの方がよっぽどよくできていたような…」と記憶を掘 り起こして確認のために揃えてみた作品です。と言ってもそれ「だけ」で買った わけでもなく、それ以前から多少の興味は持っていたので、買ってみるのにちょ うどいい機会でもあったのですが。
掲載頻度が低く進行が非常に遅い話でしたが、その行く末を見定めるためずっ と買い続けていたところ、しばらく前にやっと完結して最終巻が出たので、「結 局西野と比べてどうだったか」という観点からまとめてみたいと思います。
ハル(野中晴)はリクオ(魚住陸生)のことが好きで、一方リクオは以前か らずっと森ノ目榀子のことが好きで、告白もしているのですが、榀子は亡くなっ た幼なじみのことが忘れられずにリクオとは友達でいたい…と受け流している。 そして、ハルが中退した高校で榀子はハルの担任だった、というのが基本的な人 間関係です。ストーリーの初期、ハルは榀子の帰りを待ち構えて、以下のような 話を持ちかけます。「先生 / あたしと勝負しない?」「先生はリクオのこと何 とも思ってないかも知んないけど / アイツほっといたら一生諦められないかも しんない / 先生が側にいる限りね…」(1巻 p.175, p.185)ハルに好意的な榀 子は「魚住くんとは友達以上進展することは無いよ… だから安心して」(1巻 p.186)とかわすのですが、ハルは榀子がいる限りリクオにとって自分は眼中に なく、今のままではリクオの「妥協」以外に自分の方を振り向いてもらえる見込 みはない、と思って次のように宣言します。「あたしやっぱり先生に宣戦布告す る / 一方的でもコソコソすんのヤだからよろしくね」(1巻 p.195)正々堂々 とした宣戦布告で、気持ちのいい場面です。その後も、「へへへ……言いたい事 全部言ったから / なんかスッキリしちゃった」「あたしが学校中退(やめ)た の先生のせいじゃないからね」と、ハルはあくまで真っ直ぐなキャラで、さらに 読者の好感度は高まります。
みなみさんが西野の魅力としていたのは「主人公と本命ヒロインの関係を知り も(知らされも)しない道化的な役回りでもないし、主人公と本命ヒロインの好 感度を上げるダシとして利用されるだけの安いカタキ役でもない」(典型例はそ れぞれ「オレンジ☆ロード」のひかると「めぞん一刻」の八神)というポイント だったのですが、ハルは非常に高いレベルでこれを達成しているキャラです。
西野派の方は「西野だって泉坂高校を辞退して桜海学園を選ぶことを告げた 時の態度はハルに負けないくらいそのポイントをクリアしているよ!」とお感じ になるかもしれません。また、ハルも、終盤になって何だかんだで榀子が(一応) リクオを受け入れたことを知って諦められずにいたときにこの「宣戦布告」を思 い出して「そうだよ / 終わってる / 終わってるよ / あのとき言った勝負はも うついたんだって / あたしは負けたんだってば / 敗者は黙って去るのみなのに / あたしって超カッコ悪いっ!」(10巻 p.59〜60)とその見苦しさを今さらの ように自覚している通り、結局それほど気高いキャラでもない、という指摘も可 能でしょう。ただ、西野の方は、そうやって正々堂々と挑んだはずの勝負も、余 りちゃんとしたエピソードが割かれず、肝心の真中も暖簾に腕押し状態のまま結 局思うように成果が挙がらず自分から嫌気が差して真中を見限ったわ けですから、ここで言っている「魅力」というのもその時点で途切れてしまっ ていますね。そして結局肝心の場面では「正々堂々」どころかノーブラ騒 動に端を発する呆れるほど強引な成り行きでかっぱらってもらった真中を、都合 よく労せずして献上してもらっているだけの出来レースに乗っているだけですか ら論外です。
ハルは榀子に対する「半周遅れのランナー」だと自覚していますが、そのこ とに悩みながらも、榀子に当たったりリクオを恨んだりせず、多少愚痴を垂れた りする程度で真っ直ぐにリクオのことを想い続けます。
- 「あたしの立場は解ってるよ」「あたしは半周遅れでスタートしたランナー みたいなもんだから…」「最初から負けてるってコト」「だからいいの / リクオが誰を好きでもカンケーないのさっ / あたしはリクオに何も要求し ないよ / そりゃあさ…いつかはあたしのコト スキになって欲しいケドさ / でも今はとりあえず / こーしてるだけでもワリとシアワセだよ / だか らいいの / 諦めるより楽しいもん」(1巻 p.215〜217)
- 「しょうがないか…何も要求しないって言ったもんね……優先権は榀子先 生の方にあるんだし…」(2巻 p.97)
- 「わかってた事なんだけど / リクオにとっての一番はあたしじゃないもん ね」(4巻 p.83)
- 「どーせあたしは彼女じゃないよ / リクオが何しようがとやかく言えた義理じゃ ないけどさ」(4巻 p.194)
- 「あんなヤツ大嫌い!あたしが“2番”に甘んじてると思って / あたしの 気持ちとか全っ然考えてなくて / もしかしてこのまま“2番”で終わるの かもしれないって…いつも思ってる」(4巻 p.213)
- 「あたしは半周遅れでスタートしたランナーで / 最初から負けてるって事」 (6巻 p.84)
- 「私生活にまで足を踏み入れたら本当に拒絶されるかもしれない / だって 最初から負けてるんだもん / 拒絶されたらもう 前に進めない / あたしは それが怖いんだ」(6巻 p.120)
- 「くそー… いつからあたしはこんな小心者の臆病者になったんだ? / 最 初から負けてても宣戦布告したくせに」(6巻 p.140)
- 「あたしは努力しないと会えないじゃん」「重いのは解ってるよ / でも何 もしないでじっと待ってるよりこうしてる方が楽しいんだよ」「だから / リクオは何も深く考えなくていいんだよ / 好きでやってるんだから大目に 見てよ」(7巻 p.75〜76)
- 「あたしも雨宮さんみたくゴリ押しで行くかなあ ちょっと最近弱気になっ てたしな / あたしまでシリアスになったらやってらんないもんな / そう だよ 最初からそういう主義で始まったんじゃん / この状況で遠慮なんか してたら永遠に会えないっつの」(7巻 p.139)
- 「よかったね / ずっと好きだったんだもんね… / 大丈夫だよ あたしは 最初から負けてたんだからさ / こんな事態ももちろん想定内だよ / だか ら大丈夫」(7巻 p.210)
- 「べつに何が変わったわけじゃないあたしの日常 / 友達以上だった人が友 達未満になっただけ / そうだ…それは最初から覚悟してたこと / あたし は何も失くしてない / 今度会ったときには友達らしく / 二人を祝福して あげよう」(8巻 p.41)
みなみさんは西野のことを「真中の本命は東城であると知りながらも、それ を責めたりしないで好意を示すところが健気」と評価していたのですが、それも 別に「例を見ない」とか「画期的」などと評するほどのものではない、というこ とは改めて確認しておきます。また、さらに釘を刺しておきますが、西野につい てそういう点を評価するにしても「最初の別れまで」と「再登場以降」では評価 できる水準が段違いです(もちろん後者の方が下)。後者は 「正式な彼女のはずなのにそんなひどい扱いを受け、自分 から愛想が尽きて見放したにも関わらず、はっきりした理由もないまま再び真中 に謎の絶対的好意を執拗に抱き続ける」という意味不明で支離滅裂な茶番劇 の結果です。それにも関わらず西野を「健気」であるキャラとして成立させ ようとしたら、本来は非常に手間のかかる描写を積み上げる必要があるわけで、 再登場後の西野の健気さというのはそういう困難な作業を手抜きされて結果 だけ出現しているインチキな紛い物です。最初の別れまではともかく、再 登場以降の西野をそのような「本来の困難さをクリアしていないイミテーション の健気さ」にかこつけて誉めそやすというのは単なるおべっかに過ぎず、西野派 の方々はそうやって再登場後の西野にまでへつらう己を恥じなければいけないん ではないでしょうかね。
西野派の方は「それを言ったらハルだって『リクオのことがそんなに好きな はっきりした理由』なんかないのにいつまでもすごくリクオに執着してるじゃな いか、ハルの方が西野より大きく優れているキャラだなんてことはないよ」と主 張されるかもしれません。
実際、ハルがリクオのことを好きな理由がいかに些細で、はっきりした説明 がつかないものか、ということは、作中でハル自身が繰り返し述べています。
- 「何故か…忘れらんない… / きっとあの時 あたしの頭の中の何かのスイッ チが入ったんだと思う / おかしいよね…レンアイなんてただの錯覚なの に… / わかってんのにそれに逆らえないなんて」(1巻 p.72)
- 「恋愛小説とか大嫌いだしバカバカしいとか思ってた / …でも…今はな んか解りたい気分 / 自分でももてあましちゃうよーなこの感情の正体… 自分なりに答え出したいんだ…」(1巻 p.219)
- 「でも…途中でリタイアしちゃったらきっと後悔する / 最後まで“1番”に なれなくても」「リクオは憎らしいし立派なヤツでもないよ / でもなん かの事故で好きになっちゃったからしょうがないの / 行くとこまで行か なきゃ / あたしはまた 嘘つきになっちゃうんだよ」(4巻 p.214)
- 「(雨宮)自虐的な質問だけど / ハルちゃんは魚住さんのどこが好きな の? / ま…そういうのって理屈じゃないと思うけどね…」「……どこか なぁ…? / 全部って言ったらそうだし… / なにも無いって言ったらそう かも… / ただ…最初に会った時 / すごく印象に残って… / リクオが受 験票落として / あたしが拾って…ただそれだけだったんだけど… / もし かして一目惚れってこういうものかなと思ったけど… / 相手を求めて手 に入れたいっていうのとはちょっと違う気がして… / や…もちろん自分 の事好きになって欲しいんだけど… / なんていうか… / 星みたいなもの かも… / 手が届かないんだけどいつもそこにあって輝いてる / 月みたい に明るくないけど… / 静かな光でそこにある事を教えてる /たとえ見え なくなっても / ずっとそこにあって輝いてる / それだけでなんか幸せ… みたいな」(9巻 p.165〜168)
この点については西野とハルの大きな違いが2つあります。まず1つは、 (何度でも繰り返しますが)ハルは西野と違って 「真中の方から告白してきたから付き合った のに、ちっとも自分に興味を持ってくれるように見えず、せっかく話しかけても 上の空ばかり。そればかりか他にもっと好きな娘がいて、正式な彼女である自分 を蔑ろにしてその娘のことばっかり見たり考えたりしている」なんて失礼千万な 酷い扱いを受けて幻滅し、「もうこいつとはやって行けない」と「自分から」見 放したなんて経緯がなく、リクオのことを「ずっと」好きでい「続け」た、 という点です。「人を好きになるのに理由はいらない。事故や錯覚みたいなもの だけど、忘れられない」で正当化できるのはそういう一貫性・整合性がちゃんと ある場合だけですよ。一度関心を失ってしまった再登場後の西野 がいくら「好きになるのに理由はいらない」なんていう口実で体裁を取り繕おう としても、そんな何の根拠もない安易で杜撰な言い逃れは一 切通用しません。
そしてもう1つは、ハルがリクオを想う内面をちゃんと読者に見せ続けてく れたことですね。本副節冒頭部引用した部分に加えて、以下のような部分もあり ます。
- 「ちくしょー / あたしはこんな悲しい抵抗をする女になる予定じゃなかっ たのに…」(3巻 p.197)
- 「この無神経男!まだダメにきまってるじゃん / 追い打ちかけんなよ / ちゃんと祝福してあげようと思ってるんだから そっとしとけバカ!!」 (8巻 p.104)
- 「何も失くしてないなんてウソだ / 今ごろやっとわかったよ… / (もは やリクオはあたしにとって / この世にいない人同然なんだ)」(8巻 p.216)
- 「どうして自分の感情なのに思い通りにならないんでしょう?気がつくと 雨宮さんとリクオを比べていて…そんなのよくないですよね… / どれ一 つとっても雨宮さんの方が勝ってるのに…」「でもあたしは… / その負 けてるリクオの方がまだ好きなんです」(9巻 p.15〜16)
- 「ダメだ / いつまでもこんなんじゃ… / いいかげんしっかりしよう / 前を見ていこう / 今 いるリクオは幽霊みたいなものなんだ」(9巻 p.160)
- 「あたしなら…受け入れてくれるならすぐにでも行くよ / あたしが逃げ たのはどうにもならない現実 / 湊くんの場合キミ次第ってコトじゃん」 「そばに居るだけでいいんだよ / 遠くで何を言っても / きっと聞こえな い / そばに居ればなにも言わなくていいんだよ / だってそうじゃん / そばに居てもいいなんてさ…それだけですごいコトなんだよ」(11巻 p.82, 84)
- 「誰かを愛したい / 誰かに愛されたい / —ただそれだけの事なのに / こんなに難しいなんて / あたしの“幸せ” / それはやっぱり…好きな人 の傍にいる事なんだろう…」(11巻 p.166〜167)
なぜリクオのことが好きなのか、はっきりした理由がなくても、見込みが薄 くても、それでもリクオを一途に想い続けるその内面を、手を抜かずにきちんと 描くことで、「ああ、そんなに恋しく想っているんだなあ、健気だなあ」という 読者に対する説得力が生まれます。一方、西野にはそれがなかった。 「なぜ」好きなのか、だけでなく、「ど のように」好きなのかもまったく不明だった、というのは致命的 です。そうやって何の裏付けもないまま性懲りもなく「いろんなことがあっ たけどずっとずっとキミのことが好き」だの「どうしようもないくらい淳平くん のことが…」だのと口先限りの二束三文の白々しい御託をい けしゃあしゃあと繰り返そうが、そんなものは芸を仕込まれた動物がそ の芸を披露しているのとどこも変わらない。その行動の意味も考 えぬまま、自分以外の誰かの思惑と都合に一から十まで言いなりになって、訓練 通りの振る舞いをしてみせるだけ、という点で、再登場後の西野は動物同然の描 き方をされています。「猿芝居」というのはまさにこのような状況を言い表すた めに用意されたような単語ですね。西野派の方が本当に西野のことを 好きだと言うならば、西野が再登場してからはこんなにも薄らみっとも ない侮辱的な扱いを受けていることに憤慨し、「西野の真中への好意」 なんてものは断固否定する、というのが本当にすべきことで す。………で、再登場後の西野描写がこんな風になってしまったのは、おそらく 終盤突入まで作者は西野と真中をくっつけるなんていう考えがまるでなく、「西 野の真中に対する想いの切実さ」を持たせる必要性をまったく感じてなかったか らなんでしょうね。それで、西野の真中への想い関連についてはかくも全面的に 間に合わせのやっつけ仕事で終わってしまっているんだと思います。
そういったわけで、ハルというキャラは西野に対するアンチテーゼとして高 く評価し、また高評価を保ったまま締めくくりを迎えることを非常に期待しても いたのですが、残念なことに最終巻でかなり評価を落としてしまった所もありま す。
最終的にハルの想いは報われるのですが、その過程の主要部でハル自身の決 断や行動はほとんど寄与することなく、向き合いたくない現実から逃げ出して自 分を無条件に受け入れてくれる幼い頃の思い出の地に逃避して思考の迷宮を堂々 巡りしている間に、都合のいい成り行きが勝手に重なってくれたおかげで棚ぼた 的にリクオが手中に転がり込んでくれた、という部分が多分にあって、そこは西 野と大差ないと言わざるを得ない水準にまで転落してしまったキャラでした。そ れまでの「貯金」で遥かに水を開けていたおかげで、トータルでは西野よりはずっ と上等なキャラで終わったことは間違いないですが、それでもその大差をかなり 食いつぶしてしまったことはもったいなくて残念に思います。
ただ、そうやって株が暴落したラスト付近の展開の中でも、「腐っても鯛」 的に西野に対する優位性が明確に見られる点がひとつあったので、そこは紹介し ておこうと思います。最終巻、ラスト近くで、ハルに好意を寄せる雨宮が東京か ら愛知までハルを追って来て、すれ違いの末に駅でハルに追いつき、掴まえます。 その直前に、彼の幼なじみで彼に好意をはっきりと寄せるみもりからの急を告げ る電話を雨宮は受けており、雨宮がハルに「電車で途中まで一緒に帰って、そこ から一旦自分はみもりの所(長野)へ、ハルは東京へ向かう」という提案をした 場面でハルは次のように告げます。
「行かないで / と言ったらどうしますか? / わたしと一緒に戻るなら みもり さんのところへは行かないでください」「雨宮さん…さっき 言ってくれましたよ ね / 傍にいられるのなら 相手が他の人を好きでも希望を持っていられるって… / それはわたしにも……みもりさんにも言える事だから… / だからわかるんで す / そう思っていても 結局ツライって / それでもやっぱり傍にいたいと思って しまうんです / そういうの思い切るためにここまで来たのに結局 帰ろうとして る / きっともう自分じゃどうしようもないんです / 情けないです / どうにか したいですよ / 雨宮さんについていけば断ち切れるかもしれないけど / でも… このままじゃ自信が無いんです / 雨宮さんに選び続けられる自信が… / 自信を ください そうしたら…わたしも断ち切れると思うんです / 比べられるものじゃ ないっていうのはわかってます / でも わたしの為に選んでください / 雨宮さ んにとって一番大切なのは誰ですか?」(11巻 p.226〜229)
これは、ハルが雨宮に縋っているわけではなく、「雨宮が最終的に選ぶのは みもりの方」ということをハルはほぼ確信しています。実際、雨宮がその決断を 口にしたとき、ハルは穏やかな表情で雨宮の顔をしっかり見つめながら「わたし もそう思います」と答えています。
さて、ハルはこうやってリクオから見てライバルに当たる男に「自分を選ぶ かどうか」の決断をちゃんと迫るというアクションを起こしました。では、西野 はどうだったでしょうか?真中から見てライバルに当たる男と言うと、相当する のは日暮ということになるでしょうが、日暮に対して同様の行動をとったでしょ うか?西野はただ単に「好きな人がいる」と伝えただけでした。日暮が一度は西 野に対して本腰を入れるか、と考える場面があったにも関わらず、それを受ける エピソードというのはまったく描かれずに、ただ単に西野のセリフで事後報告的 に済まされるだけ。西野は日暮周りに関しては、相手にしっかり向き合って何か 決断したり相手の意思を確認したりといった類の事柄には、大して煩わされずに 済んでいます。
これまで、西野というキャラの 物語上の不誠実さについてはさんざん糾弾してきましたが、これもやはりそ の一環になっています。
「ほんとに西野嫌いなんですね…」
「以前も書いた通り、『嫌い』という
のとはちょっと違います(そもそも嫌うに値するほどの内面すら、
西野には備わっていない)。『嫌い』なのではなくて、『西野派が西
野を不当に高く称賛しようとしているのでそれを検証するためにいちごを読み返
すと、改めて西野というキャラの猛烈な『チャチさ・足りてなさ』をまざまざと
感じることになって、怒りが燃え上がることになる』といった感じの話なのです。
その怒りに任せて、何の手加減もなしに西野に対する厳しいことを書き連ねてい
くと、結果としてこういう文章になるわけで、そういう所は『西野派に反論する
という文脈あってのもの』だと思ってください」
※ちなみに、「イエスタデイをうたって」で一番好きなキャラが ハルかと言うと、やはりそういうわけではありません(ハルファンの方すみませ ん…)。どちらかと言うと榀子派かな…と言うか、これは「リクオの想いが最後 には榀子に届く話」だと思って読んでいた(ので榀子はさっさと軟化すればいい のに、と思っていた)、というのが近いですね。なので中盤以降なかなか2人の 仲が進展しなかった(そしてハルも、完全に脱落したかと思われるのになぜか出 番だけはずっと続く)のは不可解だったし、最後の展開にはかなり驚かされまし た。
まず、今頃(2024年11月)になって「きまぐれオレンジ☆ロード」に言及し ようと思った事情から説明していきます。
昨年、思いがけず みなみさ んの主張の解像度が上がった機会に、芋づる式にこの記事がみなみさんの 西野観にとって非常に重要だったことも解ってきました。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2004/07/post_6.htmlひかるちゃんと西野つかさ
いちごの作者の河下先生はきまぐれオレンジロードが好きだったという話を どっかで見たのですが、確かに定番ではありますわな。黒髪ロングの女の子と 白髪(※漫画的)ショートの女の子+主人公の三角関係とゆーのは。そして黒 髪ロングの女の子が普通主人公とくっつくわけですね。まどかさん然り。
いちごも黒髪ロング(東城)と白髪ショート(西野)が登場しますが、最近 ようやく考えたことに、オレンジロードと逆なんですね。オレンジロードでは ひかるちゃんは後輩で、春日くんに憧れているような感じ?で、まどかとひか るは姉妹のような関係で、まどかさんは同級生だけどお姉さん的魅力の人。
いちごはそれに対して、ヒロインの一角西野つかさは主人公にとって憧れの 存在。所謂学校のアイドルだったし。二年生の時の話が顕著で、真中は西野に 手を伸ばしてもらっているフシがある。対して東城は振り返れば隣に寄り添っ ているような。
いちごとオレンジロードのどこが真に逆かというと、ひかるちゃん的ビジュ アルの西野を、アイドルとして憧れの存在に置いていることだと思ったわけで す。まあ今更といえば今更なんですが。ブックオフで最終巻読み返しちゃった もので…
オレンジロードのコミックス版のラストはジャンプ本誌より書き足されてい て、そりゃもうひかるちゃんがこっぴどくフラれる話です。まどかは恭介を好 きだった、それをアバカブのマスターも知っていた…という展開でひかるは 「どーしてみんなあたしに隠し事ばっかりするの!」と言う。もう、泣いてる とか怒ってるとかそういう表情じゃなくて、こんな顔させちゃいかんよ、とい う表情で。3年間もみんなに騙され続けてあたしはピエロだったの?!とひかる は雨の中走って逃げる。恭介に電話しても、恭介の口から出るのはまどかを心 配する言葉。なんかもう、ヒドい話です。わかっていてそれでも秘密でナイショ で三角関係をやっていたのはまどかと恭介二人ともそうですが、一人だけ真実 を知らなかったひかるちゃんがいたわけで、この関係が破綻する時はものすご い負のエネルギーを持ってしまった。
こんなこっぴどいフラれ方をしたひかるちゃんという存在がいた漫画が好き だったという河下先生が自作で出したひかるちゃんと同じ「白髪ショート」キャ ラが西野だっていうとしたら、最終的にいちごにおけるひかるちゃん、西野は どーすんだ?と突然思ってしまった次第です。もしかしていちごはひかるちゃ んリベンジなのか?!とか超うがったことを考えてしまったり。いや、主人公 とくっつくという意味だけでリベンジ、なわけではなくて。
そもそも西野の立ち位置は、ひかるちゃんが「せんぱいっ!」と言っていた のと比べると、真中憧れの女の子、自立して自分の道を行く女の子、ですから ねえ。
(記事の大半を引用してしまい、著作権法的にはややまずいかもしれません が、私の力量不足のため、一部だけ切り出してもここで論じたいことがうまく伝 えられないので、私の責任でこのような形にしておきます。閑話休題)
以前はわかってなかったのですが、このことはみなみさんが西野を評価する 根源的な理由につながっていたのですね。それが出ているのは次の部分です。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/03/100.html西野ですごくいいなあ、と思ったのは、真中と最初に別れるあたりです。そ こ単体じゃなくて、真中は東城が好きだと知っているから、フラれるまえに自 分から振った、というところ。
西野は、イヤなところを見せないという点で徹底していると思うのですよ。 エレベーターの中に閉じ込められた時も「あたしも東城さん好きだし[ママ]」だった。 二年の修学旅行では「でも東城さんは真中君のことが」と言った。西野はもの すごく東城を意識している。でも、好きな相手にイヤなとこ、駄目なとこを見 せない。
この、西野がイヤなとこ、駄目なとこを見せない
という所
が、ひかるが泣いてるとか怒ってるとかそういう表情じゃなくて、
こんな顔させちゃいかんよ、という表情
や3年間もみんなに騙
され続けてあたしはピエロだったの?!とひかるは雨の中走って逃げる。恭介に
電話しても、恭介の口から出るのはまどかを心配する言葉
といった散々な姿
を(読者に)晒してしまった、ということとまったく逆の対比をなしていて、そ
こがみなみさんにとっては「西野は、ひかるのリベンジを果たしてくれるかもし
れない、果たして欲しい」という期待を掛けられる、という点でとてつもなく重
要なポイントだったわけです。(そう判断するに至ったのは、ここだけではなく
電子メールでみなみさんが書かれていた他の部分も大きな材料になっています。
その部分は公開しませんので、公開部分だけお読みになった第三者の方は「そこ
はそんなに直接的には繋がってるわけではないのではないか」と疑問を持たれる
かもしれませんが、「私はそう信ずるに足る理由があると思っている」というこ
とは言明しておきます)
こういう経過でみなみさんの意図が理解できたことが主な理由ですが、もう ひとつ副次的な理由があります。昨年いちごについ て論じているサイトを新たに見つけたのですが、そこの本命はどうやら「オ レンジ☆ロード」で、おそらくそれについて考察する過程でたまたまいちごに気 づき触れる機会があっていちご論をまとめた、という経緯だったのでしょう。そ この議論を深く理解する上では、オレンジ☆ロードについて論じられている別記 事群を理解することが大きく寄与しそうに感じられました。これらふたつの事情 から、私の中で「ちゃんと『オレンジ☆ロード』を読まなければいけない」とい う機運が高まりました。その後もなかなか時間が取れなかったり踏ん切りがつか なかったりしてだいぶ間が空いてしまったのですが、この度ようやく読み上がっ て、ついに「きまぐれオレンジ☆ロード」の内容を踏まえて「いちご」について 論じることが可能になった…という次第です。
この文脈で最初に取り上げるべきことは、「ひかるが相当にかわいそう」と いうことです。恭介は始めからずっと一貫してまどかが本命で、「真っ直ぐに自 分を慕うひかるを拒絶するのも忍びない」という理由(恐らく)でひかるの「勘 違い」に都合よく乗ってひかるからの好意を享受し続けています(にもかかわら ず、ひかるの気持ちが自分から離れたと誤解したときは、それを惜しんで取り戻 そうとする所は非常に身勝手ですが)。しかも、「まどかも自分に気がある」と いうことを、恭介のただの願望ではなく、まどかと共通の了解にした上で ひかるを騙し続けるのですからタチが悪い。
今言ったように、まどかもこれに関しては共犯です。ひかるを応援すると口 では言いながら(そしてそれは本心の一端ではあるんだろうけれども、その一方 で)恭介が自分の前でひかると仲睦まじくする場面に行き合うと恭介に伝わるよ うに拗ねて見せ、後で恭介がフォローすると機嫌を直す(しかもそこで「恭介が フォローするのも当然」とばかりの態度でそれを受け入れる)のですから、それ は「恭介の本命が自分であることは知っているし、自分も恭介が好きだ」という ことを自覚しており、そればかりか「自分がそう自覚していることを恭介も 知っている」ということすら解っているわけです。それが一度や二度では なく何度も繰り返されるのですから、まどかはそういう前提を恭介と共有した上 でひかるを陥れ続けてるんですよね(まどかも罪悪感がなかったわけではなくて、 自覚があったからこそ最終話の1回前で強烈な自己嫌悪に陥っているわけですが)。
恭介が更に悪質なのは、「共犯者」であるまどかをも時として罪悪感なく騙 しているところで、瞬間移動を駆使してまどかとひかるの両方に気づかれないよ うに(と言うのはかなり無理がありますが)デートを同時進行させていたのはひ どい行いですね。「バレなきゃいいや」で済ませていたわけで、そこは弁護の余 地がありません。これは当然ながら真中には不可能だった行いで、この点は真中 より悪質だったと言えるでしょう。(まどかの方は、もしかしたら(薄々は)気 づいた上で気づかないフリをしていただけ、と補って読む余地はあるかもしれま せんが、そうだとしても恭介の方はそのことを気付いていなかったので、「恭介 が自覚的にまどかを裏切りそ知らぬ素振りを貫いていた」ことは変わらない)
ついでに言えば、「共犯」に関しては読者の大半も共犯に加担していたとも 言えます。読者人気はまどかが圧倒的だったそうですから(まあそうなるのはわ かる)、恭介とまどかのズルさを明確に指摘して非難していた少数のひかる派精 鋭読者(いたのかどうかは知らないが、たぶんいたことはいたのだろう)を除け ば、ひかるが蚊帳の外に置かれて馬鹿を見続ける展開を、自分にとって都合がい いもんだから(むしろ積極的に)支持・受容し続けていたわけですから。
最終話、ひかるは恭介を一発引っぱたいた上でまどかも含めて許しますが、 これだけで引き下がれる「物分かりのよさ」は、「既定路線」である恭介-まど かカップルの成立で「きれいに」幕を下ろす、という「話の都合」優先のために ひかるの本心が安易に殺され、身を引くことを「強制」されて、単なる「駒」と して操られていただけ、という印象が個人的には割と強く、そこもまたひかるの 気の毒さをいや増しているように感じられます。
こういったひかるのかわいそうさを考えると、その反動でひかるが最終話の ひとつ前の回でことのほか悲惨な目に遭ってしまったことも手伝って、みなみさ んのようにひかるのリベンジを果たす可能性を(初期の)西野に期待する気持ち が生じることはまあわからなくはありません。たぶんみなみさんは「オレンジ☆ ロード」が終了した時にひかるに深く同情して、ひかるのリベンジを誰かに託し たくなる望みを潜在的に抱いてらしたんでしょう。それが、いちごを読んでいた 途中に、この 2004年の時点でちょうど(初期の)西野に当てはまることにふと 気づいて、明確な形をとっ(てしまっ)た、ということなんだと思います。
そして、ここからが本題になりますが、ここで最も重要な論点は、たとえ 「いちご」を読む際にそのように「かつて不遇に終わったキャラ」の復仇を願う 気持ちを西野に託し、その分西野に肩入れする気持ちを上乗せして読んだんだと しても(そういう読み方を認めるにしても)、その話は一度西野が真中を拒絶した時点で決着が つい(てしまっ)ている、ということです(前段落で西野に言及する とき「初期の」と限定していたのは、当然ながらこれが理由です)。なるほど高 校進学前の西野は、ひかるとは対照的に、「真中が好きなのは東城であって自分 ではない」ということをちゃんと知った上で、一切取り乱さず「あたし知ってる もん」と自分から切り出し、真中を責めたり恨み言を言ったりもせず、「それで も自分は真中のことを好きだから、いずれ自分を選んで欲しい」ということをまっ すぐ伝える、と、あらゆる点でひかるを上回る(恵まれた描写を与えられた)キャ ラでした。それを見て、「かつてひかるは悲惨な結末を迎えた、では今度の西野 は?ひかるとは別の未来を目にできる可能性が開けているのでは?」と期待を掛 けるのは、みなみさんに限った話ではなくまあありかもしれません。(「そこま での真中の不誠実さを一旦脇に置けば」の話ですが。ここに関してはまた後で論じます)
そういう読み方をする人の興味の焦点は「そうやって西野が独自の闘いを挑 むことによって、真中の関心をどれだけ東城から奪えるか、その具体的なアプロー チはどのようになされるのか、そして真中の心を翻して名実共に本当の彼女の座 に就くことができるかどうか」であるはずで、取るべき態度は「その帰趨をきち んと見届けること」でなければなりません。そして、その顛末はどうなったでしょ うか?順を追って振り返っていきます。
まず始めに、実際は、中学を卒 業した西野は、真中へのアプローチは活発でなく、限られた機会の中でさえその 熱意はあまり高くはありませんでした。詳しく見ていきましょう。
そもそも、西野が桜海学園に進学したのって、かなり大胆な賭けです。元々、 交際開始の初日に「勢いに押されてOK出したってカンジ」で、真中のことを実は よく知らないから、お互いのことをよく知り合うために同じ高校に進学しよう、 と提案していました。けれども、真中の本命が東城であることを知り、「東城さ んと同じことやっててもあたし勝てないなーって思ったから」、互いのことをよ く知り合う、という狙いを放棄してでも真中の気を引くために真中とは別の高校 に進学したわけです。それは「真中のことをよく知らないままになるし、真 中にも自分をよく知ってもらえない」ということと引き換えなので、そう いう決断をしたからには、「その賭けが裏目に出たら全然振り向いてもらえなく て交際が終了してしまう」ということは覚悟の上だった、ということです。そし て、まさしくその懸念通りの方向に事が進んでいったわけで、んなもん「成 就して欲しい」という願いを掛ける価値なんかもともと乏しかった、というただ それだけのことでしかなかったわけじゃないですか。
こういった経緯の後、いよいよ39話で西野と真中の仲は破局に至る わけです。結局、その間西野からは東城との差を本気で覆そうという程の熱意に 満ちたアプローチは一貫してなく、真中の方も「会うたび 西野のかわいいとこ ろ発見できるよなあ…」と思ったはいいがそれが何の具体的リアクションに結び つくこともないままでした。
ここで西野は「ねえ あたしたち/つきあってるんだよね…?」と切り出し、 身体を投げ打って「淳平くんがしてみたいこと/なんでもしていいから…」と無 防備さをアピールして誘惑します。このような最終手段に踏み切った ということは、西野は懸案だった「真中を、自分たちの仲にどれだけ真剣に向か い合う気にできたか」の進展が思わしくないことを自覚・懸念し、今日この 場で結論を出すつもりで真中に決断を迫ったということです。西野が確か めたかったのは、果たして、「それでも自分は真中のことを好きだから、いずれ 自分を選んで欲しい」という自分の挑戦はちょっとでも実を結んだのか、という ことで、真中に「東城がいても自分を少しでも欲する・惜しむ気持ちが芽生えて いるのか、あるならそれを一切誤魔化さずにはっきり見せろ。私は結論が欲しい」 と迫ったのです。
その結果、真中はそこまでされても東城や北大路の顔が脳裏にチラついて西
野にコミットすることができず、「待ってくれ」とこれまでと同様安直に先送り
しようとします。西野は結局真中の心を掴み切れなかったのです。そ
の結果、西野は真中を見限りました。これまで何度も繰り返してきた通り、「真中の方から告白してきたから付き合った
のに、自分よりも好きな女がいる」なんていう失礼かつガックリな酷い扱いを受
けた結果、幻滅してもうこいつとはやって行けない、と自分から見放したの
です。「真中の方から告白してきた
から付き合ったのに、ちっとも自分に興味を持ってくれるように見えず、それば
かりか他にもっと好きな娘がいて、正式な彼女である自分を蔑ろにしてその娘の
ことばっかり見たり考えたりしている」なんて失礼千万な酷い扱いを受けて幻滅
し、「もうこいつとはやって行けない」と「自分から」見放したわけです。
真中を値踏みしていた西野が「この
男は本当に自分のことを好きで、本気で自分と交際するつもりがあるのか?
」を確かめようとして、「私のこと本当に好きなの? 好き
ならセックスして」という確認のための誘惑
に打って出て、真中がその試験
に落第したというだけの話です。重要なのは、「西野は挑戦が失敗に終わっ
たことを悟り、真中に嫌気が差して別れを告げた」ということです。
ここでの西野が、「口では別れを告げたように見えるが、本当はまだ真中の ことが好きだっただけだ」と見ようとするのは、この場面で描かれた西野の姿か ら余りに目を逸らしすぎです。この時の西野のセリフや様子はこうですよ。
これら一連のセリフをふっ切れた清々しい表情で淡々と告げ、最後に1ペー ジ丸ごと費やした大ゴマで「だから今度こそ/サヨナラ…」ととびっきりの笑顔 で締めくくったのです。この一連の描写が「真中への好意を整理した上での真中 との本心からの訣別の決意とその表明」でなくて一体何だと 言うのですか?しかもこれ、「あたしのこと好きならセックスして」という 「高1女子の最後の切り札」を切るという決断を行って、それが不発 だった上のことですらあるんですよ?そんだけ重大な決断を経て放たれたからに は、この「真中への試し」は西野にとってこれまでとは段違いの重みを持つはず ですよね。だから、真中の答に対する西野の応答は最終宣告と解釈しなければな りません。つまり西野が言ってるのは「これまで同様の棚上げには応じない、も う疎かな答は許されない。真中とはこれまでだ」ということなのです(いや、本 当の「高1女子の最後の切り札」は「あなたの子よ。責任取って」であって、 「好きならセックスして」くらいはまだ序の口、と言われればそれはそうかもし れないですが、まあそこは本題じゃなくて、ここでの「あたしのこと好きならセッ クスして」は「もう決着を着けるから最終結論を出してくれ」と同義 ですよね)。
これがもし「淳平くんはあたしのこと真剣に好きなの!?」とか何とか言い ながら真中を引っ叩いて「さよなら!もう顔も見たくない!」とでも叫んで逃げ 出したりしてたんなら、「西野は本当はまだ真中のことが好きで、未練が残って いた」と思う余地もあるでしょう。そりゃ当然です。それだったら、起こってい たのは「『真中に好かれたい』という思いが頂点に達したのに思い通りになって くれなかった苛立ちから、カッとなってつい口が滑った」というありふれた事象 (東城の「真中くんサイテー!!」「真中くんにあたしの気持ちなんてわかるわ けない!!」や、北大路の「真中なんか大っ嫌い」なんかも当然これ)だってこ とになりますから。
だけど実際の西野のセリフや態度は、上に引用した通りの落ち着き払ったも のです。これって「結論を出した人の話し方」でしょう?やり切れな い思いがあったにせよそれは顔を伏せた「もう待てないよ」のセリフの時点まで で整理をつけて、そこから後は「わかった。淳平くんは私のこと選んでくれない んだ。じゃあ私も彼女の座を下りるよ。もう淳平くんのことは追わない。今まで ありがとう」というメッセージを、何の未練も残さずふっ切れた気持ちで伝えて いるわけです。「正式な彼女」の座から下りたということは、もう心の整理をつ けて「挑戦」を締めくくることにした、ということ以外の何物でもありません。 にもかかわらず 後日、ほとんど何の理由もなくガラッと気持 ちが変わって真中のことがあんなにも好きになって猛烈アピールするような支離 滅裂な真似をするから、お話として完全に破綻してしまっているのです。
さらに、みなみさんのフラれるまえに自分から振った
とい
う言い分をより詳しく見てみましょう。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/03/100.html西野は一度判れて[ママ]以降はどっちつかずで来たけど
(中略)真中は東城が好きだと知っているから、フラれるまえに自分から振った
(中略)西野は、イヤなところを見せないという点で徹底していると思うのですよ。 (中略)でも、好きな相手にイヤなとこ、駄目なとこを見せない。その点、やっ ぱ西野はプライドを保つタイプだって言うか、ある意味踏み込めないところが あるのかもなーと思う。それもまた、西野の弱さだと思うのですよ。
(中略)「あたしは一度淳平くんにフラれたんだもん」と言っているからには、最初 の別れは、西野が振ったカタチでも西野はフラれたつもりなわけですよね。真 中が結論を出す前に、自分から離れる。逆に真中に「あたしより東城さんの方 が好きなんでしょ?」ともはっきりと詰め寄らない。(中略)逆にそういうこ とは出来ないんだと思う。
(中略)潔くさっぱり別れた…というカタチだけど、逆に言うと西野は、破綻する前 にキレイにたたむ道を選んだとも言える。みっともないと思われそうなことは しない人だけど、逆にそれが出来ないのかもしれない、と思う。実は、破綻し ないように、自分が傷つかないようにやってるところもどこかあるんじゃない かな。それも弱いところだと思うんですよ。
(中略)東城の思いを知って落ち込む西野。ああ、切ない。 この恐怖に西野は一度真中と別れたんだもんね。自分から。
(当初、私はこれを「西野が別れを告げたときの言動とロクに向かい合わず に、身勝手な願望に沿った役割を一方的に押しつけている」と解釈した文章を書 いていたのですが、色々考えていくうちに「そうではなくて、西野の言動そのも のはしっかり見て、その上で『見た目と異なる内情が繰り広げられている』とい うことを主張している」という考えに至りましたので、以下のように解釈と議論 を改めます)
これは、別れを告げたときの西野の言動の解釈としては「西野は本当はまだ
真中のことが好きなのだが、プライドを保つタイプ
だから、
好きな相手にイヤなとこ、駄目なとこを見せない
ようにして
いて、「あたしより東城さんの方が好きなんでしょ?」ともはっ
きりと詰め寄らない。
イヤなところを見せないという点で徹
底している
から踏み込めないところがある
し、そういうことは出来ないんだと思う。
そういう風に、西野がみっともないと思われそうなことはしない人
であることは「
それが出来ないのかもしれない
」という意味では弱いところ
ではあるが、同時にひかるとは違う格の高さの源である。そして西野は『こ
のまま交際を継続していても状況が好転する見込みは乏しく、早晩真中の方から
別れを告げられることになる』と思ったので自分が傷つかないよ
うに
真中が結論を出す前に、自分から離れ
て、破綻する前にキレイにたたむ道を選んだ
から、ああいうセリフと
態度になったのだ」ということですね。つまりみなみさんの言いたいことは「西
野は本当の意味で真中を振ったわけではないのだから、西野にはまだ真中に求愛
する動機も権利もある」ということになります。
その解釈は成り立ちません。そもそも、上述の通り、この時点ではもと もと西野・真中共に相手へのアプローチは熱心ではなかったのですから、 西野が真中のことをそこまでしようと思いつめるほど好きだったはずは ありません。加えて、後 日バレンタインデーの後で真中と再会した時だって、「あたしがあげたってこと も気付かなかったら気付かないままでいいやって思ってた」「やっぱり、次恋愛 するならその人と距離取っちゃダメかもな———」「……まあそーゆーわけでお 返しなんていらな…」という調子で、「『次の恋愛』を念頭に置いて、今さ ら真中と縁を深めたいと思ってるわけではない」という状態だったことは明白で す。
「いやそんなことはない。振ったときの西野は、表面上はそこまで真中のこ とを好きではない『かのように見えている』が、実際には好きで好きでたまらな かったのだ」という主張も成立しません。上で詳しく述べた通り、この別れの時 点までに、西野が真中に真剣に惹かれるような出来事は(後付けされた、連載開 始前の時点で実は真中のことを知っていた、という話を考慮に入れても)なかっ たですし、ハルみたいに、なぜその男のことが好きなの か、はっきりした理由がなくても、見込みが薄くても、それでも一途に想い続け るその内面を、手を抜かずにきっちり読者に見せるなんてこともしてこなかっ たのですから。「実際に見えていたのとは全然違う内心だった」なんて説が成立 する余地はありません。(今「この別れの時点までに」と限定した書き方をしま したが、その後まで含めたところでそんな ものはごく僅かしかなかったことは言うまでもありません。)
自分にできる最大の誘惑を放ったのに、それでも自分に手を出さな いなんて、それは真中に自分と真剣に付き合う気(覚悟)がまったくな い、ということです。そんな奴を繋ぎ止めておきたいという思いがど こから出ると言うんですか?西野は、自分にはまともに向き合う価値がない、 と言われたのと同じなんですよ?
そして根本的なこととして、やっぱり
というのが真中が結論を出す前に、自分か
ら離れ
て、破綻する前にキレイにたたむ道を選
ぶために
フラれるまえに自分から振った
という場面だというのは甚だ
違和感があります。最初の反応が「もう待てない」?「何かを待つの 苦手みた
い」なんてセリフが出てきて、2. 3. みたいな話を丁寧に聞かせようとする?4.
みたいに安堵感が出るもん?6. みたいに特別感の高い演出になる?本心をカム
フラージュして「自分から振った」という体裁を作りたいんなら、その結論だけ
あればいいんで、話は手短になって、終わり方ももっとあっさりするんじゃない?
あと別の観点として、それは「真中に対して」本心を隠した、という話ですが、
そのことを「読者に対して」隠す必要なんかどこにもないですから、もしそうい
う話だったんだとしたら、「読者には」そういう風に素直に伝わる描き方をした
んじゃないでしょうか?でも実際の描き方は、読者として素直に読めば「真中へ
の好意にケリをつけた上での真中との本心からの訣別の決意
とその表明」でしかないものだったわけです。河下先生は、「お話を」組み立て
る能力はお世辞にも高いとは言えませんが、一方そういう「西野の切ない(…と
いうことにしておきます)心のうちを描く」みたいなことの腕前にかけては
非常に確かな人なんですから、西野が「本心を真中に隠していた」んだと
すれば、それが読者にちゃんと伝わるように描くのは間違いないと思うのですが
(もし、西野がまだ真中のことを好きだったのだとしたら、「読者には」その本
心がちゃんと伝わるように描いたはずだ、ということも含めて)。
さらにどの道、再登場以降基本的な人間関係に変わりはありませんから、西 野が真中に求愛する動機はまったく破綻しています。(え、何なのそれ、今さら 再度真中と付き合いたいなんて思うなら、別れたりせずにずっと交際を続け ていればよかっただけじゃん。何で別れようと思ったわけそれ?「だって 付き合ったままじゃ傷ついちゃうから」??何それ、再度付き合ったって、「傷 ついちゃう」根本的な事情は何ひとつ変わってないよね???一体、別れたこと に何の意味があったんですかそれって????そして一体全体何で再度付き合っ てくれなどと頼んだりするんですか??????)
付け加えると、なぜ「真中から振られることを避ける」ことを「彼女の立場
を下りる」ことよりも優先しないといけないのかもわからない。「傷つかない
ために」という理由が挙がってますが、いくら目の
前の鋭い痛みを避けることができたからと言って、肝心要の「真中からの好意」
の獲得の見込みがなくなってしまうのではまったく無意味で、本末転倒でしかな
いのでは???「本当はまだ真中が好きだから(好いて欲しいから)、自分が傷
つかないように、真中からの好意の見込みを放棄します」って全然話が繋がって
なくて、私には理解不能です(さらに、「そして本当はまだ真中が好きだから、
自分から見込みを放棄した好意がすごく欲しいです」と続く所が輪を掛けておか
しい…って所は前段落でも触れた話ですが)。
本来、この時の西野は、真中にもっと文句を言ってこき下ろしていて当 然な立場です。真中の方から「好きだ」と告白してきたくせにロクに 付き合いもしてないうちにもう他の女が本命になり、自分の話はしょっちゅう上 の空で他の女のことばかり考えており、「また デートしようねぇーっ!西野つ かさ!西野つかさに一票よろしく〜」と健気にアピールしたにも関わらず卒業式 以降丸々1学期の間(4ヶ月)完全に無視され、せっかく会いに行ってもまたし ても話を聞かず上の空、「高校でやりたいこと」については完全に蚊帳の外に置 かれた上、「これが最後」という覚悟で身体を投げ打ち「淳平くんがしてみたい こと/何でもしていいから…」と持ちかけてすら自分とまともに向かい合おうと してくれない、というぞんざい極まりない扱いだったわけですから。それ なのに西野が真中に穏やかに別れ話をし、真中のことをほとんど責めることもな く、とびっきりの笑顔さえ浮かべて「だから今度こそ/サヨナラ…」と締めくくっ ただけで済ませているのは、西野がありえないほど心が綺麗ないい子で、 聖人のごとき忍耐力と包容力と優しさを発揮していたというだけのこと です。そこを「西野は本当はまだ真中のことが好きだった(から真中 にそういう態度を取ることができた)」なんて話をすり替えたりするなんざ、 自分勝手にも程がありますよ。
こういった考察を踏まえると、カムフラージュとしてフラれる
まえに自分から振った
だけだから「西野にはまだ真中に求愛する動機も権利
もある」んだ、という主張は理屈としてまったくなりたっていません。「『ひか
るのリベンジを果たして欲しい』という願望が勝ちすぎていたため、『西野が
話を元に戻します。この時点では「真中が西野より東城の方が好きだった」 のはもちろん、西野だって真中のことはそこまで真剣に好きだったわけでは ないし、西野は互いに相手のことをよく知らないままになることを 「それでもいいや、そのせいでうまく行かなかったらその時はその時だ」と 割り切ってしまえる向かい合い方だったわけです。そして、高1の1学期 終業式の日に一度は別れを告げようとしたことがあったんですから、この時の別 れもその延長線上にあったと考えるのが自然です。また、西野が真中を「試して」 いたのも、誕生日の時に一度あったことでした。「西野が真中に試しを与え、真 中を見放して別れを告げる」という経緯は、ちゃんとその兆しが事前にあって、 そうなるのも当然だ、という事情が複数描かれていて、実際まさしくそのように なった、というものなのですから、「読者の目に映る、描かれていた通りのこと が起きていた」と読むべきでしょう。「表向き描かれていたこととはまったく異 なる、裏の事情があった」というのは、こじつけと言っていい強引な見方である 上、上で論じた通り大きな矛盾があります。ですから、二人の破局については 「それが実を結ばなかったのもまあ無理はないし、むしろ自然だよね」とゴ ネずに受け入れるのが筋ってものじゃないですかね。
で、そうやって西野が真中を拒絶するという結論を下したのですから、 「西野が始めた挑戦」の物語はこれで結論が出て、終結したのです。「い ずれ自分を選んで欲しい」の「いずれ」は、もともと無限にダラダラ続くような 性格のものではなく(「それまでは全員からの好意を知りつつ、ノーリスク のまま二股以上かけててもいいよ、今は遊びのままフラフラしててもいいよ、私 は都合のいい女になってせっせと尽くすよ」と言ってるに等しいんだから)、 ここでその期限を迎えて役目を終えました。「西野の挑戦」に強い興味を抱いて その行く末を注視していたような読者であれば、西野のその判断を尊重して、 挑戦が終わったことを素直に受け入れるべきです。
何がこの恐怖に西野は一度真中と別れたんだもんね。自分から。
ですか。別れの時の西野に恐怖
なんかがあったもんです
か。互いに大して真剣な思いを抱いてなかった男女がいて、女が男を見限っただ
けですよ。何がああ、切ない。
ですか。これこそがまさしく
真中と別れた事情の核心だったというのに、自分から舞い戻っ
てきた挙句にそんなものに今さらショックを受けるなんていう意味不明極まりな
いことやらかしてるだけじゃないですか。以前書いた通り、自分だけを見て欲しい、と願うなら、真中は一番避け
なきゃいけない相手であるのは自明です。よりにもよって一番想いを寄せる
のに不向きな相手に、何の必然性もないまま「わざわざ自分から勝手に」
想いを寄せているだけですから、苦しいのは自業自得なだけ。再登場後は、
西野を本当に苦しめてるのは東城でも真中でもなく西野自身
なのに、思い通りにならなくて苦しくて辛いだなんて、そんなもんただのアホで
すよ。こんな下らない茶番のどこが切ない
もんですか。
「西野が真中の関心をどれだけ東城から奪えるか、その具体的なアプローチ はどのようになされるのか、そして真中の心を翻して名実共に本当の彼女の座に 就くことができるかどうか」が興味の焦点だったような読者なら、ここの西野を ありのままつぶさに見つめて、「宙ぶらりんの状態に終止符を打って、今日 ここでけりをつけよう」と賭けに出た踏ん切りや、賭けの結果を受け入れる内心 の葛藤の辛さも表に出さず真中と別れる決意を固め、決して真中を責めたりもせ ずに破れた想いを真中を送り出す笑顔に昇華した気高さ・尊さなんかをしっかり 受け止め、最大限の共感といたわりで西野をねぎらってやるべきです。こ こで西野が真中のことをほとんど責めたりしないのは、それこそがもと もと評価されていた、「真中にイヤな顔をしない」西野の魅力の真骨頂 というものでしょう。そうやってまぶしいくらいの輝きを放っていた 西野本来の魅力が、「そんなことより」とばかりににべもなく無視されて、「あ なた真中のこと本当の意味で振ったわけじゃないよね、だからまだ真中に求愛す る動機も権利もあるよね、これからも今まで同様真中を落とせるようしつこくが んばってね、ヨロシク」と既に破産した役割をいつまでも押しつけられるなんて、 どんだけ西野は蔑ろにされなくちゃいけないんですか。
そういうわけで。
西野が「真中の気持ちが自分ではなく東城にある」ことを察しながら、真中 を責めたり恨み言を言ったりせず、ひかるのようなみっともない顔・姿を晒すこ とのないまま、「それでも自分は真中のことを好きだから、いずれ自分を選んで 欲しい」とまっすぐ伝える、ということの価値は、西野が真中を拒絶した時 点でもう途絶えています。「真中の方から告白してきたから付き 合ったのに、ちっとも自分に興味を持ってくれるように見えず、そればかりか他 にもっと好きな娘がいて、正式な彼女である自分を蔑ろにしてその娘のことばっ かり見たり考えたりしている」なんて失礼千万な酷い扱いを受けて幻滅し、「も うこいつとはやって行けない」と「自分から」見放したのですから。そんな ことは、「それでも真中が好き」ということに説得力があってこそ意味があるこ とで、西野再登場以降は、そのように感情移入するために必要となる「西野 が、そんなにも真中を好きだ」という前提にまったく説得力がありませ ん。
いや、読者としての立場で「西野が中3の時に『真中が好きなのは東城であっ て自分ではない』ということをちゃんと知った上で、一切取り乱さず『あたし知っ てるもん』と自分から切り出し、真中を責めたり恨み言を言ったりもせず、『そ れでも自分は真中のことを好きだから、いずれ自分を選んで欲しい』ということ をまっすぐ伝えた——という西野のキャラがカッコ良くて好きだったから、そう いう西野の活躍を西野が真中を振った後でももっと見たいんだ」というんなら、 それ自体は別に構いませんよ。ただそれはもはや相手が真中である必然性が まったくない。「もっと見たいけど、相手が真中なのはもう結構」 と思うべきでしょう。西野本人が真中の余りにひどい扱いに 愛想を尽かし、真中を見放した、という経緯を考えれば。
再登場以降の西野は何の脈絡もなく顔 を出しては余りに無理のありすぎる支離滅裂な言動を繰り返していただけでした (修学旅行の時が典型的)。「あれだけひどい扱いを受けて自分から真 中を見放したのに、なぜ、そんなにも真中が好きになったのか」のきちん とした理由がないままただ「真中が好き」と胸をキュンキュンさせてるだけなん ていう手抜きの描写で済ませてたんだから、そりゃー「それでも自分は真中のこ とを好きだから、いずれ自分を選んで欲しい」とまっすぐ伝えるキャラとして描 くのなんて楽ちんですよ。かつての言動との矛盾や内心の葛藤とどう折り合いを つけたか、というようなことを完全にすっぽかして、キャラの背景というものを 空っぽのまま進めればいいんですから。本来描かなければいけなかった「あ れだけひどい扱いを受けて自分から真中を見放したのに、なぜ、そんなにも真中 が好きになったのか」の大前提がちゃんと描かれた上で、説得力のある形 で「それでも自分は真中のことを好きだから、いずれ自分を選んで欲しい」とまっ すぐ伝える描写がもしされていたら、それはまあ評価してもいいかもしれない (と言っても上でも書いた通り、「いずれ」=「二股OK、都合のいい女になって せっせと尽くすよ」だから、長く続ければ続ける程その醜悪な側面が放つ腐臭が 耐えがたくなってくる(北大路 だって本当はそう)ため、どの道賞味期限切れにしかならなかったはず)。でも そういうキャラを描こうとしたら、本来は恐らく相当難しい。そういうハードル を越えることをサボって、キャラとして成立する根幹を喪失したまま安直に描か れた「それでも自分は真中のことを好きだから、いずれ自分を選んで欲しい」は、 別に評価すべき事柄には数えられません。ただひたすら「まったく意味不明 なキャラ」でしかありませんでした。
※ 高校進学前の西野が「真中 が好きなのは東城であって自分ではない」ということをちゃんと知った上で「そ れでも自分は真中のことを好きだから、いずれ自分を選んで欲しい」と交際を継 続する、というやり方は、「何で始めに自分に好きだ、付き合ってくれなどと言っ たのか」と真中に聞かないのはなぜか、というのがよくわかりませんが。まさか 「勘違いだった」などとは思わないだろうから、「付き合い始めた後に東城に気 持ちが移った、と思っていた」と考えるのが自然ですが、それだったら真中 は「ただ単にひどい奴」なだけだから、西野が真中への好意を持続させる理由が 全然わかりません。(まあ、「西野にとっては『何で真中は始めに自分に 好きだ、付き合ってくれと言ったのか』という『真中の側の事情』はそれほど重 要ではなく、どうやって真中に振り向いてもらえるか、という『自分にとっての 課題』の方が重要だった」と解釈すればいいんですかね?)
あと私の感じ方を述べれば、「あたし知ってるもん」の所の西野は河下先生 の単なる「苦し紛れ」に感じられてしまって、西野が何か上等な価値を発揮した 場面、とは正直思えません。本来、西野が真中のことを見放さなきゃおかしい場 面なのに、話の都合として西野が真中のことを好きでいてくれなきゃ困る 、というただそれだけの理由で、辻褄合わせのセリフが継ぎはぎされてい る(と言うか、そもそも辻褄合わせにすらなっていない)だけ、というのが、私 の率直な感覚です。これは別に「結末が気に食わなかったからそう感じるように なった」ということではなくて、当初からずっとそうでした…と言うか、元々は このときの西野には「これと言って特に何も感じてなかった」という方が正確で、 その「何も感じなかった」事情を言語化すると、上のようになる、といった所で すね。真中の態度はずっとぞんざいだった上に、別に西野の側がずっと恋い焦が れていた、という話があったわけでもないので、説得力がほとんどない。
一例として、付き合い始めた頃の真中の態度を挙げれば、彼は事あるごとに 西野の考えを疑ってその内面を不当に卑しく推し量っていた一方、ルッ クスに釣られつつエロ妄想しかしてませんでした。「誰もいない公園に二人っき り!!!/そういうつもり?/そういうつもり?/そういうつもりなのかいつか さちゃん!!!!」「もっ/もしかして試されてる!?」「そうだよ/次の俺の 行動もしくは会話で俺の本性を探る気なんだ」「ちくしょーっ モテる女は余裕 あるぜ! 俺なんていっぱいいっぱいだっつーのに」「高校生活で作る思い出…/ それって一体何なんですか つかさちゅわん……♥」「俺には将来映画を作りたい 夢があるって話したら/西野はどんな反応を示すんだろうか?」「どうせ笑うん だろうな この手の女の子は/しかも男なら誰でも自分の思い通りになるくらい に考えてるんだよ きっと」「もっと弾んだ会話しないとつまらない奴って思わ れる 絶対!」「もしかして西野はそれを見透かしてメールを理由に去ってっ た!?」「もしかして 西野はあのオトコと誰にも知られてはいけない秘密の恋 愛をしていて/俺はただカモフラージュに利用されてるだけだったりして…」 「本当は誰とつきあってもよかったんだ/俺みたいなヤツとだったら誰だって /女の子に質問すらできない鈍感で小心者の俺みたいな男なら……」「本当のこ と話したら 俺西野に殺されるかもーっ」「だからさっき東城のこと殴ろうとし たんだろ?」「俺 今度生まれ変わるときはストローになりたい…♥」「あ 明日 までって/じゃあ今晩俺達ふたりきり〜〜〜〜!!??」「上目づかいで髪いじっ て唇なめた〜〜!?/てことはやっぱり俺誘われてる!!!!」「いくか?いっ ていいのか!?どーする俺!!」「けど いくってどこまで…/どこまで…!?」 「ええい!!男なら欲望全開でいってしまえ〜〜ー〜〜っ!!!」「今はたまた ま邪魔が入ったけど…夜は まだまだこれからさ!!/あっちだってそのつもり なんだ…決めた!決めたぞ俺は…」「絶対今日西野とキスする!!そんでもって 今日を俺のファーストキス記念日にするんだあああ!!!」「…なんか制服姿に エプロンって 妙にやらしくないか?/い いかん 変な気持ちになってきた」 「どうしよう/後ろから抱きついちゃっても平気かな」「ああっ 大好きだよ つ かさちゅわ〜ん」「台所の隣が風呂場かぁーー… かすかに聞こえるシャワーの 音…♥/今頃は生まれたままの姿で…えへへ」「ま…まさかま さかまさかまさか!!/俺も一緒に風呂に入れとおっしゃるのでは——」「すっ すげえ!!/なっ何だこれ こんなの西野はいてんのー!!??」「けどものす ごく面積狭いパンツだぞこれ!/あ!!そっかTバックだTバック!!西野ってこー いう趣味なんだ…♥」「カラオケ→個室→照明かなり薄暗い→しかもふたりきり →???/………まさか 俺誘われてる!?」…ってな具合で。1話で、東城の 陰口を叩く男子に「人間はなあ 中身なんだよ中身!!」と啖呵を切った 「中身重視」のはずの男がこれですからね。西野はどれだけ真中に低 く見られていたって言うんでしょうか。こういった真中の考えのうち、西野が実 際に知ることとなったのは「俺西野に怒られる」「東城のことを殴ろうとしてい たと思っていた」くらいのものです。残りのすべてを西野に知られることなく、 こんなにも西野の内面を軽んじていた真中が、それらをいつの間にか 不問にされたまま、ただ西野と結ばれることを望むというのは、西野に 肩入れしている立場の人だったらおかしな話 だと思います。「オレン ジ☆ロード」のひかるも、恭介の本心では余りに軽く扱われていましたが、 ひかるが受けていた扱いとひかるが辿った成り行きに憤っていた人は、 恭介にその不誠実さを清算することないまま安易に「やっぱりひかるちゃんにす るよ」と心変わりして欲しかったわけじゃないでしょう? 望んでいた のはひかるの作中での扱いそのものの改善・改変だったはずです。それと同じで、 西野に肩入れして読む人なら、「西野が真中に選ばれる」ことそのものの価値は そんなには高くは感じず、むしろ「真中の内心のあんな無礼な考えを西野が知る ことなく、真中が都合よく許されてしまうなんて成り行きは私たちの望んでるこ とじゃない」と忌避感を抱くべきだと思うのですが。
以上3段落で述べてきたことからも、西野が「真中が好きなのは東城であって 自分ではない」ということをちゃんと知った上で「それでも自分は真中のことを 好きだから、いずれ自分を選んで欲しい」と交際を継続するということを西野の 「美点」として評価する考え方は、私は支持する気になれません。それは、 「美点」として受け入れるには、その価値が予め相当に損なわれてしまっていま す。
※ ここはもっと細分して議論してもいいです。西野が中 3の時に「真中が好きなのは東城であって自分ではない」ということをちゃんと 知った上で、一切取り乱さず「あたし知ってるもん」と自分から切り出し、真中 を責めたり恨み言を言ったりもせず、「それでも自分は真中のことを好きだから、 いずれ自分を選んで欲しい」ということをまっすぐ伝えた——という所がすごく スマートで新規性が感じられた、だからいかに真中が西野のことをぞんざいに扱っ ていようとも、そういう「西野本人の言動」が自分に与えた感銘はそれとは関係 ない真実であり、ゆえにその感銘から生まれた「西野がすごく好きになり、西野 のことを応援したくなった気持ち」は純粋でちゃんとした価値のあることなんだ、 ということなら、そのこと自体にケチをつけるつもりはないです(単に「『私に は』作者の苦し紛れに感じられるので、『私にとっての』価値は感じない」とい うことと、あと、「その価値というのはあくまでそのように感じた人の個人的な ものであって、したがってその価値を根拠にして西野というキャラに『他人が承 認すべき』価値を認めるよう主張することはできない」というだけ)。そういう 個人的な感じ方と気持ちは尊重します。けれどそうであるなら、その価値は「西 野が真中に選んでもらおう『と励ん』で、そのことを全う(しようと)する ことを通じて自らが示した価値を証だててみせること」にあるわけで、 「『結果として』真中に受け入れられるかどうか」は二の次になるんじゃないで すかね。それは「過程が重要」な類のことであって「結果が伴うかどう か」はそんなに重要ではないでしょう。特に真中から西野へ の扱いがずっと一貫してひどかったことを踏まえればなおさら(私は 以前書いた通り「極楽大作 戦!!」ではおキヌちゃんは自分の思い(と存在意義)を「きちんと全う」(こ こが大事)してくれさえすればそれでほとんど十分で、「結果として」横島と結 ばれるかどうかは、それに比べれば優先度は低いことなんです)。西野だって、 彼女が「イヤな顔を見せずに」振る舞う姿が素敵だから高く評価するしもっと見 たい、ということに限定するなら、そこ単体には最初の別れまでは取り立てて文 句はない(それを「他人が当然同調するべき価値」ということを前提にされなけ れば)ですが、それがさらに「西野が真中と結ばれるべきだ」という強い動機に なるのは筋が通らないと思います(「弱い」動機になりうることには 異論はない。けれど、「強い」動機になるのはやはりおかしくて、「西野が真中 と結ばれる」かどうかは「興味を持って見守る」止まりで、「 結果にはこ だわらず起こったことをどうであれ受け入れる 」とい うのが取るべき態度というものでしょう)。
改めて、みなみさんの言う西野の価値(美点)について検討してみます。そ れは次の2点でした。
これらが、どの程度考慮に値するか見ていくことにしましょう。
まず、「道化でもカタキでもないタイプのキャラが従来いなかった」という 主張は不適切だと思います。例えば、以前論じた通り 「イエスタデイをうたって」のハルはずばりそんなキャラ(しかも、西野よ りはるかに上等)ですし、「I''s」のいつきも十分そ の条件に当てはまります。また、「ななか6/17」の雨宮は、当初はただの 「安いカタキ役」として登場しましたが、すぐにより複雑なキャラへとシフトし、 道化でもカタキでもない重要なポジションに就いており、そういう点では西野よ りさらに「希少性」の高いキャラと言えるでしょう。あと、ちゃんと見たことな いんで断定できませんが(そしてマンガではなくアニメなのですが)、「マクロ ス」もたぶん「道化でもカタキでもないライバルヒロイン」が出て、そちらが選 ばれた作品じゃないでしょうか。(それと、エロマンガでは実は結構見かけるタ イプだったりしませんかね。一般論として、エロだと読者に主人公を通じてセッ クスを擬似体験させることが至上命題なので、登場するヒロインたちは必然的に セックスを積極的に提供しようとします。もちろんその結果道化役や安いカタキ 役は安易にかつ大量に発生しますが、一方真逆に「道化でもカタキでもない」ヒ ロインもまた構造的に生まれやすくなっているはずです)
ただ、「従来いなかった」と言うほどの絶対的な唯一性はないにしろ、いち ご当時だと「(非エロでは)かなり少なかった」タイプとは言えると思います (「いなかっぺ大将」の花ちゃん・キクちゃんや「ホールインワン」の姿・波多 野なんかの関係は、一応形の上では「道化でもカタキでもないタイプ」に当ては まりますが、かなり「人格の存在しない、作者の操り人形」的側面が強く、ここ での議論からは除いて考えるべきでしょう)。「いちご」以降の作品だと、そう いうタイプも割と見かけるようになっていくのですが、西野はマンガ史の中で、 そういうタイプのヒロインが広まっていく過程の初期の「目印」的なキャラの一 人に位置づけられる、とは言えるかもしれません。(本題からは外れますが、そ の変化は、恋愛系コンピューターゲームの隆盛が影響したものでしょう。ゲーム ではプレイヤーがヒロインを能動的に選択できるようにするため、複数ヒロイン にいずれも「選びたくなる気が起こるような、内実を伴った魅力」を与えるよう に作りますから、必然的に道化・カタキタイプのヒロインはいなくなります。そ の影響を受けて、マンガでも複数のヒロインがそれぞれ内実を伴った魅力を備え る作品が広まっていったと考えられます)
「ただの道化でもなければ安いカタキでもない西野の希少性」「ひかるとは 対極的に、真中の気持ちが自分ではなく東城にあることを察しながらそれを面と 向かって責めたりせずそれでも真中が好きだと伝える余裕と健気さ」というのは、 「西野が好き、という人たちの間でだけしか通用しない価値」であって、「一般 的な価値」とは言えないんじゃないでしょうか。希少性を言うんであれば、以前 書いたように、 東城のように「人一倍引っ込み思案が強いけど真面目で優しくて、一途な娘」が、 強力に焚きつけるお節介友人キャラもなくメインヒロインを張る、というのはか なり珍しいですし、私はそういうメインヒロインの最後をハッピーエンドで飾っ てやれる貴重なチャンスを潰してしまったことは何てもったいない、と思ってい ます。また、私は「あんなにも真中を切実に想う事情がある東城が報われて 欲しい、その奥手さ・真面目さ・臆病さゆえに積極的に行動できない気弱さも庇 護欲と同情心から愛おしくてたまらない」と思っています。が、そういったこと は東城派の間でのみ意味を持つ事柄であって、みなみさんや他の西野派からすれ ば「知ったことか、そんなもん。何でそんなもんを評価して東城に気を使わなきゃ いけないんだよ」としか思わないどうでもいい話でしょう。そして、私は別にそ れを不満に思ったりはしませんし、共感されないことは当たり前だと 思っています。そんなことは、東城が好きな読者以外にとっては、何の関係もな い無価値なことですから。
それとまったく同じで、西野が「ただの道化でもなければ安いカタキでもな い」とか「イヤなとこ、駄目なとこを見せない」ということは、西野派の方々が いかに気に入っていて評価しようが、そんなことは東城派が(少なくとも、私が) 気にかけなくちゃいけない義理も理由もないです。身内で「そこがいいんだよ ねー!」と言い合ってキャアキャア盛り上がる分にはまあ別にどうぞご勝手に、 と思いますが、そんなもんは「錦の御旗」でも何でもなくて、一歩西野派の外に 出れば、何の関係もない無価値なことに過ぎず、ましてや西野が東城 (を始めとする他のキャラ)よりも「優れている」理由に数える余地などまった くないのです。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2004/07/post_6.htmlそもそも西野の立ち位置は、ひかるちゃんが「せんぱいっ!」と言っていた のと比べると、真中憧れの女の子、自立して自分の道を行く女の子、ですから ねえ。
そこに価値を見出すならば、真中が恭介同様ほとんど 「獲得」のためのアクションを取らず、西野が真中に「勝手に」落とされている (自分から「落とされに行く」。それも、再登場後は特に執拗に。そういう所は ひかると50歩100歩)のを評価するのはダメなのでは?西野の方が真中を欲する、 のではなく、真中の方が西野を欲する、という力関係に持ち込んでこそ価値があ ることのはずなのに、いつまでも「真中の気持ちが自分ではなく東城にあること を察しながらそれを面と向かって責めたりせず、それでも真中が好きだからいつ か自分を選んで欲しいと伝える」と下手に出続けるというのはそれと真っ向から 反しているように思います。
以下で論じる通り、西野が「ひかるのようなみっともない姿をさせられるこ とがない」というのは、終盤の西野には実際には当てはまらず、それを「西野の 価値」として評価することはできなくなっています。ですから、終盤では「そう いう西野の価値を失わせるべきではない」という主張は的外れになっています。
東城の擬似告白を見てしまった西野は、それが演技の形を借りて真中への本 心からの好意を告げたものだと気付いてしまいます。その時の西野は、それだけ で真中に言われていた「中学の時とは全然違う気持ちだから!」「西野のためな ら何でもできる」というセリフを信じることができなくなってしまい、真中の心 が東城に移ってしまう(or しまった)んじゃないかという恐れに堪えられなく なってしまいます。東城は、別に西野と真中が交際を再開したのを知った上であ あいう「演技」をしていたわけでもないというのに。この時の西野の、瞳から光 が消え失せた虚ろな表情や、ディスプレイの電源を落としたときの焦り・不安に 満ちた表情、全身から無力感を発して俯く姿を見てください。これらはまさしく 「ひかるのみっともない顔・姿」に通じるものです。そして西野が採った行動は 「ずっとずっと大好きだから…!!」と東城の擬似告白をコピーして ひたすら真中に縋りつくことです。これらは、以前書いた通り自分を自分として認めて好きになってもらうのでは なく、「形を真似ることによって、せめて東城に少しでも近づこう、東城の 力を借り『東城もどき』でしかない存在に堕してでも、真中に振り向いてもらお う」という卑屈なあがき、あるいは「そんな卑屈な真似をしてでも真 中に縋ろうとする無力でいじらしいあたし」を演出して同情を買おうという泣き 落としです。
続いて、嵐泉祭の時の西野を見ていきましょう。東城姉弟と行き合った後、 西野は映画を観てもらいたい真中に対して気が進まず時間稼ぎをします。そして、 輪投げの出店でクマのぬいぐるみ(「簡単には手に入らないもの」として、西野 は「真中の心」に見立てている)が手に入らず「…一番欲しい物って/なんで簡 単に手に入らないようにできてるんだろうね」と言った後、表情を曇らせ 「………あたし帰る」と告げそのまま帰ろうとします。ここからのセリフは、真 中への不信感しか感じられません。顔を背けながら「どうしてあの映画観せたいっ て思えるの?」「あの映画の東城さん 本当に淳平くんのこと好きみたいだった」 「さっき東城さんと会った時も/あたしの手パッて放した…」そしていよいよ顔 を見せて「じゃあどうして/東城さんが文化祭に誘ったのが弟さんってわかって/ 淳平くんホッとしてたの…」です。この時の表情と来たら!まず第一の感情は不 安です。それに加えて、「真中への他責の気持ちが強く湧き上がってきて、そん な思いをぶつけちゃだめだと懸命に抑えようとするんだけど、隠し切れずに出て しまう」という複雑な感情も渦巻いています。これらがぐちゃまぜになっている、 ということを一発で読者に読み取らせる何とも言えない表情が見事に描き出され ており、ここは河下先生の卓越した画力が存分に発揮されている場面ですね。そ してこれはやはりひかると同様に無様な表情を晒してしまった場面で す。
これらふたつの段落で述べたことで重要な点は、西野はもはや全然イヤなとこ、駄目なとこを見せない
みっともない
と思われそうなことはしない
キャラではなくなってしまった、という
ことです。
こういった「準備期間中に東城の擬似告白をたまたま観ちゃっただけで『東 城もどき』になってしまう所」や「学園祭当日、東城と行き合ったほんのちょっ との間の出来事があっただけでもう映画を観ることもできないくらい最初から諦 めちゃう所」は、すべて「真中の誠意が信じられず、東城のせいにしてうじ うじぐじぐじ逃げ回っている行動」です。真中本人は誓いの言葉通り、 (珍しく)ちゃんと誠実にふるまっているのに。これらの西野の行動は「泣き落としで憐憫を催させ、 同情と義務感で真中の意思・行動を縛ろうとする」ものなのですが、そういうや り方で真中を「手に入れた」としても、それは本当に真中の心を手に入れたのと は違うわけですよね。そんなことをしても、(西野が想定しているところの) 「真中が本当に好きなのは東城」であることが変わるわけではないのですから 。
そこでの西野の態度は「あたしはこんなに淳平くんのことが好きなのに、ど うして振り向いてくれないの!?」というものですが、それは単なる「愛の 押しつけ」に過ぎません。そんなことで今更不平を言うくらいなら、もっ と前の段階でさっさと真中を見切ればよかっただけの話です。真中が「振り向い てくれない」のなんて最初からわかってたことだったんだから。そのことを承知 でいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも付きまとっていただけ でしょ?ここで西野が取るべきだった態度は、「やっぱりあの誓いの言葉、ウソ だったんだね」で真中を見限ることですよ。
そして、真中の受験当日の、真中家の前での東城との遭遇です。この時、西 野は東城を「こいつは『敵』だ」というきつい表情で見つめています (163話扉見開き)。もはや、中3のとき「あたしも東城さん好きだもん」と言っ ていた余裕はどこにもありません。さらにその前後、東城が声を掛けた時はまた 虚ろな表情(162話最終コマ)、その場に現れた真中が(西野に見向きもせずに) 「話があるんだ 東城…!」と東城に告げた時は「え…っ」とショックを受けた 表情を見せます。全然「イヤな所、みっともない所を見せない」にはなって いません 。そんな初期西野の価値は、とっくの昔にどこにもなくなってし まっているのです。
この時、西野は「東城が真中を奪いに来た」と思っているわけです。西野か らすれば、あのタイミングで東城が真中の家にやってくる理由は、それ以外に思 い当たらない。学園祭の段階で真中は西野に「自分が好きなのは西野だと東城に 伝えた」と明言しており、その後は西野からすれば真中と東城の仲を疑うような 出来事は特になかったし、東城の家庭教師の件は真中は西野に伏せていたのです から。となると、あそこで東城に出会った西野からすれば、「東城が真中の ことを諦められずにアクションを起こしにやって来た」可能性が非常に高いよう に見えるはずです。あるいは、「真中が言ってたのは口先だけで、実 際には真中は東城に恋愛感情が残っていて西野に内緒で二股を続けていた」とい う可能性も当然疑わしいでしょう。加えて、東城の「真中くんも私に聞き たいことあると思うから」というセリフと落ち着き払った態度も、実際は東城の 側は「もう観念していて吹っ切れているがゆえのもの」なんだけれど、西野から すれば「勝者の余裕」を疑うものであるはず。そしてそんな風に長々と論じるま でもなく、あのきつい表情からも明らかです。である以上、西野は東城 に対して勇気を出して正面から対決しなければなりません。例えば 「帰って。あなたに淳平くんは渡さない。淳平くんに手を出さないで」のように。
けれども、西野は東城とまったく向かい合うことなく真中にマフラーを託し てその場を去ります。「あ もうダメなのかな」と最初から負けを覚悟して、尻 尾を巻いて逃げ去っちゃうわけですね。それは一見、「取り乱さずみっともない 所を見せずに、真中の気持ちを察して振る舞う」という西野の長所が表れた行動 に見えるかもしれません。でもそうじゃないんですよ。
東城の擬似告白を見たときからこっち、西野の東城に対する向かい合い方は ずっと「東城の(あるいは、東城がいる)せいで自分が不幸になっている(真中 が自分を見てくれない)」と内向きの思考に囚われるばかりで、それを解決しよ うとする所がまったくありません。あんな風に、全部人任せにして自分に突きつ けられた命題から逃げ回ることしかできないくらいなら、真中と東城の前から姿 を消すべきです。何でもかんでも東城のせいかよ?そんなのただの僻 みじゃないか。そう思ってるんだったら東城と対決しろよ! それが過剰反応かどうかなんていう話は二の次で、「自分の中の恐れに打ち勝っ て東城と向かい合えるかどうか」があの時の西野にとって一番肝心な課題です。 高校進学前に「真中の気持ちが自分ではなく東城にある」ことを察しながらそれ を面と向かって責めたりせずそれでも真中が好きだと伝えたときの西野は、そん な風に東城に惨めなほど気後れしていませんでした(「東城さんのこと…/それ でもいいって言ったらどうする?/——なんてね!」)。この時の西野の 「物分かりのよさ」は、かつての美点とはまったく別のもの です。
ちょっと長くなりますが、ここでみなみさんが東城をどのように非難してい たか振り返ってみます。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2004/07/post_6.html東城も今までの展開を考えたら自分から言って成長すべきだと思っておりま す。屋上の運命を信じているような彼女ですが、運命っていうのは自分でつか まなきゃ!的な強さを持ってもらいたいなあ、と思っているわけです。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2004/11/post_6.htmlいちごはアレですな、やっと向井さんの「東城さんは真中さんが好きだった の?」という展開に。「あたしのこと応援してくれたんじゃなかったの?」は やはりちょっと可哀想な痛めの展開。無垢に信じてたところが気の毒だよ、向 井さん。東城さんもああゆう人なんですけどねー。でも少女漫画の例の如く、 「あたしは真中くんのことはなんとも思ってないから!」的な態度は結局よろ しくないと思いますので、やっぱ東城さんホントのこと言おうよ、そろそろさ あ、と思います。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/03/15bleach.html西野は、そりゃもうものすごい勇気を出して、真中に体当たりで告白したわ けでしょー。それで一方の東城は、自分が傷つきたくないから最初から回避す る?恋愛というのは、勇気を出したらそれで成功するわけではないけど、すご いがんばってる子が報われなくて、一方で、なんにもしないでいる子がただ愛 されるのを待っているというのは、いまどきちょっと納得いかない。
※ふつう東城の言動を見たら真中が好きだってわかりそうなものだし、むし ろわからない真中がおかしいので、東城がなんもしてない、というのは正確で はありません。でも東城は、自分の気持ちを伝えていないという認識だよね? だから擬似告白もしたわけで。「わかってくれてるだろうから、真中くんから 選ばれたい」じゃなくて、「私は真中くんが好き」とはっきり言葉で伝えない のであれば、この漫画のなかでは、東城は自分の意思をアピールしたことには なっていないと思います。だから、彼女は愛されるのを待っている状態である と、そういう意味です。※
今の東城には、「西野さんっていう彼女がいる真中くん」という縛りは(昔 のようには)ない。擬似告白のときに、東城は、この関係が泡のように消えて しまうのが怖い、と言っていた。今のままでいい、傷つくのはイヤ。
その気持ちは分かる。誰だって傷つくのはイヤだから。でも西野は踏み込ん だ。それは彼女の勇気です。ものすごい勇気だと思う。だから東城だって勇気 を出して欲しい。今のように、「傷つくのがイヤだから」なんにもしないでた だ現状維持を望むなら、彼女は西野に相対する資格はないと思う。さつきに対 してだって実はそう。
だから東城は勇気を出して、真中に好きだとちゃんと言って欲しい。そうで なきゃ、かつて美鈴が言ったように、彼女は真中と同じ大学を選ぶべきじゃな いと思う。
私は本当のところ、東城より西野が好きです。西野はすごい魅力的な女の子 だと思う。でも漫画の流れとして、真中が最後に東城を選ぶのではないかと思っ ております。でもそれは、ズルいと思う。東城はすごくズルいと思う。そのズ ルさ弱さが彼女の人間的魅力でもあると思うけど、リアルにズルくて弱い分、 東城は見ていて時々イライラする(ファンの方、スイマセン)。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/03/100.htmlで、東城は、自分からは言わない。のはいいかげんにしてほしい…と、実は 思う(爆)失礼しました。思い切り私見。
あ、私、基本的に東城さんが好きではないのです。相手に好きだとはっきり意思 表示して、その上で嫉妬もするし不満もぶつける西野やさつきのような女の子の 方が好き。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/04/100_0dd0.html人の気持ちはいいでも悪いでも道義的(彼女がいるのにとかそういう話)で もなんでもないから(以下略)
彼女を見ていて苛々するのは、怖くて言えないから友達でいいけど大学まで ついていきたい、というそういう発想です。そんなの自分が可愛いだけじゃな いですか、とすごく辛辣に構えてしまう。東城ってほんと、王子様志向だよね。 その王子様思考も苛々するんですが(ああ、言うと止まらない)いつぞやの 「やっぱり運命って思ってもいい?」みたいな発言は、「はー運命ですかおめ でたいですな」と、正直ムカっときました。東城も真中も運命とか言いたがる 人だよね。
このままあなたを失いたくなくて、と来たのがちょっとびっくり。でもまあ そうだろうなとも思いながら、ほんっとにこの女の子はモタモタしてるよなあ、 とも思ってみたり。でも東城さんがモタモタしてるのは今に始まったことじゃ ないんだよね。一番笑っちゃったのが(悪意ではないのですよ、見守り苦笑と いうか、そんなニュアンスです)ラブサンクチュアリの時、直前に真中を誘お うとしたヤツ。そんな直前って無茶な(笑)と、思った。いつもギリギリにな らないと動けない、自分の気持ちが我慢できなくなるまで動けない、というの は正直迷惑な話なんですが、そーゆー子なんですよね。いや、ホントに迷惑だ と思うけど(苦笑)。
でもヘンにリアルだ(笑)エロを挟まない東城は結構好きです。天然設定性 格でエロ誘惑をするから正直ムカつくので(笑)
だから二年の山小屋話とか(ブラジャーまで外すあたりなあ)、一年夏真中 家訪問時に人ん家で「暑いから」とか脱いで露出上げて(あからさまに誘って るんじゃないか真っ黒だなじつは)とか、いつかの体育の時間に「真中君が脱 げっていうならあたし脱ぐよ」みたいな物言いとか(なんて誘い受けをするん だろうか…)そういうのはむかつきます。中でも山小屋が一番キライです。あ れがあるので、どうしても東城さんは好きになれませんでした。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/05/100_163a.htmlそもそもが彼女は己に対する縛りが大きい人ですよね。「彼女がいる相手に告白してはいけない」。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/08/100_462e.htmlさて、東城さんという女の子は、ぶっちゃけ男のためなら自我を捨てられる 子でした。昭和時代ならともかくこの21世紀に(別に80年代ラブコメの「みゆ き」で鹿島さんが男に合わせて大学のレベル落したって文句言わない)。それ が古風といえばそうだが、個人的には、男に合わせすぎて自我のないつまらん 女だなくらいに思っていました。あ、結局アンチなんだな…(苦笑)いや、高 校はいいけどね。大学まで同じがいい、というのはちょっと何かなと。
(中略)
自分自身のために夢を追いかけた西野が真中と別れ、真中のために自分を捨 てることをいとわない系統の東城が最終的に真中のそばにいてハッピーエンド… これだと、ジャンプはいつか「アイズ」がそうだったように、永遠に男の子の ための雑誌であったと思うのです。いや、ジャンプは永遠に男の子のための雑 誌だけどさ。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/08/100_5815.html東城さんの行動はツッコミどころが多い。彼女に悪気がないのは分かってい るが、しかし、なんつうか、微妙なコトを何度もなさるヒロインです。3年になっ てからはアレですね、向井こずえへの対応。自分が真中を好きなことを隠して、 こずえと真中の仲を取り持つかのような行動を取る。でも「真中くん、信じて いいよね」というモノローグ。何をどう信じているのか解釈が分かれるところ だと思いますが、普通こういう行動をとってしまうと、あとで自分の気持ち (本当は真中が好き)とバレたときエラいブーイングものになりかねない。
彼女は引っ込み思案で自分の気持ちをとにかく伝えることが出来ない。だか らこずえにも協力してしまう。で、追い詰められないと動けない…わけで、真 中が西野と付き合い始めてからようやく真中に自分の思いを伝える。
引っ込み思案という性格だからしょーがないんですが、なんで真中がフリー の時にやらずに、西野と付き合い始めてから真中の寝込みを襲ったりするの か…(←なにぶん微妙にアンチ的)
(中略)
そう思うのは、東城の行動の突っ込みどころの多さ。一番わかりやすいのは 自分の恋心を言わずに向井こずえを応援する話なんだけど。
例えば「塾でも同じクラスになりたかったな」とか葉っぱちぎりまくってぼ ろぼろにしてしまったりするのはとてもじゃないが褒められた行為ではないと 思う。
あたしがあたしの部活選んで何が悪いの?というのも、かなり突然の逆切れ 行為かもしれん。
1年のバレンタイン時に「西野さんと別れたからいいと思って」というような 理屈で友達チョコをあげるのも、「西野さんと別れたって聞いたからって笑顔 すか?なんかその言い方どうなのよ?」と、突っ込める(すいません、突っ込 みました。死ぬほど突っ込んだ)
2年真中誕生日、なんで文房具を渡すだけで勝負パンツなのか、いまいちナゾ。 気合?そういうもの?
(そもそもフラれた後の「この恋は実ることがないかもしれないけど」って のも微妙だよなあ。「実ることはないだろうけど」ってなら分かるよ。でも、 まだ、何かを期待してるんだよね。それも微妙だと思いませんか?)
そら東城はもちろん臆病で意気地なしの卑怯者だったさ。「今の関係を壊す のが怖いから本心を伝えず真中からの言葉を待ち続ける」なんて、卑劣極まりな い逃げ得狙い(願い)だし、「本心を隠したまま同じ大学についていこうとする」 なんてのもただの金魚の糞です。そういった所は、責めたければ思う存分、言葉 の限りを尽くし怒りに任せて文句を付けこき下ろせばいいでしょう。
確かに東城にはその批判を受けなければならない義務がある。そのことでみ なみさんを咎めようとか東城を弁護しようなどとはこれっぽっちも思わない。そ れは本心からそう思います。だけど「真中の中の東城には勝てない」で意気 消沈し、真中への疑心暗鬼に囚われそれを放置したまま、自分の不幸をすべて東 城のせいにし、最初から試合放棄してしまって克服するべき壁から逃げ回ってる ばかりの西野だって、それに負けず劣らず臆病で意気地なしの卑 怯者だ。言えばいいんですよ。東城の存在がそんなにも今の自分にとっ ての邪魔者なんだとしたら、「あなたに淳平くんは渡さない。淳平くんに手を出 さないで」と。東城を待ち伏せでも何でもして。桜海学園を休んで泉坂高の前で 待っててもいいし、東城の家の前で待っていてもいい(同じ中学だから名簿見れ ば住所はわかるはず………って、2002 年くらいだともう中学高校では生徒同士 の間で名簿の共有とかしなくなっていた頃?)。これは、「そんなことをしたら 西野はひかるに通じるようなみっともない、焦りに満ちた姿を晒すことになって しまう、だから西野はそんなことしなくていい(すべきじゃない)んだ」なんて いう理屈で免責されるような話じゃありません。そう私が言うのは、「この時の 西野はもうとっくにみっともない姿を盛大に晒してしまった後であり手遅れだ」 というのはもちろんだけど、それ以前に「そうでなければこのマンガの 最終ヒロインとして失格だから」、つまり論として身勝手で的外 れだからです。「自分が東城より劣位にある、自分の不幸の源は東城だ」 という認識に囚われたとき、手をこまねいてうじうじしたままでいるのではなく、 それを打開すべく、止むに止まれぬ行動に打って出る積極性を見せてくれないと。 それがなかったら、みなみさんの言葉を借りれば「彼女は東城に相対する資 格はない」ですよ。前にも書いた通り、終盤の 西野は「劣化版東城」です。
自分が不幸で、それが東城のせいだと思ってるんだったら、妬んだり僻んだ り嫉んだりばかりしてないで、堂々と東城に話つけに行け。そうしなきゃあなた 何も始まらないでしょう?あたしそんな度胸のないか弱いヒロインなんですだあ? だったら何で高2から高3の間にかけてさんざんっぱら真中に図々しくも付きま とったんだよ!東城のことを意識していたのは当時からだったことのくせに!そ んな風に心の中で勝手に白旗を上げてしまうような人間なら、もともと高1から 高3までに渡って東城の存在を認識しながらあんなに延々と真中にちょっかいを 出し続けられるはずがない。今さら「か弱さ」を言い訳にして「なすすべもない か弱き哀れな雛」ぶるんだったら、高2〜高3の出番を全部返上してとっとと真 中の周囲から失せろ。どれだけ過保護なんだよ。そんな言い訳するんなら、てめ えがさんざん貪った出番の数々は、本来全部東城のものだ………というのはさす がに言い過ぎだけれど、少なくとも東城と北大路と向井で山分けすべきものだろ う。
みなみさんは、「何があろうと、欲しいものは欲しい、と言う」つまり「自 分の領分を守るために自ら行動する」ということを東城に要請しています。それ は別に文句付けるつもりはありません。けれど、それは西野にだって同じよ うに課される要請なんですよ。特に、実際に最終ヒロインの地位に就 いたのは西野なんですから尚更です。そのことは、「西野はイヤな顔をし ない」ということと当然両立するし、それをしない西野は、みなみさん が東城に対して主張する通り、ペナルティーとして持ち分を剥奪されるべき なんです。
「ひかるのような凄絶な表情を読者に晒されるようなみっともない真似をさ せられることなく、『真中の気持ちが自分ではなく東城にある』ことを知りなが らそれを面と向かって責めたりせずそれでも真中が好きだと伝え、いつか自分を 選んで欲しいとアピールすることの魅力」は、終盤では結局達成されることなく 欺瞞のまま終わります。
まず、終盤 の真中の西野への向かい合い方は結局単に「東城に恋愛感情が向いていない」だ けで、全然西野とまともに向き合っていません。こんなものは「(いつか) 西野を選んだ」と言える状態ではありません。上の方で 「付き合い始めの真中が西野の内面を余りに軽んじていた」ことから「そもそも、 西野と真中が結ばれることの価値に大きな疑問符が付き、それを望む考え方その ものに矛盾がある」ことを指摘しましたが、それと同種の問題がここでも生 じています。そこで論じたことと同じように、ひかるが受けていた扱いとひかる が辿った成り行きに憤っていた人は、恭介の裏切りがきちんとひかるによって断 罪され、恭介がまどかを見限り心からひかるを選ぶ真剣な理由があって、その上 でひかるに許されるに足るだけの償いと誠意を恭介が見せた上でひかるが選ばれ て初めてひかるが報われたと思えたはずです(と言うかその場合はむしろ「ひか るの方が」「恭介を」選ぶ、という形になるでしょうが)。でなきゃ、恭介 なんか許されてはいけない奴でしょう。だったら、こんなもので 西野がひかるのリベンジを成就した、と認めてはなりません。こんな まやかしの真中の態度を受け入れるのは、逆にひかるの尊厳を傷付けるだけにし かなっていないのです。やっていることは、「ただ単にひかるをダシをして 自分勝手な願望でひかるに達して欲しかったことをスリ換えた」 だけじゃないですか。
また、真中 の交際受諾も、東城が真中から切り離されてくれたのも、運命様が恵みを垂れて くれたおかげでしかありませんでした。もし「オレンジ☆ロード」でひかる がこんな「おミソ扱い」されてご都合主義まみれの展開で恭 介が「献上」されてたりしたら、それは別に喜ぶべき事なんかじゃな くて、それどころかむしろ激怒する事だったんじゃないですか?「他人任せで放っ ておいたらタナボタでうまく行きました」じゃ元々の「西野の輝き」が裏切られ てしまっています。
さらに言えば、最後の最後になって、カラオケハウスで西野は「わかってた んだ」と真中の意図を誤解して、自ら身を引こうとします。結局西野は、真中が 東城を忘れられないなら諦めてしまえた、すなわち「真中のことがそこまで は好きではなかった」ということで、これは 「それでも真中が好 き」が(当然ながら)嘘に終わってしまって、全うできなかった、と いうことを意味します。そう、かつて自分から「互いのことをよく知り合う」こ とを持ちかけながら、やはり自分から放棄した西野は、結局真中への理解が 行き届かないままに終わったということで、そこは平仄が合っています。 「真中への理解からの疎外」は伏流水のように西野にずっと付きまとっていた要 素で、上でも「真中への疑心暗鬼に囚われ」と指摘したように、折に触れて繰り 返し表面化します(キャラ描写の一貫性)。「真中の本心に届かない」とい うのは、ある意味西野というキャラを象徴する要素でした。河下先生がそ れを意識していたかどうかは微妙ですが、河下先生の中にいた西野の人物像は、 創作の一番始めの時点で「どこまで行っても真中の本質は理解できない人」と規 定されていた(おそらく、東城との対比のために)キャラだったんじゃないかと 思います(そういう風に言語化されていた、という意味ではなくて、作者の頭の 中にある「キャラとしてのありようの根源」がそういう風になっていたのではな いか、という話。東城が中々報われないまま自分の想いをずっと秘めるキャラだっ た、ということと同様に)。上では西野のことを「劣化版東城」と評しましたが、 こういう所ではまた本来のキャラに回帰しているのですね。
いずれにせよ、最後の最後で西野は「真中はやっぱり東城のことが好きなん だ」と思ってしまい真中の本心が理解できず、それが原因で「それでも真中 が好き」というかつて自分が持っていた肝心要の部分を裏切ってしまった(自分 自身に対しても、読者に対しても)のです。
いずれも、「そんなものを評価したりしたら、それこそ元々の西野の価値に 対する侮辱」と言うべき事柄でしょう。「ひかる超え」の魅力——というものが あるとして——を西野に期待していた、という気持ちが本物なら、終盤の展開を 「こんなものはまったくの期待はずれだ、西野が余りに蔑ろにされたまま終わっ てしまった」と批判・否定すべきです。そうせずにこんな「やっつけ仕事」を容 認するなら、それは本当の意味で「西野が好き」なわけではない(応援している わけではない)、という誹りを免れません。
ここまで論じてきたことをまとめます。
といった要素は、
と何重にも渡ってその価値を否定されており、「きまぐ れオレンジ☆ロード」を補助線として読み解いたとしても、西野を弁護・ 正当化する材料にはまったくならない(特に終盤は)、ということに いささかの変わりもありません。
「きまぐれオレンジ☆ロード」を読んでみて意外だったことのひとつは、 「割としょーもない話が多い」ということでした。多くの人に支持される著名作 なので何となく内容的に優れた作品なのかと思っていましたが(そして実際ちゃ んと優れた回もありますが)、「いちご」と大差ないしょーもない回が思っ た以上に多かったです(笑)。特に前半に多かった印象がありますね。も しかしたら、「いちご」のしょーもなさは、「きまオレ」を意識したことが一因 だったのではないか、という思いすら頭をよぎるくらいでしたよ(笑)。まあこ れまでも繰り返し書いてきた通り、河下先生のストーリーがダメなのは「りりむ」 や「初恋」「あねどきっ」といった前後作や、ジャンプ移籍以前の「あかね」 「かえで」等で明白なので、実際には主因はそれであって、「きまオレ」への意 識による部分は皆無か微々たるものだったことは間違いないですが。
あと、3話で「ひかるを色眼鏡で見る教師に食ってかかる恭介をまどかが陰で 聞いていて、恭介を見直し好感を抱く」という展開がありましたが、これはいち ご初回で「東城の陰口を叩く男子に真中が食ってかかる所を西野が目にしていて、 ちょっと意識に留めていたっぽい」という所を思い出しますね。もしかしたら、 ここは実際に河下先生が(あるいは担当編集者がアドバイスして)「オレンジ☆ ロード」を手本にした部分だったりするのかもしれません。
これの延長線上に当たりそうな話として、恭介はまどかやひかるを「自分は 男だから」という理由で暴力などから守るために躊躇わずに行動しますが、それ は真中の「女の子がひどい目に遭わさ れそうになったときは、理屈抜きで体が動いて、自分を犠牲にしてでも守ろうと する」という所とよく似ています。以前は、これは「作者なりの『ジャンプ 主要読者層の年齢の男子に目指して欲しいと思っている、ひとつの理想』が反映 しているのかも」という推測を述べましたが、実はこれは「オレンジ☆ロード」 を踏襲したものだったのかもしれません。
もうひとつ、これは同じことを言ってるのを他所でも見かけた記憶がありま すが、いちごのラストが「海外から帰ってきた西野と階段の上で再会」だったの は、「きまぐれオレンジ☆ロード」のラストをなぞったものだった、という可能 性は割とありそうな気がします。
上で触れた通り、「きまぐれオレンジ☆ロード」ではまどかは恭介と「共犯」 の関係にあり、これはひかる(や、ひかる派読者)からすると「まどかが『罰』 を受けるべき事情」と言えるかもしれません(最終話でひかるはまどかを許して はいますけどね)。
では、「いちご」に「きまオレ」の(と言うか、ひかるの)リベンジの期待 をかける読み方をする場合、「その分東城も罰を負うべき」という考え方が成立 する余地はあるでしょうか?(そういう考え方をする読者がいるのかどうかは知 りませんが)
もちろん全然別の作品なので、本来東城が他作品の責任を負う謂れはまった くないですが、仮にそれを別にしたとしても、東城はまどかと違って「真中と互 いに互いの好意を明確に知っていた」という前提がないのでまどかのような共犯 には当たらず、別に「きまオレで言ったらまどかポジション」だからと言ってま どかの「罪」まで引き受ける義理はまったくありませんね。
あと、最後の方で「実はまどかは過去に恭介と出会ったことがあり、まどか の初恋の相手は恭介でファーストキスも捧げていた」ということが後付けされて、 運命の出会いを果たしていた(運命の相手だった)、ということになっていまし た。こうやって、連載初回の麦わら帽子に新たな意味合いを付与してまでまどか の「特別扱い」が更にてんこ盛りされていましたが、もしかしたらここまでまど かばかりが余りに一方的に贔屓されていたことが、みなみさんが東城の「運命」 発言に以下のように繰り返し反発していたことと通底していたのかもしれません。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2004/07/post_6.html東城も今までの展開を考えたら自分から言って成長すべきだと思っておりま す。屋上の運命を信じているような彼女ですが、運命っていうのは自分でつか まなきゃ!的な強さを持ってもらいたいなあ、と思っているわけです。
https://minami-n.cocolog-nifty.com/diary/2005/04/100_0dd0.htmlいつぞやの「やっぱり運命って思ってもいい?」みたいな発言は、「はー運 命ですかおめでたいですな」と、正直ムカっときました。東城も真中も運命と か言いたがる人だよね。
この節はいちごと関係ない、「きまぐれオレンジ☆ロード」単体の話です。
初期は画力が覚束なくて、絵柄の印象もだいぶ違いますね。特にまどかは別 人です。連載開始時点では、「明確な江口寿史フォロワー」以外の要素は何も感 じられません(きたがわ翔に よれば「水縞とおるに似ている」ということなので、江口寿史という見立て は外しているのかもしれませんが)。40話前後で絵柄が大きく変わって、世によ く知られる「鮎川まどか」になっていった、という感じですね。この辺りで強力 なアシスタントが加わっていったのでしょうか。
終盤で2〜 3回、まどかの顔がいつもと全然変わったことがありました。まどかの絵に ついては、アシスタントの一 人だった萩原一至によって「ペン入れはアシスタントがやったが、まつもと泉の 下絵をただなぞるだけだった(複数の鉛筆の線からひとつを選び取るわけではな かった)」という証言が得られていて、絵そのものは完全に作者のものだっ たはずですが、この激変回だけは(作者の体調不良などで?)アシスタントが描 いたものだったのかなあ、という感じがします(この萩原証言の内容は、以前か ら知られていたことだったのか、それとも今回初めて開示されたことだったのか は私は知りません)。
一番安定しなかったのは恭介の顔だと思います。結局、連載期間全体に渡っ て安定してませんでしたね。
あと、超能力設定はほぼ全編に渡って自然に活用され続けましたね。連載マ ンガでありがちな傾向として、話を成立させるために強引に導入した設定はしば らくするとほとんど使われなくなってしまいがちですが、まつもと泉にとっての 超能力設定はそういうものではなかったんですね。ああいう「ポップな絵柄・人 物関係と超能力という SF 要素の共存」こそがあの作品で作者が「や りたかったこと」の中核を成していて、決して「話作りのために好きでもない要 素を強引に入れた」のではないんだ、ということがよくわかります。(一方、ま どかとひかるの不良設定はかなり形式的で、ふたりともほぼ(男にとって都合の いい部分が前面に出た)かわいくていい子、という描き方に終始します。かなり 話数が進んでからも思い出したように不良設定が出てきたり、「他のクラスメー トからどう見られているか」といった所はずっと一貫しているので、「なかった こと」になっているわけではないのがちぐはぐに感じますが)
[2025, 3/17] ちなみに、みなみさんの恭介に電話しても、恭介の口から出るのはまどかを心配する言葉。な
んかもう、ヒドい話です
という部分は、「きまオレ」を読む前は私は展開の
詳細がわかってなくて、てっきり「電話口の恭介は相手がひかるだということは
わかっているのにまどかの心配ばかり口にしている」ということなのかとばかり
思っていました。実際には「恭介は無言の相手がひかるだとは露ほども思わず、
まどかだと決めてかかってまどかを気遣う言葉をかけていた」のだったんです
ね…。50歩100歩とは言え、実際の方が私の想像よりひかるはかわいそうかな…。
あと本当にどうでもいいことですが(笑)、「勝手にジャンキィ ロード」はやはり、「きまぐれオレンジ☆ロード」のパロディーとは言って もメイン3人の大まかなキャラ配置以外はこれと言って共通点はない、というこ とも確認できました。
(最後に、本題からは外れる上にめちゃくちゃ細かくてどうで もいいことに一応触れておきます。いち ばん始めのみなみさんの記事では、西野が真中の「憧れの存在」だ、という 書き方になっていますが、これはちょっと不正確な所があります。連載初回の真 中は、「学年一のアイドル」とされる西野のことを、名前は知っているものの顔 すらあやふやで「どんな顔だっけ?」という反応を示します。全然憧れていなかっ たわけですね。まあそれはいちばん最初だけで、実際に西野と会って明確に個体 識別してからはその魅力を認識し「俺だって顔思い出すだけでドキドキして——」 という風になるし、後に「西野は自分にはまったく不釣り合いな理想的な彼 女——すなわち、『憧れのアイドル』(的な存在)——だ」と思うようになるわ けなので、論としては「西野が真中の憧れの存在だ」ということでも全然差し支 えはないのですが。一応ここでは「最初から」そういう立場だったわけではない、 ということだけお断りしておきます)