学園祭以降の展開について、西野と 真中の描写が中途半端だった、ということに加えて、東城の描写にもいろい ろと疑問が残ります。あの「雪の日の回」によって、 ようやく作者の意図が掴め たわけですが…。
まず第一に、「東城と真中がそれぞれ自分の道を見つめて別々に進んでいこ うとする」という描写は、「雪の日の回」の少し前の「屋上で出会ったとき」に も軽くあるんですよね。だからそれについては同じようなことを2回繰り返し描 いたような形になっていて、どうもチグハグです。
その後の迷走ぶりがすごくて、まず
真中の為でないと小説が書けないし、小説を書くのも真中と話がしたいから ↓ 思わず、自分が真中の彼女だったら…という考えが頭をよぎってしまう ↓ 天地から逃れた後のモノローグは「あたしはあなた(真中)のこと『しか』…」 ↓ 居眠りする真中に、衝動的にキスしてしまう
という塩梅で、東城は、きっぱり振られたにも関わらず 時間が経つにつれむしろ真中への想いは募る一方、という描写になっていること に注意しましょう。屋上の時点ではあんまりそういう素振りは感じられなかった ので、「一旦は諦めかけてたんだけど、またぶり返してどんどん症状が進んでし まった」ということなんでしょうかね。
家庭教師にやって来たときの服装も超ミニスカにボディライン丸見えのピッ チリセーターと「殺る気マンマン」で、あわよくば真中を色仕掛けで攻略しよう と企んでいるかのように見えてしまいます(「自分が転びやすい」ことは当然認 識しているはずだから、あの格好は「真中にパンツ見せること前提」としか考え られない(笑)。そりゃあ今まで何度も見られててもう慣れっこなのかもしれな いけどさ…)。こんな状態で「決戦前夜!」なんてサブタイトルを付けられた日 にゃあ、誰だって考えることは一つですよね(笑)。
ところが東城はあっさり勝負から降りてしまいます。えーっ、ちょっ と待って、いやが上にも募りつつあった真中への想いを昇華する時間なんて、一 体いつあったの!?作中の描写からは、唯からの電話を受けてからの ごく短い時間のうちに、気が変わって決意したようにしか見えないのですが、上 記の通り、それまでの描写からはそんな簡単に真中への想いを諦められるとは到 底思えません。
だけど、作者はそんなことを微塵も意識していないようなんですよね。東城 が真中に訣別の意志を告げ、去って行くところでは、もうものすごく立派に真中 への想いを諦めている。そこから逆算して考えると、どうやら、作者としては 「あの真中への最後のキスで、東城は真中への想いにけじめをつける決心をして、 それからずっと時間をかけてあの境地に達したんです。だってほら、私は東城の モノローグで『それ以上もう何も望まないから』と言わせているでしょ」と思っ てるとしか考えられません。
いやあ、それは無茶ですよ、河下先生!そんな モノローグ、「いけないと思いつつも誘惑に負けちゃう人の典型的な自己弁護」 に過ぎないじゃないですか!あれじゃあ誰が見たって「真中への想いがさらに加 速しつつある」ようにしか見えませんよ!大体そのモノローグの後、東城は寝ぼ けて抱きついてきた真中を「これ幸い」とばかりに抱きしめ返してたじゃないで すか!全然「他に何も望まない」なんて心境じゃないですよコレ!(笑)
………多分ですね。河下水希は「よしこれだ!」という 「いい展開」を思いつくと、そのことしか見えなくなっちゃって、「そこに至る までの数話分の整合性や辻褄」なんかそっちのけになっちゃうタイプのマンガ家 なんですよ。パンツマンガとして、パンツと ループだけ描いてればよかった間は、それでも十分間に合ったんですけどねえ。
ここも、「雪の日の東城の別れ」の回だけ単独で見ると非常によくできた回 で、それは文句なく認めていいんだけど、そこまでの数回が非常に杜撰です。上 で指摘したことの他にも
と数々の疑問点が浮かびあがってきます(あと、どうで もいい疑問点として、唯が言ってる「桜海学園の倍率が15倍」って数字はいった いどこから出てきたんでしょう?彼女の受験当時出ていた数字は「4.8倍」なん ですが………。作者がうろ覚えで、以前の記述を確認し切れずに適当な数字をでっ ちあげちゃった、というようなことでしょうか(笑))。
また、詳しく見ると、「雪の日の回」にすらツッコミ所はあって、東城は 「真中が本命大学の受験に失敗した責任は自分にもある」ことを認識しているの に、そのことを謝ってはいないんですよね。謝罪の言葉は「勝手なことして、怒っ てたらごめんなさい」だけで、受験の失敗に対し直接謝っているわけじゃなくて、 「行動の勝手さ」を、「もし怒ってたら」という「条件付き」で謝っているにす ぎない。いや、やっぱりちゃんと謝ろうよ、東城(笑)。もっと肝心なことを、 条件なんて付けずにさ(それにここでは、「西野に対して」すまない、というこ とも言うべきなのに、それがないのは残念)。
おかげで、去り際の「唯を責めないであげて」というセリフも、何だか微妙 に唯に責任転嫁しているように見えなくもありません(笑)。
まああれだけつらい決意を告げに来た、18歳になったばかりの女の子にそこ まで完璧を求めるのは酷ですから、そういったことを本気で責めるつもりはない ですが、でも河下先生はたぶん天然でやっていて、「そういう風にも見えてしま う」という点は、全然気づいてないんですよ、きっと。この「いい話」が描けた、 ということで満足してしまっていて。
そうまでして「やりた かったこと」はわからないでもないんですが、そこに持って行くならもっと いいやり方があるでしょう?(笑)あんなに往生際悪くギリギリまで東城に未練 を募らさせてたから描写の断絶が超不自然になる訳で、やるんなら逆にだんだん と諦めがつくようにさせていって、最後屋上だろうが雪の日の公園だろうが、お 好きなシチュエーションで「2人は別々の道を歩んでゆく」でまとめればいいじゃ ないですか。そうすれば話数は半分で済むし(笑)、唯にだって最後出番くらい はやれたかもしれない(笑)。
家庭教師の回で、つい真中にキスしちゃう「堕ちていく東城」は評判悪いよ うですが、私もあの回の東城にはかなり不満です。ただ、私の場合はたぶん普通 の非難とはちょっと違ってて、「勝ちに行く」行動をこれっぽっちもとろうとし ないふがいなさに対して不満を覚えていました。それは彼女の潔さと、「争いを 避ける」長所のあらわれでもあるんですが、同時に「ひ弱さ」でもあるので。
なのでここでは、商業的要請も、作者の思惑も、(それから、西野ファンの 意向も)すべて棚に上げて、「あの家庭教師の段階から、東城が勝つにはどうし たらいいか」を考えてみましょうか。だとしたら、東城のやってることは甘すぎ です。
あんな「キスしたい→我慢できない→キスしちゃう」なんていうケダモ ノみたいな場当たり的な行動じゃ、西野に勝てる訳がありません(笑)。 人間だったら「キスしたい→それはまずい→やめとこう」という思考回路が働か なくちゃ。私はあれ読んだとき「げげ、東城が発情期に入ってる(笑)。サカっ ちゃって止まらなくなっちゃってるよ〜」と思ってしまいました(笑)。あんな ポンコツキャラじゃなくて、東城はもっと高性能なキャラに描いてほしかったで すよ、河下センセイ。
もし本当にどうしても真中が諦め切れないんだったら、感 情に押し流されず、もっと冷静に勝つための算段を立てなきゃだめでしょ、東城 さん!「頭はいい」という設定なんだから、今こそそれを生かさないでどーする んですか(………いや、天地と同じく天然ドジ設定に呪われてるから、作戦を立 てれば立てるほどどツボに嵌まっちゃうかもしれないけどさ(笑))。
どーせ自分かわいさにいい子ぶって「西野さんが憎い、なんて思っちゃダメ。 だって西野さんは悪くないし、いい人なんだから」なんて自分に必死に言い聞か せて、踏ん切りがつかないでいるんだろうけど、そんなんじゃ負け戦まっしぐら です。自分の中の醜い思いを認め、ちゃんと見つめるぐらいできなくてどーすん の。優等生としての体面も、小説家としての将来も全部棒に振る覚悟で、西野へ の対抗心で自分を精一杯焚き付けなさい。
で、はっきりと「なりふり構わず真中を奪いに行く」と西野に啖呵切って、 それこそもう色仕掛けでも何でも使う覚悟を決めましょう。アンタ一回真正面か ら真中にぶつかって見事に玉砕してるんだから、並大抵のことじゃ勝てっこない ことはよーくわかっているはずでしょう?それぐらいやって初めて、「どうにか こうにか、少しは勝ち目も見えてくる…か?」というくらい劣勢の状況ですよ、 あの時点では。
この作品では作者が「女の子同士のいがみ合い は絶対描かない」というポリシーを最後まで固く守り通していたとは言え、 最後の最後くらいは河下先生にそのポリシーを曲げてもらって、思っていること を全部口に出してすっきりさせてあげたかった、と思います。これは、東城だけ じゃなく西野にも言えることですが、ここでケンカ別れに終わったとしても、む しろその方が、将来は時間が解決して解り合える関係を築けると思うんですよ、 この2人。本編の展開だと、ここで関係をうやむやにしてしまったばっかりに、 後年顔を会わしてもわだかまりが拭えず、お互い本音が言えずに変に遠慮してよ そよそしい状態が解消できないという関係に、下手をするとなってしまいそう で…(東城の方は4年後にもう完全にふっ切れているように見えるとは言うもの の)。
学園祭のときにしろ、雪の日の別れのときにしろ、真中にも西野にも恨み言 一つ言わず、笑顔すら見せて去っていく東城は、余りにもよくできた女の子過ぎ ます。本来なら到底呑み込めるはずのない想いを必死で抑え込んでいる姿を見る と、「そこまで辛い想いを一人で溜め込んだりしなくていいんだよ」と声をかけ てあげたくなりますね。