1解だけですべての解が表せる方程式

\(\newcommand{\field}[1]{\mathbb{#1}} \newcommand{\Q}{\field{Q}}\)
以前取り上げた2つの問題

3次方程式 \(x^{3}-3x+1=0\) の3解を適当な順番で並べ、それを \(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) とおく。すると、\(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) が次の関係を持つようにできることを証明せよ。
\[ \beta=\alpha^{2}-2, \gamma=\beta^{2}-2, \alpha=\gamma^{2}-2 \]

及び

3次方程式 \(x^{3}+3x^{2}-1=0\) の一つの解を \(\alpha\) とする。
(1) \((2\alpha^{2}+5\alpha-1)^{2}\) を \(a\alpha^{2}+b\alpha+c\) の形で表せ。ただし \(a\), \(b\), \(c\) は有理数とする。
(2) 上の3次方程式の \(\alpha\) 以外の二つの解を (1) と同じ形の式で表せ。
(東大入試 1990 文系)

は、共に次のことを背景としていた。「整数係数の \(3\) 次方程式の解の差積が有理数になるとき、1つの解 \(\alpha\) だけで他の2解を表すことができる」(ここで、「表すことができる」というのは詳しく言えば「有理数係数の多項式で表せる」という意味)

どちらも面白い問題だが、ちょっともったいないのは「実際に方程式の係数が与えられたときに、どうすればその『有理数係数の多項式』の具体形が導けるのか?」という一番面白い部分を、天下りで与えてもらったり、手取り足取りな手厚い誘導を付けてもらっている点だ。もちろん入試問題はある程度まとまった分量の受験生が時間内に解けるようにしないといけないので易しく作らなければいけないのはやむを得ないが、やはり「その \(\alpha^{2}-2\) だの \(2\alpha^{2}+5\alpha-1\) だのといった式の形はどうやって導いたのか?」という点は興味深い問題だ。

これについては、この blog で時々引き合いに出している方に以前伺ったとき、以下のようなうまい手があることを教えて頂いた(しばらく前の「大学への数学」の学力コンテストで出題され、その解説記事で出ていたものとまったく同じ考え方である)。

3解を \(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) とする。まず、\(\beta\), \(\gamma\) を \(\alpha\) のみで表す式を得るためには、\(\beta + \gamma\) と \(\beta – \gamma\) を \(\alpha\) のみで表す式が得られれば十分であることに注意する。

\(\beta + \gamma\) の方は簡単だ。解と係数の関係から \(s = \alpha+\beta+\gamma\) の値が有理数としてわかっているので、\(\beta + \gamma = s- \alpha\) である。

問題は \(\beta – \gamma\) の方だが、仮定より
\[ \Delta = (\alpha – \beta)(\beta – \gamma)(\gamma – \alpha) \]
の値も有理数として具体的にわかっている(符号を除いて)ので、これを
\begin{equation}
\label{eq:58-1}
\beta – \gamma = -\dfrac{\Delta}{(\alpha-\beta)(\alpha-\gamma)}
\end{equation}
と変形しよう。右辺の分母 \((\alpha-\beta)(\alpha-\gamma)\) は \(\beta\), \(\gamma\) については対称なので、基本対称式 \(\beta+\gamma\), \(\beta\gamma\) で書けるが、それらは更に元の \(3\) 次方程式の解と係数の関係を使って、\(\alpha\) のみの式で具体的に書ける。したがって結局\eqref{eq:58-1}の右辺は \(\alpha\) の有理数係数の有理式で具体的に書ける。

そうやって \(\alpha\) の有理式で書けてしまえば、それを \(\alpha\) の多項式の形に直すことは何でもない。後は連立1次方程式を解いて \(\beta\), \(\gamma\) を求めるだけだ(\(\Delta\) の符号の不定性は、\(\beta\), \(\gamma\) の入れ替えに対応するだけなので問題にはならない)。

なお、元の \(3\) 次方程式が重解を持つ場合は\eqref{eq:58-1}の変形ができないが、その時は元々 \(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) が有理数になるので、そもそも「\(\alpha\) 以外の解を \(\alpha\) のみで表す式」なんてものを欲する動機が出てこない。よって重解がなく \(\Delta\) が \(0\) 以外の有理数である場合のみ考えれば十分である。

さて。

こうやって他の解を \(\alpha\) で表す具体的な表式を求めることに成功したわけだが、これを \(n\) 次方程式に一般化することはできないだろうか。上の手順は元の方程式の次数が \(3\) であることに強く依存しているので、そのまま拡張するのは困難だが、一般の \(n\) 次方程式で、基礎体に1解 \(\alpha\) を添加しただけで最小分解体が作れてしまう場合、他の解を \(\alpha\) のみで表す具体的な表式が得られるようなうまい手順は作れないか?

【2019, 1/21 追記】これは、「代数拡大体上での因数分解」を使えばあっけなく解決する問題でした。単に、\(f(x)\) を \(f(x)\) の根 \(\alpha\) を添加した体 \(\Q(\alpha)\) の範囲で既約分解すれば、「\(\alpha\) のみで表せるようになっているかどうか」まで含めて全部解決します。以下の手順はそれに比べると必要な計算量が桁違いに多いので、ほとんど価値はありません。一応、

この手順で \(\alpha\) について使っている条件は「\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になる」ことだけなので、方程式が \(\Q\) 上で既約である必要はない。
また、\(\alpha\) が「任意解」である必要もなく、「\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になるような解と、ならないような解」が混在する方程式でも、「なるような解」を \(\alpha\) に採用すれば上の手順は問題なく成立する。

および

「\(2\) 個の解 \(\alpha\), \(\beta\) を添加するだけで最小分解体が得られる」場合にも容易に拡張できる。…さらに、まったく同様に「\(2\) 個」を「\(3\) 個」等に拡張することもできる。

となっている所が「代数拡大体上での因数分解」に対する取り柄でしょうか。

………しばらく前に、この問題を考えていたとき、先日の一連の記事で使っていた Galois resolvent \(V\) を利用できる場合は実はうまく行くことに気づいたので、以下その手順を紹介する。\(V\) を使うため、方程式の形には制限がつくので、正確な仮定と結論を述べておく。

整数係数で重解を持たない \(n\) 次方程式が具体的に与えられたとする。もし \(\Q\) に解 \(\alpha\) を添加するだけで最小分解体になるならば、すべての解を \(\alpha\) の \(\Q\) 係数有理式で具体的に表す表式が得られる。※ その際、しらみつぶし的な試行錯誤は、予め候補を有限通りに絞った上で行うことが可能。可算無限個の候補を一列に並べて順に試していくという果てしなく気が遠くなるような作業は必要としない。

いつも通り、角の \(3\) 等分方程式 \(x^{3}-3x-1=0\) を例にとって、\(n\) 次方程式にそのまま一般化できる説明を行う。この方程式では \(\Q(\alpha)\) が最小分解体となっている。また、以前示した通り、\(V=\alpha+2\beta+3\gamma\) とおくと右辺に \(3!=6\) 通りの置換を施した
\begin{equation}
\begin{split}
V_{1} &= \alpha+2\beta+3\gamma = V\\
V_{2} &= \beta+2\gamma+3\alpha \\
V_{3} &= \gamma+2\alpha+3\beta \\
V_{4} &= \beta+2\alpha+3\gamma \\
V_{5} &= \gamma+2\beta+3\alpha \\
V_{6} &= \alpha+2\gamma+3\beta
\end{split}
\label{eq:58-2}
\end{equation}
の値がすべて異なっており、\(V\) の \(\Q\) 上の最小多項式が \(g(x)=x^{3}-9x-9\) になるように解の順番を選べば
\begin{equation}
\begin{split}
\alpha &= \frac{1}{3}V^{2}-V-2 \\
\beta &= -\frac{2}{3}V^{2}+V+4 \\
\gamma &= \frac{1}{3}V^{2} -2
\end{split}
\label{eq:58-3}
\end{equation}
だった。

そして、\(V\) に Galois 群の各元を作用させたものは
\begin{equation}
\begin{split}
V_{1} &= \alpha+2\beta+3\gamma \\
V_{2} &= \beta+2\gamma+3\alpha \\
V_{3} &= \gamma+2\alpha+3\beta
\end{split}
\label{eq:58-4}
\end{equation}
の \(3\) つで、これらが \(g(x)\) の根だった。
\[ g(x)=(x-V_{1})(x-V_{2})(x-V_{3}) \]

\eqref{eq:58-3}のように、すべての解を \(V\) で表せているので、「\(V\) を \(\alpha\) のみで表す式」が作れれば、「すべての解を \(\alpha\) のみで表す式」も得られる。よって \(V\) を \(\alpha\) のみで表す式を作ってみせればよい。

\(V\) と \(\Q\) 上で共役な数たち \(V_{1}\)〜\(V_{3}\) のうち、「\eqref{eq:58-4}の右辺の先頭に \(\alpha\) が現れるもの」は \(V_{1}\) のみだが、このことは「\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になった」ことの帰結と見ることができる。なぜならば: ガロア群の元(体の同型写像として)のうち、\(V\) に作用させたときに右辺の先頭が \(\alpha\) になるものは恒等写像しかないことを示せばよいが、右辺の先頭が \(\alpha\) になるということはこの写像が \(\alpha\) を固定するということ(\(\because\) \eqref{eq:58-4}右辺に現れる解の並び順は、同型写像によって \(\alpha, \beta, \gamma\) を並べ替えた順列にほかならない)だから、\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になるという状況の下ではそんな写像は恒等写像しかない。

次に「\eqref{eq:58-2}の \(V_{1}\)〜\(V_{6}\) すべての中で、右辺の先頭に \(\alpha\) が現れるもの」を抜粋すると
\begin{equation}
\begin{split}
V_{1} &= \alpha+2\beta+3\gamma \\
V_{6} &= \alpha+2\gamma+3\beta
\end{split}
\label{eq:58-5}
\end{equation}
である(この例では \(2\) つしかないが、一般の \(n\) 次方程式だったら当然 \((n-1)!\) 個ある)。これらすべてを根に持つ多項式 \(t(x)\) を作る。
\[ t(x) = (x-V_{1})(x-V_{6}) \]
この右辺は \(\alpha\) 以外の解 \(\beta\), \(\gamma\) について対称だから、\(t(x)\) の係数はすべて \(\beta\), \(\gamma\) に関しては対称式。一方
\[ (x-\beta)(x-\gamma) = \frac{x^{3}-3x-1}{x-\alpha} \]
の右辺が \(x\) の多項式として割り切れることから \(\beta\), \(\gamma\) の基本対称式は \(\alpha\) のみを使って書けるので、結局 \(t(x)\) の係数はすべて \(\Q(\alpha)\) の元として具体的に書き下せる。

実際に計算してみると
\begin{align*}
t(x) &= \bigl(x-\alpha-(2\beta+3\gamma)\bigr)
\bigl(x-\alpha-(2\gamma+3\beta)\bigr) \\
&= (x-\alpha)^{2} -5(\beta+\gamma)(x-\alpha) +
(2\beta+3\gamma)(2\gamma+3\beta) \\
&= (x-\alpha)^{2}+5\alpha(x-\alpha)+7\alpha^{2}-3 \quad (\because
\beta+\gamma = -\alpha, \beta\gamma = \alpha^{2}-3) \\
&= x^{2}+3\alpha x +3\alpha^{2}-3
\end{align*}
となる。

\eqref{eq:58-4}, \eqref{eq:58-5}より、\(2\) 多項式 \(g(x)\), \(t(x)\) は \(V_{1}\) のみを(単根の)共通根に持つので、互除法を実行すれば最終的に \(V_{1}\) を根に持つ \(1\) 次式が最大公約式として算出される。一方 \(g(x)\) は \(\Q\) 係数、\(t(x)\) は \(\Q(\alpha)\) 係数の多項式だったから、互除法の過程で現れる多項式もすべて \(\Q(\alpha)\) 係数。したがって、最後の \(1\) 次式の根 \(V_{1}=V\) も \(\Q(\alpha)\) の元として具体的に書ける。\(\square\)

この手順で \(\alpha\) について使っている条件は「\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になる」ことだけなので、方程式が \(\Q\) 上で既約である必要はない。また、\(\alpha\) が「任意解」である必要もなく、「\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になるような解と、ならないような解」が混在する方程式でも、「なるような解」を \(\alpha\) に採用すれば上の手順は問題なく成立する。よって、例えば \(x^{n}-1=0\) という方程式に対し、\(1\) の原始 \(n\) 乗根を上の \(\alpha\) とすれば、全 \(n\) 乗根を \(\alpha\) のみで表す式が再現できるはずである。

また、この手順は「\(2\) 個の解 \(\alpha\), \(\beta\) を添加するだけで最小分解体が得られる」場合にも容易に拡張できる。この場合は、「\(V\) と共役な \(V_{k}\) の中で、右辺の先頭の \(2\) 解が \(\alpha\), \(\beta\) であるもの」が \(V_{1}\) のみしかない、ということになるので、\eqref{eq:58-5}の代わりに「すべての \(V_{k}\) の中で右辺の先頭の \(2\) 解が \(\alpha\), \(\beta\) であるもの」全体を根として持つ多項式を \(t(x)\) とすればよい。さらに、まったく同様に「\(2\) 個」を「\(3\) 個」等に拡張することもできる。

ひょっとしたら私が知らないだけで、「\(\Q(\alpha)\) が最小分解体になる場合に解 \(\alpha\) のみで他の解を表す具体的な表式を求める」なんてことは実はもっと簡単にできてしまうことなのかもしれない。その辺は全然調べてないので、もしご存知の方がいらしたらお知らせ頂けば幸いである。

「\(V_{1}\) のみを共通根に持つ多項式の構成」に当たっては、「ガロア論文の古典的証明」が非常に参考になった。


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