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数学

ピックの定理とその周辺

今度は「ピックの定理」とその類似の森原の定理・額賀の定理について。後者2つについてはこの度初めて知りました。こんな関係も成立するんですね!

割と包括的な文書 http://alg.kus.hokkyodai.ac.jp/2013/koshin2013dec.pdf が見つかったので、さらに付け加えるべきことは余りないですね。加法性を最大限に一般化した議論が見事で、額賀の定理の原証明 http://www10.plala.or.jp/h-nukaga/math/syoumei.htm だと「すごく入りくんでいる形状で、1つの単位格子に何度も辺が出入りしている」場合に本当に見落としがないのかイマイチ確信が持てなかったのですが、その懸念が払拭できました。

ここでは、落ち穂拾い程度の補足をいくつか述べておきます。

コップの水理論

まず、ここに載っていない証明として http://www004.upp.so-net.ne.jp/s_honma/mathbun/mathbun172.htm の末尾で引用されている「数学セミナー」2014年7月号の「コップの水」理論による説明は触れておく価値があると思います(なお実際の記事を見たところ、著者のオリジナルではなく、既存のもののアレンジ(元々のだとちょっと不備があった?)だということでした)。水が平面に広がっていくときの流れの場の、\(K\) の各辺に関する点対称性により \(K\) の辺に関する正味の出入りがない、という発想はシンプルながらも強力ですね。また、同じ考え方によってこれは同時に森原の定理に対する証明にもなっています。
気になるとしたら、ありとあらゆる格子点中点について点対称な流れの場なんて存在し得るのか?ということですが、以下のように考えれば問題はなさそうです。

  • 後の方で、頂点上のコップからの水の寄与が頂角に比例することを使っていることも考えて、1つ1つのコップからの水の流れは(完全に)等方的と仮定しておきます。すると、それらをすべての格子点について重ね合わせた流れの場は所期の点対称性を持ちます(重ね合わせるとき、数学的には可算無限個のベクトル場の和を取ることになるのでその収束性をきちんと考えないと本当はまずいのでしょうが、まあそこまで厳密性を追及する話でもないと思います)。
  • ずっと等方的なままだと「最終的に深さ 1 の静水状態になる」ことができない、という懸念をお持ちでしょうか。その場合、最初に格子点から水が広がり始める時は等方的だとしても、別々の格子点由来の水の流れ同士がぶつかってから後では、実際の物理法則を(ある程度は)反映して向きに影響が出るということを考えないといけなくなります。そうなると粘性やら散逸やらといった効果が入ってくることになりますが、その場合各格子点中点周りの点対称性は維持可能なのか、ということがポイントです。もし、「最終的に静水状態に持ち込む場合、自発的な対称性の破れによって点対称性を壊す必要がある」なんてことになっているとちょっと厄介ですが………本当に実際の物理法則通りに水が動く必要があるわけではないから、矛盾なく点対称な流れの場をでっち上げることはできそうな気がしますね。あと、話としては別に3次元に限る必要はなくて、4次元以上に拡張しても数学的には何ら問題はないので、仮に3次元では辻褄が合わなくても高次元方向に流れを逃がして解決することはできそうですから、証明としてはやはり成立しているのでしょう。
  • もう1つの考え方として、この「水槽」がアクリル板のような無数の水平な平面で区切られた層になっていて、1つ1つのコップからの水はすべて異なる層に流れ込む、という見方をとることもできるでしょう。この場合、どのコップから出た水も流れの等方性を保ったまま、一定の深さの静水となることができます。各層の静水の深さは無限小で、それらをすべての格子点について足し合わせたものが深さ 1 になるわけです。難点としては、1点から流れ出た水が全平面を覆わなくてはいけないので、流速が無限大になるか静止するまで無限の時間を待つかのどちらかが必要になってしまうだろうことですが、これもやはりそこまで厳密性を追究する話でもないでしょう。(なお、わかりやすくするために層を分けましたが、分けないままで「別々の格子点からの水同士は一切相互作用せずに、何の抵抗もなく互いに相手をすり抜ける(理想化されたニュートリノのように)」と考えても同じことになります。と言っても、この場合「コップの水が広が(って最終的には一定の深さの静水にな)る」ためには「同じコップから出た水同士は押し合う(水分子どうしの抵抗がある)」必要があるため、モデルとしては相当妙なことになりますが…)

基本平行四辺形格子の面積が \(1\) になること

内部にも辺上にも格子点がなく、頂点だけが格子点になっている平行四辺形の面積が \(1\) になることの証明はいろいろあるんですが、\(\lvert ad-bc\rvert\) の式を使わず、したがって面積が整数であることも仮定せず、おまけに直接イコール\(1\) であることを示すのではなく不等式評価と極限を利用して示す方法があるというのは驚きでした!

証明のうち、式 (2.2) を導く部分の“これら \(n^{2}\) 個の平行四辺形を合わせた領域に、点 \((a,b)\) (\(a\) と \(b\) は \(r\) 以上 \(n−1−r\) 以下の整数)を中心とする半径 \(r\) の円が含まれる”という部分はおそらく書き間違いで、意味不明な文章になっている(おそらく、命題としては偽であるはず)ので、実際に想定されていたであろう議論を以下に補足しておきます。\(n^{2}\) 個の格子点を含む正方形 \(0 \leqq x \leqq n-1, 0 \leqq y \leqq n-1\) から、内側に \(r\) だけ狭まった正方形(\(1\) 辺が \(n-1-2r\))に着目すると、それと共有点を持つ可能性がある平行四辺形 \(Z\) は着目している \(n^{2}\) 個に限られます(なぜならば、\(r\) の定義より、それら以外の \(Z\) はその正方形の内部に侵入することはできないので)。一方、その正方形も \(Z\) を平行移動した平行四辺形で覆い尽くされているので、結局その正方形は着目している \(n^{2}\) 枚の \(Z\) だけですべて覆われていることになります。よって面積を比較することで
\[ (n-1-2r)^{2} < n^{2} S(Z) \]
が得られます(なお、上の式からもわかるように式 (2.2) は不等号の向きが逆です)。

(ちなみに、\(\frac{(n-1-2r)^{2}}{n^{2}} < S(Z) < \frac{(n-1+2r)^{2}}{n^{2}}\) から後の式辺形は、分子の \(2\) 乗を展開するよりも
\begin{align*}
\biggl( \frac{n-1-2r}{n} \biggr)^{2} &< S(Z) <
\biggl( \frac{n-1+2r}{n} \biggr)^{2} \\
\therefore \biggl( 1 – \frac{1+2r}{n} \biggr)^{2} &< S(Z) <
\biggl( 1 + \frac{-1+2r}{n} \biggr)^{2}
\end{align*}
とした方がすっきりしていると思います。細かい話ですが)

なお、\(\lvert ad-bc \rvert\) の式を使わず、面積 \(1\) であることを直接導く方法は他にもある(と言っても、符号つき面積の双線形性を図形的に示すことで、事実上行列式を利用したのと同じ証明をするのとは別)ので、また時間が取れるときにこの記事とは別個に紹介しようと思います(別に私の独創というわけではなく、十分有名なはずでとっくの昔に知ってる人も多数いるはずの話ですが。なので別に自慢しようというわけではなく、単に関連する話を集積しておこうと思っているというだけの話です)。

視野角を用いた証明について

参考文献の部分で、“ピックの定理の視野角を用いた証明は、[5] に載っています。筆者の知る範囲では、日本語の文献はなさそうです。”と書かれています。ここで紹介されている証明と同一ではなく、「視野角を用いて、基本三角形に分割したときの三角形の枚数が \(2i+b-2\) であることを示し(オイラーの公式は使わずに)、これと基本三角形の面積が \(\frac{1}{2}\) であることからピックの定理(と同等な式)を導く」というバリエーションであれば、かなり以前に東京出版「大学への数学」の記事で小島寛之氏が示していたことがあります(すみません、何年の何月号の掲載だったかはわかりませんが、’90 年代半ば頃?)。さらにこのうち、主要部と言える基本三角形の枚数の導出については、実質的に同等なものを小島さんはそれよりもさらに以前に「解法のスーパーテクニック」(「高校への数学」増刊)で披露しています。これはそれより以前の「高校への数学」での連載をまとめたものでしょうから、実際にはもっと前に世に出ていた勘定になります。ここでの用語と記法に合わせると、こんな議論です: できる基本三角形の枚数を \(T\) とすると、その内角の和は \(\pi T\)。一方、これは視野角の総和 \(2\pi i + \pi (b-2)\) にも等しい。よって \(T=2i+b-2\)。

その他のミスプリ

図形の命名の仕方について「\(Z\) を \(X\), \(Y\) に分割した」のか「\(X\) を \(Y\), \(Z\) に分割した」のか一貫していない箇所があります(補題 23 や 29)。そのつもりで読めばどう補って読めばいいのかは容易にわかると思いますので、詳細は読んでる方が各自で確認してください。

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