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ガロア理論 数学

数学ガール ガロア理論編 補足

\(
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\)
この blog でこれまで読み進めてきたガロア理論の解説だと、山場の「方程式が代数的に解けるための条件は、ガロア群が可解であること」の部分の証明が、数学的帰納法を利用したかなり大掛かりなものになっていて、最初にガロアが考えていたときに、この巨大な構造を一から見抜いたということはなさそうに思える。当時の彼はおそらくもっと手の着けやすい所を突破口にしていったはずなのだが、その道筋は一体どうなっていたんだろう…?という疑問に応えてくれたのが、(私の読んだ範囲では)「数学ガール」のガロア理論編だった。

そこで書かれていた次の引用部が、私の疑問にズバリ応えてくれるものだった。(下線、傍点といった装飾は引用にあたり省略した)

つまり——
ガロア群が縮小するように方程式の係数体に冪根を添加できるなら、その縮小したガロア群が作り出す剰余群の位数は素数になる。
——ということだ。これは逆も成り立つ。つまり——
剰余群の位数が素数になるような正規部分群が存在するならば、ガロア群が縮小するように方程式の係数体に冪根を添加できる。
——ということだ。

このようなミクロの関係を認識したことで、「その繰り返しが最後まで実現できる条件」に自然に到達することができた、というのは非常に納得できる話だ。この部分をきちんと取り出して光を当ててくださった、「数学ガール」著者の結城浩さんに感謝。

さて、それはそれとして、「数学ガール」ガロア理論編を読んでいて、一部不備があることに気づいたので、(不備とは言えないくらいのささやかな補足も含め)一通り以下に載せておく。これらはすでに結城さんには連絡済みなのだが、ご多忙のためか同書の正誤表にはまだ載っていないようなので、引っかかった読者の利便性を考慮して、一足先にこちらで公開しておくことにする。

【 2014,5/30 追記】結城さんよりご連絡を頂きました。以下の点のうち、[8], [10] は今度の増刷で反映されるそうです(正誤表にも掲載されました)。なお、おそらく [9] は「反映するまでのことはなし」と判断されたのだと思います。非常に細かい点なので。

順番は、重要性の順でもページ順でもなく、順不同になっている。

[1] すでに 2012-06-19 付けの訂正で触れられている、「\(r\) は \(k\) ごとに固定しなければならない」と本質的に同じ話が、pp.172-173 でも必要。
p.172「\(p,q,r \in K\) として、\(p+q\sqrt{r}\) の形の数全体の集合を \(K’\) とする」
p.173 \(K’= \{ p+q\sqrt{r} \mid p,q,r \in K, \sqrt{r} \not\in K \}\)
あたりは、\(p,q\) は自由に取れるが、\(r\) は固定しなければいけない部分。(この2行だけではなく、周辺の記述も含めて)

[2] p.293 下段部分で \(\Q(\alpha)=K_n\) という前提で議論が進んでいるが、一般には \(\Q(\alpha) \subset K_n\) しか言えなくて、等しくなるとは限らないはず。例えば、\(K_0=\Q\) に、次の数を順に添加して拡大体 \(K_1, K_2, K_3\) を作ったとする。
\[ \sqrt{2}, \sqrt{3}, \sqrt[4]{2} \]
ここで、出来上がった体 \(K_3\) から数 \(\alpha\) として \(\sqrt[4]{2}\) を選び、\(\Q(\alpha)\) と \(K_3\) を比べてみる。\(K_3=\Q(\sqrt{2}, \sqrt{3}, \sqrt[4]{2}) = \Q(\sqrt{3}, \alpha)\) は \(\Q(\alpha)\) とは一致しない。つまり、私が何か大きな思い違いをしているのでなければ、一般に \(\Q(\alpha)\) は \(\Q\) と \(K_n\) の中間体であることしか言えず、作図不可能性の証明は
\[ 2^n = [K_n:\Q] = [K_n:\Q(\alpha)] [\Q(\alpha):\Q] \]
から得られる「\([\Q(\alpha):\Q]\) が \(2^n\) の約数である」ことから従うはず。(\(2^n\) の約数は \(2^l\) の形にしかなれないので、どの道 \(3\) にはなれないことには変わりない)

※ 上の例では \(\sqrt{3}\) という「\(\alpha\) の作図には不要(無関係)」な数を添加したために \(\Q(\alpha) \ne K_n\) となったわけだが、そのようなことをせず「\(\alpha\) の作図に最低限必要な数の添加だけ」で体の拡大を構成すると、もしかすると \(\Q(\alpha)=K_n\) も一般に言えるのかもしれない。ただ、そうだとしてもそれはちょっと考えた限りではそんなに自明なことではないように思える。

[3] p.394 \([L:K]=(G:H)\) が一般に成立するような書きぶりだが、この等式は \(L\) が \(f(x)\) の最小分解体の部分体である場合しか成立しない。

例えば、\(K=\Q\) 上で \(f(x)=x^2-2\) のガロア群 \(G\) を考えているとしよう。\(G\) は《すとん》と《どんでん》からなる \(G=\{[12], [21]\}\) である。ここで、\(f(x)\) の根とは無関係な数 \(\pm \sqrt{3}\) を添加して、正規拡大 \(L=K(\sqrt{3}, -\sqrt{3}) =\Q(\sqrt{3})\) を作る。このとき、定理 3 が教える通り、\(L\) 上の \(f(x)\) のガロア群 \(H\) は \(G\) の正規部分群となるのだが、今の場合、ガロア群は \(G\) のままで変化していない(p.390 定理 2 の「縮小しない場合」に当たり、\(H=G\) になっている。つまり、定理 3 の「正規部分群に縮小する」というのは \(H=G\) の場合も含めた言い方で、不等号で書けば「\(<\)」ではなく「\(\leqq\)」のことを「縮小する」と表現していることに注意)。よって \([L:K]=[\Q(\sqrt{3}):\Q]=2\), \((G:H)=1\) で、\([L:K] \ne (G:H)\) となっている。

今、体を \(K\) から \(L\) に拡大したにもかかわらず、ガロア群が変化しなかったのは「\(f(x)\) の根には無関係な数 \(\pm \sqrt{3}\) を添加したため、『あさっての方向』に拡大される無駄な拡大になってしまったから」である。一般に、\([L:K]=(G:H)\) が成立するのは、拡大 \(L\) が \(f(x)\) の最小分解体 \(K(\alpha_1, \dots, \alpha_m)\) の「中での」拡大に収まる場合の話で、\(L\) がそこから「はみ出して」しまうと成立しなくなってしまう。別の言い方をすると、この等式は補助方程式 \(g(x)=0\) の解 \(r_{1}, r_{2}, \dots, r_{p}\) がすべて最小分解体に含まれる場合に限ってなりたつ、ということになる。

※ なお、「数学ガール」ガロア理論編中では、「(ガロア群が)縮小する」と言っている場所がいくつかあるが、それらは今のように「縮小しない場合も含んでいる」こともあるし、「真に縮小する場合だけを指している(縮小しない場合は除いている)」こともある。後者の例は、この文章の最初で引用した『ガロア群が縮小するように方程式の係数体に冪根を添加できるなら…』『…ガロア群が縮小するように方程式の係数体に冪根を添加できる』がそうだ。どちらのタイプなのかは文脈から判断するしかないので、細かい点まで気をつけて読もうとしている読者の方はご注意。

[4] p.422 \(\Phi\), \(\Psi\) の定義域や終域が「\(L\) の部分体全体の集合」となっているのは不十分で、それでは対応が1対1にならない。扱う体を「\(K\) 以上 \(L\) 以下」、つまり \(K\) と \(L\) の中間体に限定しておく必要がある。

実際、\(K\) が真部分体 \(M\) を持つとき、それも \(L\) の部分体だが、\(M\) を \(\Phi\) でうつした群は
\[ \Phi(M) = \text{《$M$ の元を不変にする $G$ の部分群》}=G \]
となるので、\(K\) も \(M\) も \(\Phi\) で \(G\) にうつってしまい、\(\Phi\) が単射にならなくなる。

\(\Psi\) も、引数に最大の群 \(G\) を与えたときの像が \(\Psi(G)=K\) までしか縮まらないので、\(K\) よりも小さい体は \(\Psi\) の値域には入らない。

[5] p.403 補助方程式を \(x^{p}-r^{p}=0\) として定理 2 を適用しているが、定理 2 の仮定では補助方程式が \(K\) 上で既約であることが要請されているので、本当は既約性の確認が必要。今 \(\zeta_p \in K\) としているので \(x^p-r^p\) が \(K\) 上で \(1\) 次の因子を持たないことは明らかだが、\(2\) 次以上の既約因子を持たないことはそこまで自明ではない。「志賀本」ではアーベルの補助定理と呼ばれている定理だ

[6] p.396 定理 4 は、結論が「ガロア群 \(H\) は、\(r\) の値を不変にする置換のみからなる」とあるが、これは恐らく書き方がちょっとよくなくて、意図している所は「ガロア群 \(H\) は、\(r\) を不変にする置換全体と等しい」ではなかろうか。つまり、「\(H \subset \dots\)」ではなく「\(H = \dots\)」なのではないか、ということである。サボって、ガロアの第一論文を解説した他書に当たるという調査はしていないため、歯切れのよくない推測になってしまって申し訳ないが、続く段落では「\(H = \dots\)」だという前提の説明になっているようだし、その後(定理 5)での定理 4 の使われ方からしても、そうでないと筋が通らないように思える。

実際、単なる「\(H \subset \dots\)」だとすると、
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1193913806
に見られるように、「これは定理 1 からの単純な帰結(「既知ならば不変」)に過ぎず、定理として何も新しいことを言っていないのでは?」という話になってしまう。

さらに、もっと細かいことを言えば、「ガロア群 \(H\) は、\(G\) の置換のうち、\(r\) を不変にするもの全体と等しい」としないと正確さを欠く表現になってしまう、という問題もある。「\(G\) の置換のうち」と限定しておかないと、「\(r\) を不変にさえするならば、元々の \(G\) に入っていないような置換すら含んで構わない」ということになってしまいかねない。しかし、そのように解釈した場合、この主張は以下の通り偽になる。

例えば、第5章などで現れた角の3等分方程式 \(x^{3}-3x-1=0\) の場合、\(K=\Q\) 上のガロア群 \(G\) は《すとん》と2つの《ぐるりん》からなる巡回群 \(C_{3} = \{[123], [231], [312]\}\) になる(証明は省略)。解 \(\alpha_{1}\), \(\alpha_{2}\), \(\alpha_{3}\) から作られる有理式として \(r=\alpha_{1}\) をとってみた場合、\(K(r) = \Q(\alpha_{1}) = \Q(\alpha_{1}, \alpha_{2}, \alpha_{3})\) がなりたつ(これも証明は省略)ので、\(K(r)\) 上のガロア群 \(H\) は正しくは《すとん》のみ、\(H = \{[123]\}\) である。しかし、もしここで「\(G\) の置換のうち」と制限を付けずに「\(r\) を不変にする置換全体」を \(H\) としてしまうと、《どんでん》\([132]\) も適してしまう(\(\alpha_{1}\) を不変にする)ため、\(H=\{[123], [132]\}\) という間違った結果が得られてしまう。なので、定理 4 では「\(G\) の置換のうち」という制限を付けておかなければならないのだ。

実際、もしその制限を付けずに済んでしまうなら、定理 4 の仮定部で \(G\) に言及する意味がない。2行目の「体 \(K\) 上の方程式のガロア群を \(G\) とし、」を丸ごと削ってしまっても定理として成立してしまうことになってしまう。つまり、定理 4 は、「\(G\) の置換のうち」という制限を課すからこそわざわざ \(G\) にも言及している定理だ———と見るべきではないだろうか。

[7] pp.406-410 のミルカの説明にはまだ不十分な所が残っている。主要な点は以下の2つだ。

[a] ここでの \(\sigma\) は、p.406 で添加すべき値 \(r\) を作り出すときに用意した「ある1つの」置換。一方、\(r^p \in K\) を言うためには、\(G\) の「すべての」置換で \(r^p\) が不変であることを示さねばならない(それが「不変ならば既知」の使い方だった)。ミルカは「ある1つの」置換 \(\sigma\) で \(r^p\) が不変であることを証明しているが、なぜそれだけで「すべての」置換で \(r^p\) が不変とまで言えるのか?\(r\) の定義から、\(H\) の置換では \(r\) は不変(よって \(r^p\) も不変)であることは直ちに言えるにしろ、\(H\) に属さない \(G\) の置換で、\(\sigma\) 以外のものについてはどうなっているのか?
[b] p.410 の最後の所で、\(G\) は \(H\) に縮小すると述べられているが、その \(H\) は定理 3 を通じて再定義された正規部分群であって、p.406 でもともと \(\theta\) や \(r\) を定義するときに用いていた \(H\) ではない(定義が異なる)。紛らわしいので、再定義された方を \(H’\) と書くと、それぞれの定義(出自)は
\(H\) … ガロア群 \(G\) の正規部分群で、剰余群の位数が素数 \(p\) になるもの
\(H’\) … 作った \(r\) を \(K\) に添加することで縮小したガロア群
であり、元の \(H\) は「添加による縮小」とは関係なく、はじめに \(G\) から「勝手に」選ばれている。
定理 4 によって \(H’\) は
\(H’\) … \(G\) の置換のうち、\(r\) を不変にするもの全体の部分群
でもあるから、\(H’ \supset H\) は確かだが、なぜ \(H’=H\) とまで言えるのか?

もちろん、後書きに書かれているように、ここで一から十まですべてを説明することは最初から目標としていないことはわかっている。私も、補題1〜4や定理1〜5に厳密な証明が付いていないことは別に問題視していない。しかし、上の[a], [b]については、どうもミルカの説明ぶりからするに、「わかっていて深入りすることを避けた」のではなく、そういう問題があるということそのものに気づいていないように感じられる。それでこのような指摘に至ったわけだ。

[a], [b] の疑問点を解決するために、どこかで次のことに触れておくとよかったと思う。

『\(G\) に属し、\(H\) に属さないどの置換 \(\sigma\) を1つ固定しても、\(G\) は
\begin{equation}
\label{eq:27-1}
G = H \cup \sigma H \cup \sigma^{2}H \cup \dots \cup \sigma^{p-1}H
\end{equation}
という剰余類に分割できる。すなわち、\(\sigma^k\) の形だけで剰余群 \(G/H\) の代表元をすべて表すことができる。』

つまり、「\(G\) は \(\sigma\) と \(H\) で表せる部分で尽きている」ということで、これならば「\(G\) のどの置換でも \(r^{p}\) は不変」ということも「\(G\) のうち \(r\) を不変に保てるのは \(H\) の部分だけ」ということもすぐにわかり、[a], [b] は解決する。

※ なお、\eqref{eq:27-1}のように書ける理由は「\(G/H\) は要素数(位数)が素数 \(p\) の巡回群である」からで、さらにその理由は「要素数(位数)が素数の群は必ず巡回群になる」ということ。いずれも、「数学ガール」内では明示的に述べられてはいなかった、はず…。

※ [b] の方は、別の路線で示すことも可能。定理 4 により \(H’ \ne G \; (\because \sigma(r) \ne r)\) なので、定理 2 を(\(x^{p}-r^{p}=0\) の既約性を認めて)使えば \(\zettaiti{G/H’}=p\) が言えて \(\zettaiti{H’}=\zettaiti{H}\) となり、\(H’ \supset H\) とあわせると \(H’=H\) が言える。

[8] 【 2014,5/30 追記 】本日付けで正誤表に記載されました。今度の増刷でも反映されるそうです。
p.133 3行目で「僕」が「2次方程式の複素数解は必ず共役複素数になる」と言っているが、「複素数解」と言うと実数解も含むので、ここは「虚数解」にしておかないとちょっとまずい。(例えば \((x-1)(x-2)=0\) の解 \(x=1,2\) もれっきとした「複素数解」だが、これらは共役複素数ではない)

[9] p.170 中段の、\(A>0\) として一般性を失わないことの確認部で「もしも \(A<0\) だったら、\(B\) の符号を反転してやれば…」とあるが、ここでは \(A, B\) 両方の符号を同時に反転することを考えているので、\(B\) の反転のみに言及すると、混乱する読者もいるかも。思い込みに囚われないよう注意深く読むタイプの読者が、「\(A\), \(B\) 両方ではなく \(B\) のみに言及しているということは、\(A\) は反転しないということなのか…?」と深読みするとかわいそうなことになる。

[10] 【 2014,5/30 追記 】本日付けで正誤表に記載されました。今度の増刷でも反映されるそうです。
p.344 \((aH)(bH) \supset (ab)H\) の証明
式変形が 4 行続いているが、はじめに \(a(bh)\) に書き換えた時点で、直接それが \((aH)(bH)\) の元であることが言える(\(a \in aH\) かつ \(bh \in bH\) なので)。つまり、ここでは \(H\) が正規部分群であることを使う必要がまったくない。

※ 別に、「数学ガール」で「すべての証明は最も無駄なく行われなければならない」と思っているわけではない。簡潔でも無味乾燥で理解困難な証明より、冗長だが丁寧で理解しやすい証明の方がずっと価値があることは多いし、「僕」やテトラ、ユーリが行っている証明に多少の回り道があることは全然構わない——その方が教育的なことは多いだろうし、現役中高生が試行錯誤している姿としてはリアルだとも言えるだろう。しかしこれはミルカが行っている証明であり、しかもたどり着いた 4 行目で結論を導くのに使っているのと事実上同一の関係が、しょっぱなにすでに出現しているという状況である。それを考えると、ここでは余計な回り道に意義があるとは思えない。

[11] p.378 性質2《既知ならば不変》の確認
じっくり読んでみると、これはどうも確認になっていないように思われる。仮定から「\(r\) の値が \(\Q(a,b,c)\) に属している」ことを確認した後、本文は次のように続く。

解と係数の関係から、\(r\) は《\(\alpha_1\) と \(\alpha_2\) の基本対称式で表せる有理式》だといえる ………… ★

★からは「解と係数の関係を適用するとただちに基本対称式で表せる」というニュアンスが伺えるが、いざそのことを確かめてみようとすると、どうも簡単な説明が思いつかない。本文では、★に続いて

つまり、\(r\) は《\(\alpha_{1}\) と \(\alpha_{2}\) の対称式》であり…

と進むので、流れとしては「\(r\) が基本対称式で表されることがまず示され、その結果として対称式であることが示される」という順序になっている。つまり、(「基本」がつかない)単なる対称式であることを示すことに先行して、まず「基本」対称式で表される、というかなり強い性質がいきなり示される、という流れが想定されているのだが、果たしてそんな論法は存在するのだろうか?

このような、中間ステップとして「基本対称式で表される」ことを示すタイプの論法で馴染み深いのは、「対称式の値がすべて有理数になる」といった類の議論、つまり「性質1《不変ならば既知》」の方だ。これならば、「どんな対称式も、基本対称式で表される」という性質を途中で示す事情は非常によくわかる。

しかしその逆に、「対称式になる」ことを示すより先に「基本対称式で表される」ことが示される、という議論の流れはちょっと考えにくい。何か大きな見落としをしているのかもしれないが、少なくとも私は「対称式になる」証明としては、途中で「基本対称式で表される」ことを経由するタイプのものは思いつけなかった(後述)。2つ証明は作ってみたが、どちらも途中で「基本対称式で表される」ことを挟んだりせず、直接「対称式になる」という結論に至る。

なので私が思っているのは、「★はひょっとして『性質1』の確認の議論とどこかごっちゃにしてしまっているのでは?」…ということなのだが、どうなのだろうか(再度、もし私が大きな見落としをしているようだったら申し訳ない)。

▽「性質2」の証明その1
\(\alpha_1, \alpha_2\) は \(\Q(a,b,c)\) に \(\sqrt{D}\) を添加した体の元だから、それらを有理式 \(r\) に代入すると
\begin{equation}
\label{eq:27-2}
r(\alpha_1, \alpha_2) = S + T\sqrt{D}
\end{equation}
の形に整理できる(\(S, T\) は \(\Q(a,b,c)\) の元)。ここで、\(\alpha_1=\dfrac{-b+\sqrt{D}}{2a}\), \(\alpha_2=\dfrac{-b-\sqrt{D}}{2a}\) だから、\eqref{eq:27-2}で \(\alpha_1, \alpha_2\) を入れ替えることは \(\sqrt{D}\) を \(-\sqrt{D}\) に置き換えることと同じ。つまり
\[ r(\alpha_2, \alpha_1)=S-T\sqrt{D} \]
となる。よって、\(r(\alpha_1, \alpha_2)\) の値が \(\Q(a,b,c)\) に属するなら\eqref{eq:27-2}で \(T=0\) となるので、\(r(\alpha_1, \alpha_2)=r(\alpha_2, \alpha_1)=S\) となる。(証明終わり)
2次方程式の場合は、これが最も素直で平明な証明だと思う。これだと、★が言うような「解と係数の関係の利用により、『基本』対称式で表せることが示せる」という流れにはまったくならない。

▽「性質2」の証明その2
\(r\) が \(\Q(a,b,c)\) に属するとき、その値を \(R\) と置くと \(r(\alpha_1, \alpha_2)=R\)。また、解と係数の関係より \(\alpha_2=-\dfrac{b}{a} – \alpha_1\) なので
\[ r\Bigl(\alpha_1,-\dfrac{b}{a}-\alpha_1\Bigr)=R \]
となる。この式に、p.383 の「性質2の確認」と同様の議論を適用することによって、\(\alpha_1\) を \(\alpha_2\) に置き換えた
\[ r\Bigl(\alpha_2,-\dfrac{b}{a}-\alpha_2\Bigr)=R \]
もなりたつ(\(\because \alpha_1, \alpha_2\) の最小多項式は \(x^2+\dfrac{b}{a}x+\dfrac{c}{a}\) で共通)。この左辺は \(r(\alpha_2, \alpha_1)\) に等しいから \(r(\alpha_1, \alpha_2) = r(\alpha_2, \alpha_1)=R\) となる。(証明終わり)
こちらは、p.383 の一般の \(n\) の場合の話を、「\(n=2\) の場合はガロアの \(V\) としていつでも解 \(\alpha_{1}\) 自身を取ることができる」ということを使って行っただけである。辛うじて解と係数の関係は使っているものの、やはり「基本対称式で表せることが先に示され、それによって対称式であるとわかる」という流れにはまったくなっていない。

[12] p.395 流れの要約の最終項目で
\begin{equation}
\label{eq:27-3}
\text{$f_V(x)$ は $K(r_1, \dots ,r_p)$ 上で、同じ次数の既約な因子 $p$ 個に因数分解する}
\end{equation}
とあるが、これは正しくない。\eqref{eq:27-3}はおそらく p.390 の
\begin{equation}
\label{eq:27-4}
f_V(x)=f’_V(x,r_1) \times f’_V(x,r_2) \times \dots \times f’_V(x,r_p)
\end{equation}
を指して言っているのだろう。確かに、p.390 に書かれている通り、\eqref{eq:27-4}右辺の個々の因子は
\begin{align*}
& f’_V(x,r_1) \text{ は } K(r_1) \text{ で既約} \\
& f’_V(x,r_2) \text{ は } K(r_2) \text{ で既約} \\
&\vdots \\
& f’_V(x,r_p) \text{ は } K(r_p) \text{ で既約}
\end{align*}
とはなっている。したがって、「\eqref{eq:27-4}右辺全体としては、どの体の中での因数分解になっているのか?」というと \(K(r_{1}, \dots, r_{p})\)(\(K(r_{1}), \dots, K(r_{p})\) をすべて含む最小の体)ということになるので、そこから\eqref{eq:27-3}のように言いたくなる気持ちはよくわかる。しかしこの \(K(r_1,\dots ,r_p)\) という体は個々の体 \(K(r_k)\) よりも拡大された体なので、その中では個々の因子 \(f’_V(x,r_k)\) が既約でなくなってさらに因数分解が進む可能性がある。つまり\eqref{eq:27-3}の主張は、「\(p\) 個の因子の積で書ける」という部分は正しいのだが、その \(p\) 個が「\(K(r_1, \dots ,r_p)\) 上で既約」と言ってしまっている点がまずいのだ。

実際に、\eqref{eq:27-3}が成立しないような例を挙げる。\(K=\Q\), \(f(x)=x^3-2\) としよう。\(V\) としては例えば \(V=\sqrt[3]{2}(1-\omega)\) が取れる(証明は省略)。すると\(f_V(x)=x^6+108\) となり(これも証明は省略)、その根 \(V_1, \dots ,V_6\)は虚軸上に2頂点を持つ正 6 角形、\(\pm \sqrt[3]{2}\sqrt{3}i\), \(\pm \sqrt[3]{2}(1-\omega)\), \(\pm \sqrt[3]{2}(1-\omega^2)\) になる。当然、これらは \(f(x)\) の最小分解体 \(\Q(\sqrt[3]{2},\omega)\) に含まれる。

ここで、極端な例として、\(g(x)\) として \(f(x)=x^3-2\) 自身を採用してみる(\(p=3\) となる)。\(g(x)\) の根を \(r_{1}=\sqrt[3]{2}\), \(r_{2}=\sqrt[3]{2}\omega\), \(r_{3}=\sqrt[3]{2}\omega^{2}\) とすると、\eqref{eq:27-4}に当たる因数分解の一例は
\[ f_{V}(x) =
\underbrace{(x^{2}+3\sqrt[3]{2}^{2})}_{K(r_{1})=\Q(\sqrt[3]{2})\text{で既約}}
\times
\underbrace{(x^{2}+3\sqrt[3]{2}^{2}\omega^{2})}_{K(r_{2})=\Q(\sqrt[3]{2}\omega)
\text{で既約}}
\times
\underbrace{(x^{2}+3\sqrt[3]{2}^{2}\omega)}_{K(r_{3})=\Q(\sqrt[3]{2}\omega^{2})
\text{で既約}} \]
である(\(\sqrt[3]{2}^{2}\omega^{2} = (\sqrt[3]{2}\omega)^{2} \in \Q(\sqrt[3]{2}\omega)\), \(\sqrt[3]{2}^{2}\omega = (\sqrt[3]{2}\omega^{2})^{2} \in \Q(\sqrt[3]{2}\omega^{2})\) に注意)。

一方、\(g(x)\) の根すべてを添加した体 \(K(r_1,r_2,r_3) = \Q(\sqrt[3]{2},\omega)\) は \(f(x)\) の最小分解体なので、\(V_1, \dots ,V_6\) をすべて含んでいる。このため、\(K(r_1,r_2,r_3)\) 上では \(f_{V}(x)\) は
\[ f_{V}(x) = (x-V_{1})(x-V_{2})(x-V_{3})(x-V_{4})(x-V_{5})(x-V_{6}) \]
と \(6\) つの 1 次式の積に因数分解し尽くしてしまい、\eqref{eq:27-3}は成立しない。(このとき、\(f’_V(x,r_1)=x^{2}+3\sqrt[3]{2}^{2}\) などが \(K(r_1,r_2,r_3)\) 上で既約でなくなるのも明らかだろう)

一般の \(p\) の場合に戻ると、「\(L=K(r_1, \dots ,r_p)\) 上で \(f_V(x)\) が何個の既約因子に分解するか」というのは群指数 \((G:H)\) に等しいが、p.394 の式 \([L:K]=(G:H)\) より、さらに \([L:K]\) にも等しい([3]で述べた、\(r_{1}, \dots, r_{p}\) が \(f(x)\) の最小分解体に含まれている、という条件はみたされているとしよう)。つまり、

\(K(r_1,\dots ,r_p)\) が \(K\) の何次拡大になっているか

がその値になる。これが \(p\) 次拡大の場合は\eqref{eq:27-3}が成立するが、そうでないと不成立になるというわけだ。

なお本件は、話の大筋には影響しない。\eqref{eq:27-3}の下に続く話で必要となるのは「\(f_V(x)\) が \(K(r_1, \dots ,r_p)\) 上ではより細かく因数分解される」ということのみであり、既約因子の個数が \(p\) 個より増える分には問題ないからだ。なので、\eqref{eq:27-3}から「既約な」の一語を取り除けば問題はなくなる。

また、p.402 からの議論では、以下の2点を前提としているため、本書で実際に扱っている範囲では、\eqref{eq:27-3}がそのままで成立するようなケースしか出てこない。
● \(g(x)\) としては、「\(x^p-(\text{$K$の数})\)」の形のもののみを考える
● \(K\) は最初から \(1\) の原始 \(p\) 乗根 \(\zeta_p\) を含んでいるとする
(これらの条件から、p.403 でも書かれている通り、1つのべき根を添加するだけですべてのべき根を添加したことになり、\(K(r_k)\) と \(K(r_1, \dots, r_p)\) は同じ体になる。このため、\(f’_V(x,r_k)\) は \(K(r_1, \dots, r_p)\) でも既約のままになる)

さて、とりあえず、この blog を開設したとき書きたいと思っていたことは一通り書き終えた。今後、かなり長い間放置してしまうことになるかもしれないが、それを見かけたら「ああ、やっぱり」と思って頂きたい(笑)。

「数学ガール ガロア理論編 補足」への2件の返信

前略

素晴らしいウエッブサイト、ありがとうございます。

私は数学が好きで、何回かの挫折後、またぞろ「数学ガール ガロア理論」(初版)を読んでいる定年退職者です。

私の墓石には、「ガロアを理解した」と書いて欲しいと思っています。

さて、時間がおありでしたら、次の質問にお答え頂けないでしょうか。

この本の255ページに拡大体K,K(sq root of D), K(cub root of A + sq root of D)を表す図がありますが、Kにωやω^2が含まれています。ところが、この本の172ページでK=ℚと言っています。

質問です:どこでKにωやω^2が含まれてることになったのでしょうか?

お答え頂けたら幸甚です。

敬白

稲垣純

稲垣さん、コメントありがとうございます。お役に立てていれば幸いです。

お尋ねの件ですが、K という文字は状況に応じて色々な体を表すのに使うので、Q に等しいこともあれば、もっと大きい体である場合もある、と思えばいいと思います。確かに、p.255 での K は定義がはっきりしてない所が気持ち悪いですね。
7 章では、割と早い段階から ω を活用しているので、ω が「使っていい数(の集合)」に含まれていないと支障を来たす流れになっています。そこで、いちばん始めの体は ω を含んでいる(ことにする)、と暗黙のうちに仮定しているのでしょう。

これでお答えになっているでしょうか。

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