\(\newcommand{\Q}{\mathbb{Q}}\)
先日「その1」に追記した「『多項式としての』対称性が必要で『解を代入した値の』対称性では不十分」ということの意味がちょっとわかりにくいと思うので補足しておく。
置換に対する対称性として大半の人にとって馴染み深いのは、「多項式としての対称性」の方だろうから、まずその確認から。例えば、\(3\) 変数多項式
\[ f(x,y,z) = x^{2}y+y^{2}z+z^{2}x \]
は \(x \to y \to z \to x\) という変数の入れ替えを行っても不変で、
\begin{equation}
\label{eq:50-1}
f(x,y,z) = f(y,z,x) = f(z,x,y)
\end{equation}
がなりたっている。これは多項式としての等式であって、変数(不定元)\(x,y,z\) に何を代入してもなりたつ。したがって特に \(x, y\) に \(y, x\) を代入する、ということをしてもよくて、
\begin{equation}
\label{eq:50-2}
f(y,x,z) = f(x,z,y) = f(z,y,x)
\end{equation}
もなりたつ(確認しておくが、今の例では\eqref{eq:50-1}と\eqref{eq:50-2}の多項式は異なっていて、前者は \(x^{2}y+y^{2}z+z^{2}x\)、後者は \(xy^{2}+yz^{2}+zx^{2}\) である。「\eqref{eq:50-1}から\eqref{eq:50-2}が導かれる」からと言って、それらが同一の式になるわけではない。もちろん、\(f(x,y,z)=x+y+z\) のように、\eqref{eq:50-1}と\eqref{eq:50-2}の多項式が一致する場合もありうる)。
このように、「多項式としての」対称性は、置換群 \(\{e, (1,2,3), (1,3,2)\}\) に対する対称性\eqref{eq:50-1}が、同様の対称性\eqref{eq:50-2}も同時に保証する、という性質を持つ。
一方、「解を代入した値の」対称性はそうではない。つまり、多項式 \(f(x,y,z)\) の選択によっては、\(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) をある方程式の解としたとき、
\begin{equation}
\label{eq:50-3}
f(\alpha,\beta,\gamma) = f(\beta,\gamma,\alpha) = f(\gamma,\alpha,\beta)
\end{equation}
がなりたつのに
\begin{equation}
\label{eq:50-4}
f(\beta,\alpha,\gamma) = f(\alpha,\gamma,\beta) = f(\gamma,\beta,\alpha)
\end{equation}
は不成立の場合がある…と言ったら驚くだろうか。「え?どういうこと?\eqref{eq:50-1}\eqref{eq:50-2}と\eqref{eq:50-3}\eqref{eq:50-4}に違いなんてあるの!?」という方もおられるかもしれないので、論より証拠、実例をお目にかけよう。
\[ f(x,y,z) = x^{2}y+yz+zx \]
とおくと、
\[ \underbrace{f(1,-1,0)}_{-1} = \underbrace{f(-1,0,1)}_{-1} = \underbrace{f(0,1,-1)}_{-1} \]
はなりたつものの、
\[ \underbrace{f(-1,1,0)}_{1} = \underbrace{f(1,0,-1)}_{-1} = \underbrace{f(0,-1,1)}_{-1} \]
はなりたたない。
容易に見てとれるように、ここでは \(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) が「ただの数値」であり、「多項式の変数(不定元)」ではない、というのが重要な分かれ目だ。また、\(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) が値にすぎなくても、もしも\eqref{eq:50-3}が「すべての実数 \(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) についてなりたつ」ような等式だったとしたら、「多項式としての」等式\eqref{eq:50-1}がなりたつことも言えるので、そういう場合はもちろん\eqref{eq:50-4}もなりたつと言えてしまう。つまりここで説明しているのは「\eqref{eq:50-3}だからと言って\eqref{eq:50-4}とは限らないような多項式 \(f(x,y,z)\) と数値 \(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) が存在する」という話だ(上でもちゃんと「多項式 \(f(x,y,z)\) の選択によっては」「\(\alpha\), \(\beta\), \(\gamma\) をある方程式の解としたとき」と断っている)。一方\eqref{eq:50-1}\eqref{eq:50-2}の方は、詳しく述べれば「\eqref{eq:50-1}が多項式の等式としてなりたつようなどんな \(f(x,y,z)\) に対しても必ず、\eqref{eq:50-2}が多項式の等式としてなりたつ」という話だ。このように「\(\forall\)」と「\(\exists\)」の付き方の違いをきちんと踏まえれば、これらが見かけは似ていても実は本質的にかなり異なる話だということがわかるだろう。
後は余談になるが、こういった「多項式としての対称性」と「代入した結果の値の対称性」を混同してはいけない別のケースを見ておく。「多項式(の値)を不変に保つ置換全体の集合」というのがしばしば重要になってくるのはよくご存知だろう。例えばこんな話はよく目にする。
\(f(x_{1},\dots,x_{n})\) をひとつ固定すると、それを不変に保つ置換 \(\sigma\) 全体は群をなす。
これも、詳しく述べれば「多項式の等式として
\[ f(x_{1}, \dots, x_{n}) = f(x_{\sigma(1)}, \dots, x_{\sigma(n)}) \]
をみたすような置換 \(\sigma\) 全体は群をなす」という、「多項式としての対称性」に基づく話だ。ところがこれは「代入した値の対称性」だと成立しない。つまり、「\(\alpha_{1},\dots, \alpha_{n}\) をある方程式の解とすると、
\begin{equation}
\label{eq:50-5}
f(\alpha_{1}, \dots, \alpha_{n}) = f(\alpha_{\sigma(1)}, \dots, \alpha_{\sigma(n)})
\end{equation}
をみたすような置換 \(\sigma\) 全体は群になるとは限らない」のだ。これも実例は簡単に作れる。もしも群になるとしたら、\eqref{eq:50-5}をみたすような置換どうしの積も\eqref{eq:50-5}をみたす置換となるはずである。特に、\(\sigma\) 自身を合成した \(\sigma^{2}\) 等もそうなるから、\(\sigma\) を何度繰り返そうとも値は不変となるはずだ。では、次のような例を考えてみよう。
\(f(x,y,z) = xz\) とすると
\[ f(0,1,2) = f(1,2,0) ← \text{巡回置換$0 \to 1 \to 2 \to 0$に対し値が不変} \]
だから、上の考察から
\[ f(0,1,2) = f(1,2,0) = f(2,0,1) \]
となっていなければいけないはずだ。ところが容易に確かめられる通り、これはなりたたない。実際、この \(f(x,y,z)=xz\), \((\alpha_{1}, \alpha_{2}, \alpha_{3}) = (0,1,2)\) の場合、置換 \(\sigma\) が\eqref{eq:50-5}をみたす条件は
\begin{align*}
&\alpha_{\sigma(1)}\alpha_{\sigma(3)} = 0 \\
&\Leftrightarrow \alpha_{\sigma(1)}=0 \text{ or } \alpha_{\sigma(3)}=0 \\
&\Leftrightarrow \sigma(1)=1 \text{ or } \sigma(3)=1
\end{align*}
だから、そのような \(\sigma\) 全体の集合は
\[ \{e, (2,3), (1,2,3), (1,3)\} \]
であって群にはならない。
このように、「多項式の変数(不定元)\(x_{1}, \dots, x_{n}\) についての対称性」と、「ただの数値 \(\alpha_{1}, \dots, \alpha_{n}\) についての対称性」は、うかつに扱うと間違った議論にすぐ陥りやすい。注意しよう。
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