群について学ぶとき、正規部分群は避けては通れないものだ。しかし、群論の大抵の解説や教科書的なものでの正規部分群の定義・説明は大変解りにくいものになっている、と私は感じる。それは、正規部分群の「標準的な定義」をそのまま定義として採用してしまっているからだ。標準的な定義というのはこうだ。
群
の部分群 が
をみたすとき、は の正規部分群であるという。
あるいは、次の形を取ることもよくある。
群
の部分群 が
をみたすとき、は の正規部分群であるという。
しかしこんな書き方をされても、初めて正規部分群というものに接する人にとっては何が何やらさっぱりわからない。単なる「部分群」だったら非常に明快でわかりやすい概念だったのに、頭に「正規」がついた途端にさっぱりイメージの湧かない、意味不明なシロモノになってしまって大変にギャップが大きい。
もちろん、気の利いた文献ではその意味・意義というものを、具体例を交えて色々と説明してくれるし、その記述が十分上手で程なく読者が「正規部分群」というものの意義やイメージを的確に掴めるようになるものもあるのだが、しかしそういう書き方をするのなら、何も標準的な定義から入る必要はないのではないか。そうやって紙数を十分に費やす余裕があるのなら、まずは、正規部分群の意義が感じられるような舞台設定や道具立てを、豊富な具体例とともに準備しておき、その後定義に入ればよい。定義も、別に標準的な定義に縛られる必要はなく、用意した舞台や道具立てに沿った形で行っておき、後から「実は標準的な定義はこうなっていて、それと我々の定義はこれこれこのように一致する」という話をすれば十分だ。その方が、読者にとっても書き手にとってもずっと幸せになれるはずだ。
もちろん、標準的な定義にも「色々と準備を必要とせず、最小限の材料だけで到達できる簡潔な定義になっている」というメリットはある。「結局、正規部分群とは何なのか」のエッセンスを追究し、余分なものを削ぎ落とした結果がこのような形にまとめられているので、「必要最小限まで絞ると、たったこれだけで本質を表現できる」ということを味わう上では優れた定義だ。しかしそういう長所を長所として捉えることができるのは、正規部分群というものについて既に十分な運用経験を積んだ人に限った話であって、これが「初学者に最初に与える定義」として適しているかと言えばやはり否だろう。
それで、私が以前から思っているのは、「正規部分群の定義に先だって、まず群というものに『合同式』の類似品を導入することから始めるととてもわかりやすいのではないか」ということだ。整数の合同式の初歩的な知識を前提とする話にはなってしまうが、既に知っている人も多いはずのわかりやすい概念だし、知らない人でもそこら中に解説が転がっており習得するのも容易なはずなので、そのことは大きなハードルにはならないはず、というのが私の見通しだ。
「群に対する合同式もどき」には、副産物もある。群を学習するとあの「同型定理」が出てきて、これの証明がまた無味乾燥で理解するのに一苦労なのだが、合同式もどきを使うと、そこがグッと捉えやすくなるのだ。
というわけで、以下ではその企みに基づいて「合同式の知識を持つ読者に対する、正規部分群の定義と簡単な応用」を書いてみようと思う。(と言うか、同様の先行事例は間違いなく存在するはずで、それに比べれば私の解説など大して出来のよくない模造品に過ぎないだろうが、それでも群論の入り口で苦労している方の助けに少しでもなれば、と思いこうやって公開しておく)
まず、合同式の基本的な性質を軽く復習しよう。例として、ここでは
もう1つ重要なポイントは、「同値類による分類」だ。
つまり、整数全体
ここで、
であり、これは
すると、上の合同式の性質から、次のようなことがわかる。「
今は足し算を例にとったが、当然引き算・掛け算に対しても同様のことがなりたつ。つまり、一般に、こういうことになる。
やはり、「
このことから、何が読み取れるだろうか。色々あると思うが、ここでは
和・差・積を同値類どうしの演算に自然に拡張できる
ということに着目する。上の例だったら、同値類
このように、和・差・積を同値類どうしの間の演算に拡張する上で重要なのが、
ですべて同じで、食い違いは生じないのだ。
ピンとこない人は、別の例として、
差や積も同様で、
のようにして和・差・積を同値類
このことは、こう言い換えることもできる。同値類の和
同値類の和・差・積は、それぞれの任意の代表元による和・差・積から自然に定まる
ということであり、「代表元の選び方の任意性によって結果に破綻が起きない」ということを保証するのが合同式の基本性質
さて。ここからようやく群の出番になる。今の話は全整数
の上にうまく「合同式」というものを定めて、集合どうし(同値類どうし)の演算が可能になるようにしたい
ということである。それには、
(整数
【第1段階】
式で書くと次のようになる。
群の合同式・暫定お気軽版
群
の部分群 を1つ固定する。「 」であるときに、「 」と書く
以下の議論で利用しやすいように、
が言えることに注意しておく。
【第2段階】
上で注意した通り、今の「暫定版定義」ではまだ不十分だ。それは、これだけでは
ではまず、上の暫定的定義で
がなりたっていると仮定しよう。そして、
を導くことを試みる。
となる。ここで、もしも
と式変形が進んで目論見通り
以上から、今の合同式の定義では
という変形が起きていれば実の所十分なのである!
この式の意味をちょっと説明しておく。左辺で
実際、
以上のことをまとめると、次のことがわかる。
は、 をみたすような特殊な部分群とする。つまり、任意の と任意の に対して、 となる が 中に存在する。このとき、 が成立する
言い換えると、
の要素を固定して、部分群 の要素との演算順序を入れ替えるとき、後者の変化が の中に留まるなら、演算 に関しては を等号のように扱ってよい
ということになる。
上でも注意した通り、非可換群ではこんなことがなりたつ
のように同値類どうしの演算を定義できるような部分群が正規部分群なのである。
したがって、「群の合同式」の正式な定義は次のようになる。
群の合同式・正式版
群
の正規部分群 を1つ固定する。「 」であるときに、「 」と書く。
が正規部分群であることから、演算 は「 」による同値類どうしに自然に拡張でき、
がなりたつ。
「正規部分群とは何なのか?」について、補足しておこう。
もし
と の演算の順序をひっくり返しても、 は大して大きく変化しない
ということになる。これは、
もちろん、「演算順序逆転の影響が皆無」である場合が「可換」だから、「準可換」というのは「可換」に類似した「よい性質」であると言える。すなわち、正規部分群とは
「準可換」というよい性質を、
のすべての要素に対し持っているような要素からなる部分群
と言い表すことができる。つまり、正規部分群とは「たとえ群が非可換であっても、その中に可換性の香りを帯びた構造を構築できるような素材」であり、そのご利益が「
この流れの中に位置づければ、この記事の最初の方で「正規部分群の標準的な定義の1つ」として引用した「
なお、
さて、同値類
を考えるのは自然な発想だろう。この
という
それと同様に、
)。
この、演算
商群
終わりに、我々の正規部分群の定義が、標準的な定義と一致することを確かめておこう。まず、
である。
も言える。したがって、我々の正規部分群は、標準的な定義での正規部分群になっていることが確かめられた。
逆に、
とおける(ただし、
で、
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