\(\DeclareMathOperator{\Irr}{Irr}
\DeclareMathOperator{\Gal}{Gal}
\newcommand{\zettaiti}[1]{\lvert #1 \rvert}\)
以下の文章で、「本文書」というのは「ガロア理論入門ノート」のことを指す。
■ p.29 補題32 主張の書き方がちょっとよくなくて、初見では正しく意図を理解するのが困難になってしまっている。本来の意図は
「\(\forall\theta\in L
\left[
\sum_{i=1}^{n} \alpha_{i}\sigma_{i}(\theta)=0
\right]\)」をみたすような \(\alpha_{i}\) は \(\alpha_{1}= \dots = \alpha_{n} =0\) のみに限られる
ということなのだが、普通に読むと、「\(\theta \in L\) を任意にひとつ固定すると、\(\sigma_{1}(\theta), \dots, \sigma_{n}(\theta)\) は \(L\) 上1次独立」という感じに読めてしまう。これだと \(\theta=0\) の場合に簡単に破綻するので、「そうではない」ということはすぐわかるのだが、改訂前の文書では現在残っているミスプリ(後述)だけに留まらない結構痛いミスプリがあったせいもあって、最初は手さぐり状態で正しい意図を読み取るのに苦労した。
■ そういうこともあるので、ここでは補題32・定理33の流れについての大まかな見通しを先に紹介しておく。まず定理33は、大雑把に言うと「べき根拡大 \(\fallingdotseq\) 巡回拡大」ということを証明している。そして補題32はその中で「巡回拡大は(ある条件のもとで)べき根拡大になる」ということを言う部分でのみ使われており、しかもそこで使われている形は
\(\theta\) をうまく選べば
\[ \theta + \zeta^{n−1}\sigma(\theta)+ \dots +
\zeta^{n−i}\sigma^{i}(\theta) + \dots + \zeta \sigma^{n−1}(\theta) \ne 0 \]
がなりたつようにできる
という弱い形になっている。(つまり、補題32の対偶で
\((\alpha_{1}, \dots, \alpha_{n}) \ne (0, \dots, 0)\) なら、\(\theta \in L\) の中には \(\sum_{i=1}^{n} \alpha_{i}\sigma_{i} (\theta) \ne 0\) をみたすものがある
がなりたつので、特に \((\alpha_{1}, \dots, \alpha_{n}) = (1, \zeta^{n-1}, \dots, \zeta)\) としてそれを利用している)
本文書で補題32を使っている箇所は他にないので、補題32はこの弱い形を示せさえすれば十分なのだが、そうした所で特に証明が簡単になるわけではない(恐らく)ので、実際に掲載されているような形で述べられているのだろう。
…と思ったが、後から学んだことによって、この補題32は次のように一般化した形でもっと簡単に(というか、不自然さ・不自由さがない形で)証明できることがわかった。
定理 \(L\), \(M\) が体で、\(\sigma_{1}, \dots, \sigma_{n}\) が互いに異なる準同型 \(L \to M\) であり、\(\alpha_{1}, \dots, \alpha_{n} \in M\) のとき、
\[ \forall \theta \in L, \alpha_{1}\sigma_{1}(\theta) + \alpha_{2}\sigma_{2}(\theta) + \dots + \alpha_{n}\sigma_{n}(\theta) = 0 \]
をみたす \(\alpha_{i}\) は \(\alpha_{1}=\dots = \alpha_{n}=0\) に限られる。
証明 \(n\) に関する数学的帰納法。\(n=1\) のときは \(\forall \theta \in L, \alpha_{1}\sigma_{1}(\theta) = 0\) なので、特に \(\theta=1\) をとれば \(\alpha_{1} \times 1=0\) より \(\alpha_{1}=0\) が言える。
次に、\(n\) を \(n-1\) に置き換えた主張が成立しているとする。\(n\) のときの式で、\(\theta\) を \(\eta \theta\) で置き換えると
\[ \forall \theta, \eta \in L, \sum_{i=1}^{n} \alpha_{i} \sigma_{i}(\eta)
\sigma_{i}(\theta) = 0 \]
で、この等式と
\[ \forall \theta, \eta \in L, \sigma_{1}(\eta)
\biggl(
\sum_{i=1}^{n} \alpha_{i}
\sigma_{i}(\theta)
\biggr) = 0 \]
の差を取ると \(i=1\) の項は消え、
\[ \forall \theta, \eta \in L, \sum_{i=2}^{n} \alpha_{i}(\sigma_{i}(\eta) –
\sigma_{1}(\eta)) \sigma_{i}(\theta) = 0 \]
となる。\(\alpha_{i}(\sigma_{i}(\eta) – \sigma_{1}(\eta)) \in M\) なので、\(n-1\) での仮定より
\[ \forall \eta \in L, \alpha_{i}(\sigma_{i}(\eta) – \sigma_{1}(\eta))=0
\quad (i=2,\dots, n) \]
である。\(\sigma_{i} \ne \sigma_{1}\) より、\(\sigma_{i}(\eta) \ne \sigma_{1}(\eta)\) となる \(\eta\) が \(i=2,\dots, n\) のそれぞれに対して取れるので、\(\alpha_{i}=0 \quad (i=2,\dots, n)\) である。すると \(\forall \theta
\in L, \alpha_{1} \sigma_{1}(\theta) = 0\) となるので、\(n=1\) の場合と同じで \(\alpha_{1}=0\) \(\square\)
元々補題32の証明には \(K\) は全然顔を出しておらず、もう少し一般化した形で題意がなりたちそうであることは示唆されていた。問題はどの程度一般化できるかということだったが、補題32では \(n\) は \(\Gal(L/K)\) の要素数として固定されていて動かせなかったり、\(\sigma_{1}, \dots, \sigma_{n}\) は群をなしていないといけなかったり、ということで色々不自由さがあって少々ややこしい証明になってしまっていたが、実はそういう要素を取っ払って仮定を簡素化し、定理として強い形に書き直してやるとうまく数学的帰納法に乗るようになって、却って容易に示せるようになっている、という次第。
■ 補題32の主張ラストの「\(\Gal(L/K)\) の元である」は、念のために補足すれば「異なる」元であるということ、つまり \(\sigma_{1}=e, \dots, \sigma_{n}\) が \(\Gal(L/K)\) の元をすべてリストアップしたものであるということを言っている。
■ 補題32のミスプリは、証明中で差をとっている2式のうち、2つ目の式の中辺の最後の項の「\(a_{n} \eta \sigma_{i}(\theta)\)」の部分に残っている。\(a\) となっている所は \(\alpha\) が正しく、\(i\) となっている所は \(n\) が正しい。つまり正しく書くと「\(\alpha_{n} \eta \sigma_{n}(\theta)\)」である。
■ 定理33のミスプリは以下の通り。(1)の証明中、等式途中の「…\((\theta + \zeta^{n−1} \sigma(\theta) + \dots + \zeta \sigma^{n−1}(\theta)\)…」の部分は、先頭に「\(\zeta\)」を補い、末尾に「かっこ閉じ」を補うのが正しい(あるいは、先頭はそのままで、末尾に「\()\zeta\)」を補う)。
また、(1)の証明の最後の行の先頭で、「あ」と「り」が重なってしまっている。
■ このようにミスプリを修正した上で補題32の証明を読んでみると、これは以前紹介した http://d.hatena.ne.jp/lemniscus/20110803/1312380831 の \(\zettaiti{\Gal(L/K)} = [L:K]\) の証明(の一部)と非常に似通っている。つまり、本文書でこのように補題32を配置するのであれば、\(\zettaiti{\Gal(L/K)} = [L:K]\) の証明もこの流れの中に位置づけるのも一案、ということだろう。
■ p.30 定理33(1)の補足をもう少し。ここで最大のポイントは、
\(\sigma(\alpha) = \alpha \zeta\) となるような \(\alpha \in L\) が存在する
ということだが、具体的には
\[ \alpha = \theta + \zeta^{n-1} \sigma(\theta) + \zeta^{n-2}
\sigma^{2}(\theta) + \dots + \zeta \sigma^{n-1}(\theta) \]
とおくだけで、\(\theta\) によらず \(\alpha\) はその条件をみたしている。
ここで、さらに「\(\alpha\) として \(0\) 以外のものがとれる」ということがもう1つのポイント(\(\alpha=0\) なら \(\sigma(\alpha) = \alpha \zeta\) は自明)で、その確認のためだけに補題32は利用されている。
■ さらに定理33(1)で、ここでは \(\theta\) は \(\alpha \ne 0\) になるようなものでありさえすれば何でもいいわけだし、\(\zeta\) を別の原始 \(n\) 乗根 \(\zeta^{2}\) 等に置き換えても(\(\alpha = 0\) になってしまわない限り)以下の話は成立するので、適する \(\alpha\) は何通りも取れるはず。しかしそのどれを \(K\) に添加しても \(K(\alpha)\) は \(L\) という同じ体になる、ということ。つまりそういった \(\alpha\) の違いは \(\sqrt{2}\) と \(2\sqrt{2}\) といった trivial な違いにすべて収斂する、ということで、それはなかなかすごい話だ。
■ p.30 定理33(2)補足
(2)の証明で、\(L=K(\alpha)\) が \(X^{n}-a\) の最小分解体、というのは、別に \(\alpha, \zeta\alpha, \zeta^{2}\alpha, \dots, \zeta^{n-1}\alpha\) が相異なるかどうかとは無関係に言える。「相異なる」というのはその後の「ガロア群から \(\{1,\zeta,\zeta^{2}, \dots, \zeta^{n-1}\}\) への写像が定義できる」ことを言う所で必要になるだけ。
さらに、その「相異なる」が成立しない \(\alpha=0\) の場合も別に定理の仮定には反しないので、その場合は別個に場合分けしておく必要がある。
■ p.30 定理33(2)
「\(\Gal(L/K) \owns \sigma_{i}\) を \(\sigma_{i}(\alpha)=\alpha \zeta^{i}\) と定義すると」…☆ というのは紛らわしい表現。これだと、「\(i=0,1,\dots, n-1\) の各々に対して \(\sigma_{i}\) という写像を定義している」ように見えてしまう。しかし実際にはそうではなくて、「\(\zeta\) の指数に現れる値の方から、\(\sigma_{i}\) という表記法を定義する」というのが☆の意図である。
詳しく述べると、まず☆の直前までの話から、「\(\Gal(L/K)\) の元 \(\sigma\) のひとつひとつに対して、\(\sigma(\alpha) = \alpha \zeta^{i}\) となるような \(i\) が存在する」ということは問題ないだろう。(以下 \(\alpha \ne 0\) として)この \(\zeta\) の指数 \(i\) は \(\sigma\) を決めると \(\bmod n\) で一意に定まるので、\(0\)〜\(n-1\) の範囲に限定すれば \(i\) は \(\sigma\) によって一意に決まる。そこで逆に、この指数 \(i\) を添字に付けることで \(\sigma\) を区別することにすれば、先ほどの \(\sigma_{i}(\alpha)=\alpha \zeta^{i}\) という式が出てくる、というわけだ(\(K(\alpha)\) 上で考えているため写像 \(\sigma\) は \(\alpha\) の行先によって一意に定まるから、指数 \(i\) だけで写像を一意に特定できる)。
ここで、\(\zeta\) の指数に現れる値は \(0,1,\dots,n-1\) の一部でしかない可能性がある。例えば \(\Gal(L/K)\) の元は \(3\) 個しかなくて、指数に現れる値は \(i=0,2,4\) だけ、ということもありえて、その場合は \(\Gal(L/K)\) の元を \(\sigma_{0}, \sigma_{2}, \sigma_{4}\) と命名する、というのが☆の意味する所である。この例の場合は \(\alpha\) の像 \(\sigma(\alpha)\)が \(\alpha\zeta^{1}\) や \(\alpha\zeta^{3}\) になるような \(\sigma \in \Gal(L/K)\) は存在しない、というわけだ(それで別に矛盾は生じない)。
■ p.30 定理33(2)証明の最後で、\(\Gal(L/K)\) が巡回群になると結論するところでは、「巡回群の部分群はやはり巡回群」ということを使っている。これはちょっと自明とは言い切れない所があるので、一応証明しておかないとまずいだろう。
ただし、本文書の主定理で必要とするのは「\(\Gal(L/K)\) が可解群」ということだけで、巡回群ということまで踏み込む必要は実はない。「可解群」の証明は以下の通り容易である(簡単に可換群であることが言える)。
\(\sigma, \tau \in \Gal(L/K)\) に対し、\(\sigma(\alpha) = \alpha \zeta^{a}\), \(\tau(\alpha) = \alpha \zeta^{b}\) とおく。
\[ (\sigma\tau)(\alpha) = \sigma(\tau(\alpha)) = \sigma(\alpha \zeta^{b})
= \alpha \zeta^{a} \zeta^{b} \]
の右辺が \(a\), \(b\) について対称なので、\(\sigma\tau = \tau\sigma\)。つまり \(\Gal(L/K)\) は可換群であるから、可解群でもある。\(\square\)
(つまり、可解性(可換性)を示すだけなら \(\{1,\zeta, \dots, \zeta^{n-1}\}\) への準同型写像は特に考える必要がない)
■ p.34 定理34
証明では、ガロア群の構造の詳細に立ち入った議論をしていて、それは更に先に学習を進める際に大いに参考になること(と言うか、知っておくべきこと)ではあるだろうが、この定理34の証明に絞れば、以下のようにもっとざっくりとした議論で十分ではある。
(\(K(\zeta)\) が \(K\) のガロア拡大であることを確かめた後、)\(\zeta^{n}=1\) より、ガロア群の要素による \(\zeta\) の像もやはり \(X^{n}=1\) の解なので、\(\zeta\) のべき乗で表される。よって \(\sigma, \tau \in \Gal(K(\zeta)/K)\) に対して \(\sigma(\zeta) = \zeta^{a}\), \(\tau(\zeta) = \zeta^{b}\) とおけるので、
\[ (\sigma\tau)(\zeta) = \sigma(\tau(\zeta)) = \sigma(\zeta^{b}) =
(\zeta^{a})^{b} = \zeta^{ab} \]
である。この右辺が \(a\), \(b\) について対称なので、\(\sigma\tau = \tau\sigma\)。つまり \(\Gal(K(\zeta)/K)\) は可換群。\(\square\)
(つまり、\(\zeta\) の像が原始 \(n\) 乗根かどうかは特に気にしなくても、可換性だけなら言えてしまう)
■ 定理34では、拡大次数が \(n-1\) 以下、ということにも触れておくと定理37の証明がスムーズに行くだろう。(\(\zeta\) は \(1+\zeta+ \dots +\zeta^{n-1}=0\) をみたすので、\(\Irr(\zeta, K)\) の次数は \(n-1\) 以下(この結論は \(K\) によらない))
■ 定理34の証明で「\(\Gal(K(\zeta)/K) \owns \sigma_{r}\) を \(\sigma_{r}(\zeta) = \zeta^{i_{r}}\) と定義する\((1 \leqq r \leqq h)\)」の部分も☆と同様な紛らわしさがあるので注意。
■ なお、定理34の証明の5行目で「\(\{\zeta^{i_{1}}, \dots, \zeta^{i_{n}}\}\)」の最後の指数は \(i_{n}\) ではなく \(i_{h}\) が正しい。
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