「ヤマトの原作者は松本零士」………と思っている方は少なくないでしょ う。が、それは正確な認識ではありません。このページの目的は、「ヤマト」 の「原作」「原作者」について、よくある誤解を解くことにあります。
なお、本ページの内容は、ほぼすべて「ロマンアルバムエクセレン ト53・54 宇宙戦艦ヤマト PERFECT MANUAL1・2」(1983,徳間書店/雑誌コー ド 61577-70・71) に基づいたものであり、別に私は「自分だけが知 る、秘められた真実」を告発しているようなつもりはまったくないことを申し 添えます。
(上掲資料は、現在では入手が困難でしょう。現在でも比較的入手しやすい 資料として、第1作 テレビ版の DVD-BOX を挙げておきます。封入の冊子の説明はコンパクト でよくまとまっていますし、「PERFECT MANUAL」にも載っていない事情も一部 カバーしてあり、良質の資料です)
多くの人が、「ヤマト」を「松本零士」の名前と結び付けて記憶している ことでしょう。実際、シリーズの中には「原作」としてクレジットされている ものも存在しますし、また近年再発売されているビデオ・LD・DVDなどでは、 どれも「原作 松本零士」というクレジットが追加されているようです。
しかし、あまり知られていないことかもしれませんが、実は松本零士は 「ヤマト」の「マンガ版原作者」ではありません。確かに、 松本零士が描いた「マンガ版ヤマト」は存在します。しかしそれは、彼が「ヤ マト」の原作者であることを示している訳ではありません。
「ヤマト」は、もともと最初からテレビアニメシリーズとして企画さ れたオリジナル作品であり、「原作マンガ」は存在しません 。松本零士のマンガ版は、テレビアニメ作品をマンガ化したも のだったのです。
この点、「ヤマト」は「999」や「ハーロック」、「1000年女王」など の、純・松本原作マンガのアニメ化作品とは趣を異にします。これらの松本ア ニメに比べて「ヤマト」が松本色が薄いことを不思議に思った方もいるかもし れませんが、それにはこのような背景があった訳です。
しかも、企画当初の最初のオリジナルスタッフには、松本零士は含まれて いません。上記の資料によると、一番最初のアイディアを作っていったのは、 西崎義展(プロデューサー)・ 藤川桂 介(メインシナリオライター)・豊田有恒(SF作家。ヤマトには「SF設定」 の役職で参加)の3名だったようです。
1973年の春に、「宇宙ものをやりたい」という西崎の依頼を受け、藤川・ 豊田の両名がそれぞれ別個に企画案を作りました。藤川案は「宇宙戦艦コス モ」、豊田案は「アステロイド6」というタイトルがついていますが、この段 階で既に、「異星人の攻撃を受け、放射能に汚染された地球を救うため、 若者たちが宇宙戦艦に乗り組み、旅立つ」というストーリーの骨子は出来上がっ ています。また、豊田案には既に、地球に救いの手を差し延べ、放射能 除去装置の提供を申し出る星の名として「イスカンダル」が現れています。
この企画案に基づいて、テレビ局に売り込みをかけるために 企画書が作ら れています。この企画書をまとめるに当たって、「ワンサくん」で西崎と組ん でいた山本暎一がまとめとクリーンアップを行ったようです。この段階で既に 「宇宙戦艦ヤマト」というタイトルが決定していますが、この時点ではまだ、 松本零士は参加していません。しかも、「ヤマト」は小惑星の内部に 宇宙船を組み込んだものであって、旧日本海軍の戦艦を改造した物ではあ りませんし、敵もガミラス星人ではなくラジェンドラ星人という名前 になっています(このあたりは「アステロイド6」の設定をそのまま引き継いで いる)。
この企画書には、「光波エンジン」や「空間波動砲」など、後の「ヤマト」 に受け継がれていく装備の名の原型が見えますし、必要に応じて纏っている岩盤 を解放して、リング状に船体の周りを回転させる、という、後の「アステロイド ベルト」に当たるギミックが、「ヤマト」という船の特徴として紹介されていま す。また、「人類滅亡まで、あと365日」と期限を切り、それに間に合わせ るために「ワープ」を繰り返して恒星間の距離を跳躍・踏破していく、という構 成も、この時点で固まっていたようです。さらに、イスカンダルでは放射 能除去装置の完成品ではなく、設計図を受け取り、帰りの道中に完成させる、と いう構想も、この時点で存在しています。
しかし、まだ登場人物の設定や名前は、見たこともないようなものがほと んどです(僅かに、相原義一とアナライザーの名前が見える)。また、メカニッ クも登場人物も、ビジュアル面ではかなり野暮ったいものが大半ですし、ストー リー的にも、最後地球に生還するのが主人公たった一人、と、悲劇色の強い物 になっています。(敵ラジェンドラ星人の本星と対決するのも、放射能除去装 置が完成した後であり、それを用いてラジェンドラ星の放射能を浄 化してしまうのが勝利の決め手となる模様です)
松本零士の登場はここからのようです。当初彼は「美術監督」として招か れたということです。現在は「美術」というと「背景を描く役職」を思い浮か べますが、そのイメージはここでは正しくありません。当時はまだ「メカ設定」 「キャラ設定」などの役職がアニメの制作現場に存在しておらず、「美術」と いう言葉に統合されていました。西崎はこのようなトータルな面を統括するス タッフとして、松本零士に声をかけたそうなのです。
もともとアニメ制作に興味のあった松本はすぐにもっと深く作品に関わる ようになり、「ヤマト」のありとあらゆる面に影響を及ぼすようになりました。 収録されている松本のメモによると、ここでようやく我々のよく知る登場人物 名が現れ出し、また「ヤマト」は戦艦大和を改造したものとなります。イスカ ンダルの場所も、豊田案で銀河系の中心寄りとなっていたのが「マゼラン雲」 へと変更されました。敵の名前を「ガミラス」にしたのもおそらく松本でしょ う。
松本のメモはかなりの分量に上ります。地球を出発してからのヤマトが、 どのような試練を経てガミラス軍を突破し、イスカンダルに到達し、また戻っ てくるか、とか、39話分のプロット進行表、人物組織図などが詳細に記されて おり、最終的な「ヤマト」の色合いを決めたのが松本だったことがよく解りま す。ただし、この頃はまだ「キャプテン・ハーロック」が重要な要素として作 中に登場することになっていたのですが。
また、登場人物やメカニックのビジュアル面の設定も、松本の原案によっ て、企画書段階よりずっと深みのある、魅力的なものに生まれ変わっています。
松本零士は、内容面でも、ビジュアル面でも、「ヤマト」の最大の貢献者 の一人であることに議論の余地はありません。彼がいなかったら、「ヤマト」は 決して我々の知る姿にはならなかったことは間違いないでしょう。
と同時に、彼がヤマトの「原作者」でないこともまた明らかです。後の姿 と大きく異なるとは言え、「ヤマト」の一番のエッセンスの部分は、松本零士 とは独立に、西崎・藤川・豊田・山本によって作られている訳で、仮に「原作 者」と呼ぶべき人々がいるとしたらこの4人を挙げるべきでしょう。
※文中敬称略