椎名作品Q&A 過去ログ

No. 867 枕にこだわりました

Iholi : 04/05/24(Mon) 03:05

> >  よく見ると横島の部屋のベッドには、横島用の枕が置いてありました。察するところルシオラは、この横島の枕を抱えて来たのでしょう。
> >  どうしてまたそんなことをしたのでしょう。
> > 「道端でもいいからヤろう」
> >  ということなんでしょうか?
>  枕を抱えていたのは、まさか道端ということはないにしても、近くの使われていないコテージか何かに横島を引っ張り込み、そこで強引に横島とヤる。そういうつもりだったのでしょう。

 しかし何故に枕に拘るかな!?(笑) そっちの意味では
少なくとも必要条件とは謂えないでしょう。
 と云う訳で、そもそもルシオラが忠夫の部屋に向かう際
に枕を持参したのは何故か、そこから考えてみましょう。
 以下、引用は特に指示の有るものを除き「ワン・フロム・
ザ・ハート!!」からとします。

 まず、枕はひとつベッドで忠夫と共に朝を迎えようとす
るルシオラの意思を暗示します。枕の大きさを見れば判る
ように、一つきりの枕で二人が頭を並べるのは少々難しそ
うです。だからと云って、いきなり最初から男の腕枕を期
待するような大胆さも見せたくありません。現に彼女はイ
ンナー姿でであっても「下品じゃない」事に拘ります(31
巻29頁)。つまり朝まで一緒に過ごしたいと云う積極的な
意志を、過剰にならない程度にそっと表明したい、そんな
おくゆかしい気持ちの表れとも見られるのです。
 次に、枕を抱える事でルシオラ自身が安心できます。別
に何をするわけでもないでしょうが、経験的に、緊張して
いる人間は手ぶらでは何かと落ち着かないものです。小さ
い子供が縫いぐるみを抱き締めて安眠するように、何かを
手にする事で精神の安定を図っているのかもしれません。
 また、外見上のバランスの問題も有るかも知れません。
マンガ表現的にはデザインの話ですが、実用的には服飾の
調和の話です。振袖には巾着、ウェイトレスには銀色のト
レイ、チャイナ・ドレスには羽毛扇子がそれぞれ欠かせな
い?ように、寝巻には枕と云う取り合わせは衣装の定判で
あり、小道具を欠くと少々物足りないものです。更にイン
ナー姿で忠夫の部屋に入室した時(同巻30頁)には、胴体
部分を覆い隠すのにも一役買った事でしょう。また、その
性質上、安らぎも感じさせます。

 と云う事で、枕には実用の他に様々な意味(以下、枕の
3要素、と呼ぶ)が込められていた可能性がある訳ですが
……それらの全ては、ルシオラが抱いたひとつの壮絶な決
意を忠夫に悟らせず、且つ自身の決意が揺らがないよう、
またその時々をできる限り美しい物としたい……ぼくには
彼女のそんな狂おしい情念が感じられるような気がしてな
りません。愛への渇望(エロース)と死への欲望(タナト
ス)は決して矛盾しないのです(「煩悩の部屋」の評論コー
ナに在る、ルシオラに関する心理学的考察は必読です)。
 ひょっとしたら恐くなって逃げ出してしまうかもしれな
い、うまくいったとしても自分は朝日を拝めるまで身体が
保たないかもしれない、でも、それでも「おまえの―――
―思い出になりたいから、」……これは魂の姉妹であるパ
ピリオが「自分の思い出を残したい」(「その後の仁義な
き戦い!!」30巻89頁)と願った衝動に軌を一にするものか
も知れません(アシュタロスと一蓮托生なベスパと対比)。


 では、以上の議論を踏まえて、忠夫の部屋に向かう以外
の場面に於ける枕について考えてみましょう。
 それは(その2)の扉を除くと2箇所のみです。
 1つ目は忠夫の部屋に忍んで往く所をベスパに見咎めら
れて外に呼び出された直後の場面(31巻14頁)、そして2
つ目は今回問題となった、逃亡(未遂)した忠夫に追い付
いた場面(同巻33頁)です。
 実はこれらの場面には、その直前直後と比較して異なる
点、それは同時に先述の「忠夫の部屋に向かう場面」との
共通点とも謂えるモノが在るのですが……判るでしょうか?

 そう、実はいずれも「忠夫と思いを遂げる=コード7違
反による自死、それに対する決心」を直接に現した場面な
のです。では早速、検証してみましょう。
 1つ目のは直前の決意を引きずったまま、それでも決心
を遂げようとする気持ちが全面に出ています。次の15頁で
は枕は見られず、恐らくは小脇に抱えたままでしょう。し
かし自分の決意をベスパに告白するこの場面には本来、こ
の意味で枕が登場していても決して不思議では非かったの
ですが……。そして次15頁からベスパとの対決終了の28頁
まで、全身像の中にも枕は登場しません。この部分では戦
闘場面である事の他に「滅びの為に今を生き延びる」と云
う一種の逆説が発生している為と考えられます。
 2つ目は、事の真意を悟り姿をくらまそうとする忠夫に
追い付き叱責する場面です。やはりここでも滅びの決意を
象徴する枕を欠かす事はできません。しかし次34頁以降は
ルシオラの滅びを否定する忠夫の主張に話題の主眼が移行
しており、枕も登場してきません。

 さて……こうして考えると、31頁で引き裂かれた枕にも
別の意味合いが出てきます。ここに在るのはルシオラの言
う「女に恥をかかせ」た(同頁)事に対する感情の爆発が、
それまでの自滅の決意を一時的に上回ってしまったと云う
事です。加えて、行動を暗に示し、自身を安心させ、外見
を取り繕う必然……つまり枕の3要素が唐突に裏返されて
しまった事も表している、とも考えられます(尤も、この
時点では度胸が無くて逃げたのだと想われていましたが)。
 その証拠に、33頁でのルシオラは行動をハッキリ口にし、
自身を奮い立たせ、なりふり構わず……つまり枕の3要素
と全く逆の手法に依って忠夫を追求しているのです。しか
も、それら裏枕の3要素も、枕の3要素と同じ「自死への
決心」に基づいていて相矛盾しない点は興味深いです。


 ……以上、枕ひとつて延々と語ってみまました(照笑)。


椎名作品Q&A 過去ログ / C-WWW unofficial support page