> 横島は、一時的にとはいえ、小笠原エミの除霊事務所で助手として雇われていました。その時の契約条件として、
> 「年俸2000万,完全週休2日,希望すれば社宅としてマンション提供」が示されていました。
先ず考慮したいのは、この条件が提示された時(つまり
『上を向いて歩こう!!』当時を以下の議論では便宜上「前回」
と呼ぶ事にします)は他社人材の「引き抜き」、謂わゆるヘッ
ド・ハンティングであったと云う点です。条件提示の直前に
「おたくこそあたしの求める人材!!」(コミックス3巻15頁)
と断言する以上、それなりの条件を提示するのは話の流れか
らも不自然ではありません。
そして何よりこの物言いが守銭……もとい倹約家である令
子の自尊心を刺激し冷静さを失わせる事で、エミに有利なよ
うに交渉を進めるのに役立つからです。実際、令子の遺恨が
忠夫1人に転嫁された以外は、雇い主間での人事協議は無事
に終了しているのです。また、雇われ側の忠夫は令子に対す
る遺恨から、ろくろく契約書の内容も確認しないまま判子を
押してしまいました(同19頁)。
人間の恨みを操るのが呪術の根本とするならば、エミは見
事令子と忠夫を呪術の罠に陥れたと謂えるでしょう。
とは謂え確かに令子が提示した待遇?に比べても、エミの
提示したモノは些か過分に見えます。しかし、それが職務内
容(除霊中の所長のボディ・ガード)の危険度にそこそこ見
合ったものであったとしたらどうでしょう。少なくとも危険
と云う点に於いて前の職場の比で非かった事は、忠夫の「こ
…こんな職場にいたら死んでしまう…!!/美神さん…っ!!」
(同27頁)というセリフに集約されているでしょう。
更に、エミが「おたくを引き抜いたのは、こういう時のた
めなワケ!」(同35頁)と断言する通り、忠夫が引き抜かれ
た本当の理由は彼を対令子用兵器として活用する為でした。
実際に作戦そのものは当初の目論見通りに令子をかなり好い
所まで追い詰めましたが……令子が採算を度外視して攻勢に
転じた事でエミが敗北したと云う事は、今回の2人の闘いが
まさに経済力の闘いであった事を象徴しています(伏線)。
以上が忠夫厚遇の主な理由となるでしょう。さて、
> タイガー寅吉は、エミの事務所に雇われた当時の横島と比較して、
> ・ 体力では遥かにまさっている。つまり霊体撃滅波を使う時の“肉の壁”として遥かに優秀である。
> ・ 横島の時は、ヘンリー,ジョー,ボビーと合わせて4人で肉の壁を作っていた。寅吉は一人でやっているらしい。
ただ、エミは霊体撃滅波を 30 秒で撃てるようになりまし
た(9巻101頁)。よって前回と比べて人数は 1/3 でも所
要時間は 1/6 になっています。勿論、タイガーの体力的優
位は揺るがないでしょうけど。
> ・ 寅吉はすでに霊能力を持っていた。特に、幻覚を見せる精神感応という、非常に役に立つ特技を持っていた。(実際、地獄組組長を自首させたのは、寅吉の幻覚の力)
> ・「女、女、女〜ッ」という煩悩パワーも、横島と同レベルと思われる。
> ・ キマイラを脅えさせたように、単純な霊的エネルギーでは、エミよりはるかにまさっているのではないかと思われる。
精神感応能力についてはその通りですが、強力過ぎるあま
り「それ(*笛)がないとこの強力な精神波はあんた(*エ
ミ)にもあいつ(タイガー)自身にもコントロールできない」
(同97頁)のが当時の現状です(暫く後には簡単な幻術なら
ば自分で制御できるようになりますが。16巻『GS六道冥子
・極楽大作戦!!』参照)。
煩悩については、普段は極度の女性恐怖症と云う形で強力
な自制がかかっており、またそれが解放された時には暴走状
態で見境が無くなっていますから、以前の忠夫に行使した呪
術が彼に使えるようにはちょっと想えません(9巻64頁のよ
うなプチ妄想(流行言葉風)なら自制の限りでは非いようで
すが、忠夫のように継続的に安定した煩悩を発揮する事は流
石にできないのでしょう)。
キマイラを脅えさせたのは、彼の内に眠る野生と精神感応
能力の強力さを示す為の伏線でしょう。またエミに関しては、
この少し後の忠夫と令子の遣り取りに於いて「じゃあやっぱ
り空港で、化け物をビビらせたのはエミさんじゃ…?」「そ
んなはずないわ。/あのときエミからは何も感じられなかっ
たのもの。」(同33頁)と、エミがキマイラを脅えさせられ
る事を否定していないのにも注意する必要があるでしょう。
そもそも、エミとタイガーでは能力の質が全く異なるのです
から、単純にこの一件だけで両者の霊能力の優劣を競うのは
ちょっと難しいのではないでしょうか。
> 以上から、横島よりもずっと高い給料で雇ってもらえてもよさそうなものです。
ここで、最初に示した忠夫厚遇の理由と比較しましょう。
先ず、タイガーがエミの元で働くようになった直接の契機
は「引き抜き」による物では無いようです。タイガーにとっ
て「エミさんはわっしの恩人で雇い主」(同45頁)なのだそ
うで、この恩とは恐らく、これまで多くの除霊師たちが失敗
してきたタイガーの能力の封印および制御に成功してくれた
事と、「セクハラの虎」の汚名を濯ぐべく日本で修業させて
もらう事への物でしょう(同97、106頁参照)。
つまり前回のエミと忠夫、更に言えば当時の令子と忠夫よ
りも一層師弟に近しい関係が構築されていると想像されます。
後に霊能力に開眼し、GS資格を取得した忠夫が「なんか…
資格取ってますます立場がさがったような…」(11巻133頁)
と自己分析した通り、師弟関係でしかも資格無し、その上師
匠を一方的に恩人として敬い慕っている状態では、とても彼
の高給は期待できないでしょう。件のドカ弁の時(15巻『ヘ
ルシングちゃんの逆襲!!』)でも、己の窮状は嘆きこそすれ、
雇い主に対する不満は聞かれませんでした。
待遇と労働との関係に於いても、この師弟関係で大方の相
場は無視されるでしょう。それどころかエミにコキ使われる
状況に、これぞ恩返しと言わんばかりに喜々として臨んでい
る素振りすら有ります(9巻36〜37頁参照)。
また、一応前回の忠夫と同様に「タイガーは対・美神令子
の秘密兵器」(同54頁)として導入された事も明かされてい
ますが、別に「高給である事」は「対令子兵器である」事の
必要条件でも十分条件でもありません。
バブル経済が弾けて2年後でも仕事の有った前回から更に
1年後の今回、「君(*令子)にノサれた助手(*3人組)
が再起不能になって」(同32頁)その上「令子に負けて信用
が下がったところにこの不景気…/ハッキリ言って私も追い
つめられてきたワケ」(同36頁)であり、エミとしては可能
な限り低予算で強力な戦力が欲しい所であったでしょう。ま
さにタイガーこそがエミの求める人材であり、エミこそがタ
イガーを使いこなせる人間だったのです。
対する忠夫もまた低予算の労働力でありながら、今回は令
子が危機的局面を打開するのに大いに貢献します。前回とは
違い、今回は不況渦巻く中での(低い方での)経済力の闘い
とも謂えるのではないでしょうか(伏線回収)。
> 仮に、年俸2000万の10分の1、200万しかもらっていなかったとしましょう。年間で学資に50万,アパート代に50万使っていたとしても、それでも食費その他の生活費は月に8万3000円です。卵くらいは買えるんじゃないでしょうか。ということは、寅吉の年収はさらにもっと少ないはずです。
まあ忠夫ほどでは非いにせよ、あの巨体をどうにか維持で
きる程度しか貰っていないでしょうね。ドカ弁の時は掲載時
間にしてGS資格試験から1年も経っていませんから、資格
が取れなかった事への負い目も有ったでしょうし(『香港編』
でタイガーが登場しなかったのは、彼が忘れられ……じゃな
くて、単に資格を持っていなかったから、でしょうかね)。
> ということから考えると、横島の年俸2000万という契約は、信じられないのですけれど。
> それとも、契約の神エンゲージは、横島が契約を破った時には「死と地獄ゥ」ですが、エミが破ってもな〜んにも言わないのでしょうか …… 。
はて、どこでエミが契約を破った事が判るのでしょうか?
契約の際に忠夫がきちんと書面を確認してくれなかったお
蔭で、契約の詳細が明らかになっていません。ひょっとした
ら、最初に提示した厚遇は一応の上限であり、実際の書類で
はより控えめな条件に変わってたかも知れません。また、忠
夫がどの程度の期間をエミの下で過ごしていたかは不明です
が、それほど長期に亙る物では非かったでしょう。
まあ結局、契約の神は吸印されてしまいましたし、その後
もこの辺りの話は特に触れられなかったので、物語的にはあ
れで契約自体がご破算、よって忠夫は年俸を貰い損ねたもの
の、めでたく時給アップ(笑)で前の職場に復帰、と云った
所ではないでしょうか。