1. あれれ、ストーリーが…
  2. 魔球なんているの?

あれれ、ストーリーが…

もうひとつ「プリ9」の欠点として指摘しなければならないことがある。 それは、肝心かなめのストーリーが、時として迷走したことである。

ケチのつき始めは第4話で、この話の後 半ときたら思い出すのもためらわれるくらいショボい話であまり触れたくない のだが、これについては、「まあ、1本くらいはいろんな事情の巡り合わせの せいでこういう駄作が交じることがあることも仕方なかろう」と割り切ること もできる。問題はその後だ。

第8話第9話を思い出そう。ここで私たちを待っ ていたのは、母との関係に葛藤し、過去の事情を明らかにせんと奔走するいず みの姿だった。この2話において、涼は明らかに主人公の座をいずみに譲って いる。

製作者がここで、いずみの心情を描くのを重視した理由は、すごくよくわ かる。いずみの、母親に対する複雑な感情と涼に対する対抗心・確執をしっか り描写しないことには、今後いずみが結局はチームメイトとして加わる際の心 の動きや決断の重さが十分なものとはならないからである。

だがしかし、それなら第9話のあの展開はないのではないだろうか。第9 話の涼は、「よく事情はわからないけれども、どうやら自分の父親が何らかの 形でいずみを苦しめる原因となっているらしい」というあやふやな理由だけで、 自分の将来も、仲間の期待も裏切ってわざといずみに負けることを選択するの である。

父親がいずみを追い詰めている、と言ってもそれはひどくあいまいな推測 でしかないし、仮にその推測が正しいとしても事情が全くわからないから、わ ざと負けたとしてもそれでいずみが救われるかどうかはちっともわからない。 一方、勝負に臨んだ時の条件では、自分が負けたら自分の将来だけじゃなくて、 せっかく野球をやることになったチームメイトの将来すら、自分の手で閉ざし てしまうことを意味するのである。

野球を舞台にやり直しを計ろうとした聖良。高知からわざわざスカウトし てきた小春。柔道特待生の座に別れを告げ、野球で一から出直しを計った真央。 父親を欺いてでも、大好きな野球をやりたかった加奈子。不純な動機(笑)で 野球部に潜り込んだ陽湖と、涼とは(直接には)無関係にスカウトされたヒカ ル・ユキを除けば、これだけのチームメイトの将来に、涼は責任を負っている のである。軽々しい判断で、わざと負けたりすることを選択することは許され ない。(第17話の涼の幻覚のシーンで、 小春が「土佐からウチを引っ張って来たがはおまんじゃ、責任あるぜよ!」と 叫ぶシーンがあるが、私は「そうだ、そのセリフを第9話の涼にも言ってや れ!」と心の中で激しくツッコミを入れながらこのシーンを見ていたものだ)

しかもその後の涼と来たら、主体的に何か行動を起こすことは全くなく、 単に部屋に引き籠って布団かぶって逃避しているだけである。そしてその後ど の面下げて野球部に復帰するのかと思ったら、自分の裏切りなどおくびにも出 さず、さっきの落ち込みっぷりはどこへやら、いけしゃあしゃあとしてチーム メイトに迎えられたりするのである。これは、到底主人公に取らせるべき行動 ではない。

第1話で、進学を諦め家業を手伝うこ とをサバサバとして誠四郎に語り、将来の夢は「日本一の、おでん屋さん!」 と明るく言ってのけた健気な涼は、第3話 で、「私のことは気にせず、お父さんからの贈り物を受け取りなさい」と諭す 志乃に涙した健気な涼は、視聴者の共感と涙を誘った、あの快活で健気な 涼は、一体どこへ行ってしまったのか!?わざわざ2話に渡って主役の 座を明け渡させてまで主人公に振った役回りがこれでは、余りに涼が気の毒で とうてい承服できかねる。

いずみが、涼に対して隔意と負い目を感じる展開にする必要があったのは、 解る。でないと10話の展開が生きてこな いからだ。だが、そのための手段としては、9話の展開は余りにお粗末に過ぎ た。結果論に過ぎないのかも知れないが、第9話は何としても

涼が全力でいずみに勝負を挑み、その結果いずみが(勝つにせよ負けるにせよ) 涼に負い目を抱く
という展開にする必要があったはずだ。

なお、第10話の内容を変える必要はない。実の所、私は第10話を「プ リ9」ベストエピソード中のひとつに数えており、10話の内容を変える必要 は全く感じていない。いずみが涼に対して負い目を抱えつつも、隔意と確執を 感じているせいでぎりぎりまで力を貸そうとしない(できない)という葛藤は、 10話をドラマチックに盛り上げる上で極めて重要なファクターとなっている。 また、ついにいよいよいずみが登場するシーンのわざとらしくてクサくて大ゲ サで熱くて勿体ぶった演出こそ、「プリ9」の真髄を体現したハッタリズムの 真骨頂と言っていいろう。

要するに、重要なのは10話なのである。第10話のハッタリとケレン味 を実現することが最も重要なことなのであって、それを目標に据えた上で、8・ 9話を「いずみに負い目を感じさせること」のための単なる手段として利用し ようとした製作者側のアプローチは、そこまでは正しい。だが、結果だけ実現 できればあとはどうでも良い訳ではなく、そこに至るまでの過程の描写に、もっ と心を砕くべきであった。この作業がおざなりにされた所に、ストーリー上の 大きな問題があったと言わねばならない。

それから、15話18話の、英彦のスキャンダルの掘り返し →涼の出奔→復帰の一連の騒動も、切れ味を欠く鈍重なストーリーだったよう に思う。

BGM 集 CD 第1巻やマンガ版第3巻のコメントによれば、「黒い霧」事件 を題材に取ったこの一連のエピソードこそが、このプリ9「第一部」で製作者 が最も描きたかったことだということになっている。しかし、それにしてはこ のエピソードはやけに薄っぺらい、説得力に欠けるものではなかったか。

まず、何十年も前に起きたスキャンダルの当事者の娘が、それだけの理由 であそこまで攻撃されるというのがそもそもウソっぽい。涼がまだ生まれてす らいなかった時の八百長疑惑ぐらいで、退学騒ぎにまで発展したり、クラスメー トから総スカンを食らったりするだろうか?それに、そこまで世論が盛り上がっ たとすれば、今度は偶然人命救助をしただけで(それが命がけだったとは言え) あんなにあっさり問題が解決してしまうのはおかしくないだろうか?

確かに、世間っていうのは移り気だから(たまごっちのブームが去るのは 早かったねえ。和歌山カレー事件って、今どーなってるの?)、ちょっとした きっかけでころっと風向きが変わる、という現象は十分起き得る。だけど、そ れだけで15〜18話の展開を片付けようというのであれば、そんな脚本の構 成はいい加減に過ぎる。あれにはどう見ようとも「ただの御都合主義」以上の 評価を与えることはできない。

さて15〜18話が低調に終わった直接の理由は上に述べた通りだが、そ の背景には、この間氷室理事長の影が一貫して薄かったことが影を 落としているのではないだろうか。

初期の回では思う存分怪人ぶりを発揮し、勿体ぶった言動でストーリーの 底辺を支えてくれた氷室理事長。自分のワガママを通すため、人を人とも思わ ない(笑)ワンマンぶりを発揮して、無理矢理女子硬式野球部を作っちゃうわ、 高校野球協会への加盟を認めさせるわとひたすら強気一辺倒で攻めてきた「プ リ9」の影の主役が、なぜか15〜18話では保護者会の面々にひたすら弱い。 「如月女子高野球部、最大の危機だわ」なんて殊勝につぶやいてるけど、この シーンでは「何言ってるんだ?本来のあんただったら、あんな奴ら鼻であしらっ て、有無を言わさず門前払いするだろーが」と激しく違和感を覚えた。(だっ てあれほどまでに執念を燃やした女子高野球部の存続の危機なんだよ?)

やはりこの偉大なる女傑の急激なパワーダウンが、15〜18話のストー リーのぐにゃぐにゃぶりを招いてしまったのではないだろうか(グラサンもし てくれなくなっちゃったし…)。おばはんがもっとしゃんとしてれば、この間 のストーリーにも芯が通ったのではないかと悔やまれる。氷室理事長のパワー はこの後もついに回復することなく、以後ほとんどストーリーの表舞台に登場 することなく「プリンセスナイン」の幕は下りた。 26話も、最後に一言「チャンスは、あと 2年ある…」とつぶやくだけで終わってしまった。これで終わらせてしまうに は、あまりにもったいないキャラだったと思う。

ちなみに、マンガ版でも3巻の理事長の出番は数えるほどしかない。たか みねさんも、すっかり精彩を欠いてしまった理事長を扱いかねたと見える。も し続編が作られるのであれば、また桂子さんには殺しても死なないよーな怪人 ぶりを発揮して頂きたい。

精彩を欠いたと言えば、彼女の娘も終盤ちょっと情けなかった。私は 8話を見ていずみには「こわいひと」の役 が一番似合ってると感じていたので、合宿の話で 涼をネチネチといたぶったりユキのこ とで高慢ちきな態度で他人を見下したように振る舞う「こわいいずみ」っ ぷりがふんだんに見られて結構嬉しかった。(いずみファンの方、愛がなくて すまん…。でもどーしても、いずみってキャラを好きになることできんのよ、 私…)で、彼女にはもっとそういう振る舞いを続けて、高杉を奪われまいと醜 くあがいて欲しかったのだけれど、24話 であっさり白旗を挙げてしまったのは拍子抜けで残念だった。自転車を漕ぐ高 杉の視界にいずみが入って来た時は、「あっ、『こわいひと』の登場だ。うん うん、ここでもう少し悪あがきして欲しいよな」と期待していたのに…。

魔球なんているの?

もうひとつ苦言を呈したいのは、「イナズマボール」という「魔球」だ。 「プリンセスナイン」という作品が(物理的な意味で)荒唐無稽なのはただ一 点、「高校に入りたての女の子が、大の男を手玉に取るものすごい速球を投げ る!」という部分のみであり、それ以外の部分に関してはそういう物理的な意 味でのウソを持ち込まないようにして作られていた。これは現実感に根ざした 登場人物の魅力を描く上で必要不可欠であり、かつ、極めて適切に働いていた――― 12話までは。

「イナズマボール」は突如としてこの世界観を揺るがす暴投球として作品 世界に飛び込んで来た。12話で木戸の口から初めて「イナズマボール」が語 られた時、それまで築かれて来た作品内容との間にかなりギャップを感じて戸 惑った覚えがある。ここで「魔球」というファクターを導入することによって、 本来不要な安っぽさを招いてしまったのではないだろうか?

衛星アニメ劇場」の主た る受け手である「小さいお友達」の受けを取る上では、「イナズマボール」の ようなギミックは非常に有効だろう。だが、「プリンセスナイン」という作 品の真のターゲットが「大きいお友達」にあることは、見る人が見れば明白で もあることだし、そのようなコケおどしに頼らず作品を組み立てて欲しかった… というのはやや残念に思う所である。確かに、 「イナズマボール」には大笑いさせてもらえ たことも事実なのだが、「イナズマボール」というものを取り立てて設定 しなくても、「プリンセスナイン」はほとんど無修正で成立し得ると思うのだ が、どうだろうか。


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井汲 景太 <ikumikeita@jcom.home.ne.jp.NOSPAM.>(迷惑メールお断り)
最終更新日: 2002年8月20日