眠り姫の目は覚めたのか?

§§0.はじめに

「極楽」のどのキャラが一番好きか?と聞かれたら、躊躇なく「大竜姫(仮 名)様」――――じゃなかった、「おキヌちゃん」と答えます。他のどんなマン ガに登場するキャラと比べても別格です。

単にかわいいだけのキャラなら掃いて捨てる程います。一生懸命なだけのキャ ラもまた然り。おキヌちゃんの魅力というのは、そういう「受けるためのあざと らしさ」とは無縁で、本当に純真で、自分らしくのびやかに「生きて」いる健全 な所にあります。人工的な匂いが鼻につかない、血の通ったキャラなのです。

そんなにも好きなおキヌちゃんなのに、せっかく生き返った後、横島に対す る好意を全面的に解放するのでもなく、かと言ってキャラの中核になれる新たな 方向性を獲得することもできず、薄く引き延ばされたようなキャラになってしまっ たことを残念に思う気持ちが、ずっとくすぶっていました。

その思いは折に触れ小出しにしていたのですが、やはりいつかはまとまった 形にしておきたい、という欲求がありました。三度、「紙の砦!!」に招いて頂 き、やっとこれまでの思いを一つにまとめる機会を得てしたためたのが本小文で す。

基本的に愚痴中心の駄文なので、心を広く持って読んで頂ければ幸いです。

§§1.巫女装束と幽体離脱

あなたは、「極楽」最終39巻の「地上より永遠に!!」を、どのように評価 しておられるだろうか?

肉体を狙われたにもかかわらず、そのことに少しも敵意を抱かぬおキヌの心 優しさ。かつて300年もの間幽霊だった者ならではの重みを湛えた、誠意にみち た語りかけ。おキヌの「無償の愛」の尊さを存分に描いた、傑作エピソードの一 つ………。

その評価は確かにもっともだ。しかし………成仏する悪霊をおキヌが見送る シーンを見て、私はどうしても、「ああ、やっぱり最後は『巫女姿』に『幽 体離脱』なのか…」と残念な想いに囚われずにはいられなかった。

「スリーピング・ビューティー!!」で、せっかく300年の時を経て生き返っ たにもかかわらず、それ以後のおキヌには、マンガのキャラとしての特徴は、 結局「巫女姿」と「幽体離脱」しか残らなかった。そもそもおキヌが再び美神 たちと暮らし始めたのは、霊体が肉体に定着するのを待つことが目的だったの だから、幽体離脱の多用はその目的に逆行しているはずなのに。

「ネクロマンサーの笛」や「ヒーリング能力」も定着せずに早々と姿を消し、 結局「巫女姿」に「幽体離脱」という、幽霊時代の道具だてに最後まで頼らざる を得なかったのは、皆さんよくご存知の通り。「幽霊の時とどう違うの?」とい う疑問を招く結果に終わってしまったのは、「マンガのキャラとしては」不遇だっ たのではないだろうか。

私は、生き返ったおキヌが巫女装束を着ることを、どうしても認めることが できない。その理由については、23巻発売当時に Cna-BBS (※注1)で書いた文章の一部 を抜粋する。(表現を一部変更しています)

おキヌちゃんってのは、想像も出来ない過酷な運命の挙げ句、やっと300年 間の軛から脱する事ができて、ようやくほんとの人生を生きようとしている少 女なんだから、幽霊時代のことを引きずるべきではない。もう彼女を縛り付け ていた、死の匂いのする「過去」とは一切合切縁を切らなきゃ。

巫女の格好ってのは、その「過去」の最大の象徴で、これこそが一番縁を切 らなきゃいけないもののはずだ。おキヌちゃんはもう過去を振り向かず、未来 を向いて生きていくべきキャラなのである。現代に生きる若い女の子としての 生を生き始めたんだから、巫女装束でイメージが固定しちゃうのはあんまりで はないだろうか。

すごく気になってるのが、これって、おキヌちゃんが生き返った事に有頂天 になって、「以前通りのおキヌちゃんが見たい!!」っていうリクエストを殺 到させた「病んだファン」のせいなんじゃないか、ってこと。だとしたら暗澹 たる気分にさせられる。ちょっと想像力を働かせれば解るはず。彼女に以前の 格好をさせる事が、彼女を過去に縛り付ける事だとということが。それこそが、 今の彼女にとって最も不幸だという事が…!!くそうっ、お前ら、おキヌちゃ んの未来を閉ざして、そんなに嬉しいんか!?

生き返ってから後のおキヌには、自ら進んで巫女の恰好をする理由がない。 そのため、私にはその背景に、キャラの幸せのことも考えずに、自らの歪んだ 欲望をみたすことのみに執着する「熱烈な神聖おキヌファン」の存在が感じら れて仕方がない。

以上のことについては、後になってから 「幽霊時代のことであっても、横島・ 美神と出会ってからの数年間は、あの辛い300年の歳月も癒すに足るだけの、 生き生きした時間であり、『死んでも生きられた』『死んでも命があった』時 代だったのでは。だから、巫女衣装が即『死の時代の象徴』や『死の時代に縛 り付けること』には当たらないのではないか。また、『幽霊時代のおキヌちゃ んが好き』という人たちも、この時期の『最も美しく生きた幽霊』としてのお キヌちゃんこそが好きなのではないか」という示唆を頂いた。これも非常に もっともな意見なのだが………それでもなお私は、おキヌが巫女の姿をすること には抵抗を覚える。

幽霊時代、おキヌがずっと巫女装束で通していた最も大きな理由は、「変え たくても変えられなかった」からだろう。「おキヌちゃんのクリスマス!!」 を思い出して頂きたい。作中の厄珍のセリフから解るように、ほとんどの幽霊 は、死んだ時の服のまま、着替えることができずにその後ずっと過ごしていか なくてはならないのである。

だからこそこの話のラストで横島がおキヌに織姫の服をプレゼントするシー ンには価値がある。そこでのおキヌちゃんは本当に――そう、本当に ――嬉しそうで、心の底からの感激が、読む側にも痛いほど伝わって くる、3巻屈指の名シーンである。

おキヌが感激している第一の理由はもちろん、想い人である横島がプレゼン トをくれたからであるが、それとはまた別に、かなうはずのなかった「おしゃれ」 への憧れが、僅かなりともかなうようになった、ということも、間違いなく理由 の一部としてあるはずだ。(であるからこそ彼女の第一声が「わあっ…!!お洋 服…!?」なのだ。もしこれが、「わあっ…!!素敵なお洋服…!!」だったら、 その意味はかなり変わってくる。まず第一に、その重点は「素敵な」の部分にか かる。第二に、語尾の「!!」は嬉しさで声量が大きくなったことのみを表す。 つまり、この場合、「プレゼントとしての可能性としては、『洋服』というもの がありうる、ということは、特に意識するまでもない当然の前提として出てくる セリフ」なのだ。しかし、実際には語尾は意外な驚きを意味する「!?」であり、 これは「よもや洋服がプレゼントされるとは、まったく思ってもみなかったが故 の感激」から出てくるセリフであり、「素敵な」であるかどうか以前の「お洋服」 であることそのものに対する感激なのである)

このことからも解るように、幽霊時代のおキヌもおしゃれ(とまでは行かな くても、いろいろな恰好のバリエーション)を楽しみたい、という欲求は持って いたはずである。もちろん常に前向きだった彼女は普段はそんなことを表に出し たりしなかった。そんな不毛なことを口に出しても何の解決にもならない、とい うことを、よく解っていたのは間違いない。

けれど、そういう意味では、幽霊時代のおキヌは決して進んであの恰好をし ていた訳ではなく、言わば「仕方なく」あの姿だったに過ぎないのではないか。 そう考えると、巫女装束は幽霊時代の「潜在的不自由の象徴」だと私には思え てしまい、「生き返った後にまで、わざわざそんな恰好をする/させる必要は ないではないか」と言わざるを得ないのである。

まとめ: 巫女装束や幽体離脱は幽霊時代の象徴である。生き返ったあとまでそ
	れをキャラとしての特徴づけとして使わざるを得なかったため、生き
	返ったことの積極的な意義が薄れてしまい、おキヌにとって気の毒な
	ことになってしまっていた。それらは、本来おキヌにとってふさわし
	くない物である。

§§2.おキヌと、横島・美神の「絆」について

実を言うと、大方のおキヌファンにとっては絶対のバイブルであろう「スリー ピング・ビューティー!!」にも、どうしても不満の残る点がある。それは、 横島も美神も、せっかく生き返ったおキヌとの絆をすぐには回復しようとしな かったことだ。これについても、23巻発売前後に C-WWW(※注2)Cna-BBS で公開した意見をまとめて みる。

この話の精髄は、ラストの、横島がおキヌちゃんの身体を氷の中から解放す るシーンに集約されている。生き返るかわりに、横島や美神たちとの思い出を 失うというつらい決断を迫られるおキヌ。そのおキヌの苦悩をひとおもいに断 ち切ったのは横島だった。ほかに道はないとはいえ、ここで決断するのは彼に とっても辛いことだ。横島はその辛さから逃げずに、自らの手で決着をつけた。 それは、決断することの辛さをおキヌに負わせず、その分も自分で引き受けよ うとした、彼の強さと優しさだ。

最後から7ページ目、横島の目は陰になっていて見えない。これは彼が内心 の辛さを押し隠していることを意味している。そして、まだ決心が固まってい ないおキヌちゃんの「待って……!!待ってください、横島さんっ!!」とい うセリフに耳を貸さず、「生きてくれ、おキヌちゃん!!」と霊波刀をたたき 込む横島(上で「決断することの辛さをおキヌに負わせない」と言ったのはこ このことだ)。次のページでは一転して涙をたたえた彼のアップになり(感情 の解放!)、締めくくりは、「俺たち…何も失くしたりしないから!また会え ばいいだけさ!だろ!?」「絶対思い出しますから――――!!忘れても二人 のこと――すぐに―――」の、感動の名セリフ。

「スリーピング・ビューティー!!」は、この3ページのためにあった作品 だと言っていい。椎名氏の深い愛をこのシーンからは汲み取ることができる。 しかし…

結局、「なぜ生き返った直後のおキヌちゃんに過去の事情が伏せられていた のか」ってのは謎のまま。それはないよねえ。

「スリーピング…」のクライマックス、あれだけ悲劇的な状況の中で、たっ た一つの未来への光明が、「必ずまた会って、3人の絆を取り戻してみせる」っ ていう熱い決意が凝縮した尊い誓いだった訳でしょ?だったら、おキヌちゃん が生き返ったときには、美神と横島は何を措いてもその誓いを果たすべく、こ れまでの事情をおキヌちゃんに話してあげなきゃ嘘だよ。仮にその結果として 記憶が蘇らなくても絶対に後悔なんてしないし、そうしないでそのまま何も知 らずに生きていく方が、ずっとずっと、比べものにならないくらい不幸だ。

なのに、「スリーピング…」のラストでは、横島も美神も、大した苦悩も見 せずにただおキヌを見送るだけで、追っかけもしないなんて、ぜえぇぇーった い納得できない!

また、「絆」と言えば、おキヌが成り行きでゴーストスイーパーの助手をやっ ているのもやや不自然ではないだろうか?おキヌと横島・美神にとって大切なの は「『絆』を取り戻し、深めていくこと」であるから、おキヌがゴーストスイー パーとして成長することは、別になくても全然構わないのである。

生き返ったおキヌはただの女子高校生で、大した霊的戦闘能力があるわけで はないし、その本性から言って、ゴーストスイーパー稼業が向いているとは思 えない。また、美神のもとにいる目的は前述したとおり「霊体の定着」だった のだから、美神・横島の助手として除霊の現場で悪霊のすぐ側に身を置くのは 危険な環境である。

椎名氏もそれを考慮して「ネクロマンサーの笛」や「ヒーリング能力」によっ て、おキヌが除霊の場で活躍できる能力を与えようとしたのだろうが、「以前幽 霊だったから」という程度の安直な裏付け(としか私には思えない)しかなかっ たために、これらの設定は結局定着することなくフェードアウトしていった。 「ヒャクメの心眼」も然り。

であるから、「スタンド・バイ・ミー!!」以降の方向性としては、おキヌ が積極的に除霊行為に関わる話でなくてもよかったはずなのだ。

これに対しては、「『極楽』がゴーストスイーパーを主人公にしたマンガで ある以上、除霊におキヌが関わらなくては横島・美神との絆を深めるのは不可能 では?」という疑問が当然出て来るだろうが、私はそうは思わない。

連載初期のエピソードでは、敵対的な悪霊を霊的戦闘で排除することがメイ ンではないようなエピソードの中に、上質のものが多く見られた。ちょっと思 い出しただけでも、

などが挙げられる。おキヌと横島・美神の関わりを描く なら、このようなエピソードを中心とすべきだったのではないか?そうすれば、 おキヌに無理にゴーストスイーパー的要素を持たせる必要もなかったはずである。 (もちろん、おキヌ復帰後にもこのようなエピソードは存在する。「魔法の鉄 人!!」「我が青春の宝船!!」「バレンタインデーの惨劇!!」「賢者の贈り 物!!」などがその代表例だろう。が、このようなエピソードは、26〜28巻以外 ではあまり見られない)

まとめ: 生き返った後のおキヌにゴーストスイーパーとしての能力を持たせよ
        うとしたのは上策ではなかった。「何でもあり」の「極楽」の特性を
	生かして、除霊以外のエピソードで横島・美神との絆を育む方向性を
	目指すべきではなかったか。

§§3.横島への報われぬ好意

§3−1 生き返ったが故の幸せ

もちろん、生き返ったおキヌちゃんがあらゆる面で不幸だった、という訳で はない。私はここでは「必ずしも幸福とは言えなかった面・むしろ不幸だった面」 を特に取り上げて論じているのであって、総合的には、おキヌは生き返ったこと によって、大筋では幸せだったと思っている。

例えば、色々な服装を楽しむことができたのは、おキヌ本人にとっても、読 者にとっても、非常に嬉しいことだったろう。

それから、幽霊時代は

のように、「ボケ担当だった」が故に「そんなことも解 らないコ」にされてしまっているのは気の毒だったのだが、生き返って生身の身 体となり、「そのあたりのこともちゃんと解るコ」になってくれたのは嬉しい変 化だ。いつまでも浮き世離れしたおバカなコのままではちょっと報われなかった 所だ。(※幽霊の頃のおキヌがそういうコだった理由は、実はもうひとつある。 それについては後で論じる)

しかし、おキヌの幸せを論じる上で最も重要な要素の一つである、「横島へ の好意」については、まだ語らなければならないことが残っている。

§3−2 おキヌの原点

おキヌというキャラの方向性を決定づけたエピソード―――それは、「海よ りの使者!!」だったと私は思っている。

それ以前は、

と、「天真爛漫」と言うより、むしろ生き死にの重大性 の認識に乏しい「アーパー」という感じの強いキャラだった。

それが「海よりの使者!!」において、「横島へ好意を抱くキャラ」という 要素がつけ加わり、キャラとしての深みがぐっと増した。どういうことかという と、以後おキヌの言動は「横島への好意」がベースになり、そこここに滲み 出すようになったのだ。これによって、おキヌの内面が描かれるようになっ た、という所が何よりも大きい。

それは「上を向いて歩こう!!」や、「おキヌちゃんのクリスマス!!」な どに如実に表れている。

などなど、おキヌちゃんのかわいらしさがこれでもかと ばかりに満載されている。

もちろん「ブラインド・デート!!」もその流れの頂点に位置する名作だし、 これら以外にも何気ないセリフや行動に横島への好意が感じられて、おキヌちゃ んの魅力を醸し出している所は随所に見られる。

例えば、「ゴーストスイーパー六道冥子登場!!」での、初対面の冥子にちょっ かいを出そうとする横島をにらむ目つきとか、「電子の要塞かいしんのいちげ き!!」で、マシンに吸い込まれる横島を追い、美神の制止も聞かず(ここはポ イント)吸い込まれる所とか、「サイキック・パワー売ります!!」で、カタス トロフ-Aを悪用しようとして失敗した横島を「あんまり怒らないであげてくだ さいね」とかばう所とか、「ドラゴンへの道!!」での「幽霊にもならずに死ん じゃだめー!!(幽霊になるなら別にいいけどっ!!)」などはその例だろう。

「横島への好意」があって初めて、おキヌちゃんは我々の知るようなおキヌ ちゃんになったのだ(このことは、もっと強調されていいはずだ)。

まとめ: 「海よりの使者!!」以後のおキヌのキャラとしての原点は「横島へ
        の好意」である。これこそがおキヌというキャラにとって最も重要な
	要素であり、これなくしては、おキヌはおキヌたりえない。

§3−3 縛られた心

生き返った後のおキヌの変化として、もっとも好ましかったのは「横島への 好意」をはっきりと自覚し始めたことだ。グーラーや朧に対しヤキモチを表に出 してみたりした所や、「横島さんは横島さんだから好きなんだもん……! 」発言などから、それまでの「自分が横島のことを異性として好きである」 ということがあんまりよく解っていなかった状態から一歩踏み出したということ がはっきり解る。現代で生を謳歌する若者としてのごく自然な感情の発露が見ら れるようになったのは、見ていてとてもほほえましく、また嬉しかったものだ。

………だけれど、これは「横島への恋愛感情」に一定のリミッターがかけら れた上での、「作られた幸せ」だったのではないだろうか…?

幽霊だった頃。おキヌちゃんは、決して、横島への好意をある一定以上に発 展させることは許されなかった。

「ブラインド・デート!!」を始めとする20巻以前のエピソードでは、横島 に好意を抱いていても、幽霊だったから、「ど、どうしたんだろ。胸が…なんか どきどきしてる…?」程度の話で済んでいた。もしどちらかが相手に好意をはっ きりと表してしまったりしたら、「幽霊と人間」という埋めようのない溝のため、 その後は残酷な結末が待ち受けている。それを回避するために、横島の側にも、 おキヌの側にも、「お互いにある一線は踏み越えない」という暗黙の協定が存在 していたのである。(これは、おキヌや横島本人がそういう風に了解していた、 という意味では必ずしもない。むしろ、椎名先生がそのような制約を自らに課し て描いていた、と言う方が正確だろう)

また、これが幽霊当時のおキヌが、まったくの恋愛オンチであったもう一つ の理由でもある。この設定は、おキヌがある程度以上横島への感情を発展させず に済ませる理由づけとして、マンガ上では有効に働いていた。

ところが、生き返った後は、ふたりの間に存在していた唯一にして最大の障 害であった「幽霊と人間」という溝がなくなり、互いに対等な立場に立ったので ある。である以上、おキヌは、そのキャラの原点から言えば、生き返っ た後はその協定を踏み越えなければならない宿命を背負っているキャ ラであるはずだ。

ところが、おキヌはそれを作者にさせてもらえなかったのだ。

理由ははっきりしている。椎名先生の心の内での本命ラインは、「横島・美 神」というカップルだからだ。椎名先生自身は最後まで横島の最終パートナーを 誰にするのかを作中で明示的な形で示すことはなかったが、それを匂わす描写は 作中の端々に見え隠れしている。

例えば、おキヌが一時退場していた間の「今、そこにある危機!!」と「デッ ド・ゾーン!!」では、それまでずーっと続いてきた「美神・横島カップル化計 画」が、かなりはっきりした形で表面化してきている。ここで、美神の横島に対 する感情は決定的になり、美神の無意識は、横島への愛情をはっきり認識してし まった。もう後戻りはできない。

こうなると、おキヌに横島一筋につっ走られてしまうのは、作者としては非 常に困ったことであろう。だから、生き返った後のおキヌは、非常に不自然な形 で「横島への恋心」を封じられてしまっている。

例えば、「心の旅!!」を思い出そう。あそこでおキヌちゃんが「横島さん は横島さんだから好きなんだもん……!」と言い(しかも「美神の面前で」)、 元の横島に戻すために一かばちかのカケに出た行動の原動力には、横島への恋愛 感情があったことがはっきりと読み取れる。ところが、せっかく発動した「横島 への好意」も、一旦普段通りの横島が戻って来た後では、表立った描写に結び付 くことなく、横島・美神とのぬるま湯的ななれあい状態に甘んじてしまっている。

私が、生き返ったあとのおキヌちゃんに関して一番気の毒に感じているのは このような部分だ。キャラとしての存在の原点に「横島への好意」があるにも拘 らず、作者の思惑によってそれを発動させることを封じられているおキヌちゃん。 実らぬことを約束された恋を、そのことに気付かせてもらえもせず抱き 続けさせられるということは、マンガのキャラとして、ある意味で最 も不幸なことではないだろうか?

このような懸念は、「スタンド・バイ・ミー!!」の頃に既にある程度は感 じていた。だから当時は、「そのようなことにならないよう、椎名先生には何か おキヌをうまく生かす腹案があるのではないだろうか。だからこそ『今、そこ に…』と『デッド…』の直後というこのタイミングで、おキヌを再登場させたの だと思いたい。20巻折り返しのコメントにある『新展開』とは、そのような用意 があることを言っているのではないか」と考えていたのだが…。

結局、そのような「おキヌの救済」は、最終回に至るまでついに登場しなかっ たことは、返すがえすも残念極まりない。

救済に関して言うならば、私は、「おキヌちゃんは、生き返った後に一 度横島にフラれて、『横島への恋心』というキャラとしての存立基盤を清算しな ければなければならなかったのではないか」と強く思わずにはいられない。 幽霊時代の重要な行動のベースに常に「横島への好意」という原点が宿っていた 以上、その方向性を発展させられなくなったからには、一度その原点を解消し、 新たに別の原点を確立しない限り、おキヌは、キャラとしての生命を維持しえな かったはずなのだ。

確かに失恋で一度は深く傷つくだろうが、しかしおキヌちゃんはそれを乗り 越えられるだけの強さを備えていると私は信じている。一部には「横島と結ばれ る以外におキヌちゃんの幸せはありえない」という意見もあるようだが、私に言 わせれば、それはおキヌちゃんに対して(※注3)あま りに失礼な言い草だ。たった一度の失恋で、これから先のおキヌちゃんの未来が すべて閉ざされてしまうなんて、そんなバカなことがあるだろうか?

おキヌちゃんは芯が強いキャラだから、例え横島を失ったとしても、いずれ は絶対に他の誰かと幸せになれるだけの健やかさを持っている。もちろん横島 は彼女にとって決して代わりのいない大切な人だけど、でもおキヌちゃんには その試練に耐えられるだけのキャパシティーがあるはずだ。(ちなみに、ここ が美神と違う所。美神は横島と引き離されたら、きっと2度と立ち直れない深 いダメージを負うだろう)

そして、その試練を乗り越えて、新しい一歩を踏み出し、未来を築いていく おキヌちゃんというのはとても魅力的だったに違いない!それこそが、生き返っ たおキヌちゃんに歩んでもらうべき道だったし、そうなってこそ生き返らせたこ とを本当の意味で生かすことができたのではないだろうか。今となっては叶わぬ 望みではあるが、そのような生き返ったが故の「新しい魅力」を備えたおキヌちゃ んの姿こそが、23巻以降の「極楽」で最も読みたかったものであった。

まとめ: 「横島への好意」こそがそのキャラとしての原点に存在するはずなの
        に、それを封じられたおキヌはキャラとして十全の活躍ができなかっ
	た。おキヌは、キャラの原点の再構築を行う必要があったはずである。

§3−4 「病んだファン」の弊害はなかったか?

おキヌがいつまでも横島への好意を抱いたままの中途半端な状態を強いられ ていた理由の一つには、「彼女の本当の幸せって何だろう」ってことを考えも しない、一部の狂信的ファンの存在がありはしなかっただろうか。

結局、いつまでも「ダメな横島(=自分)に無条件で好意を持ち、慰めてく れる、偶像としてのおキヌちゃん」であって欲しい(おキヌちゃんに望む要素は それだけ)、という読者側からの要望が強く、それに応えることを強いられてい たということはないだろうか。おキヌちゃんにときどき、「今でもやっぱり横島 のことが好きだよ」ってポーズを取らせると彼らは安心して満足する訳だが、そ の「ポーズ」のためだけにおキヌちゃんの想いが縛り続けられていたのだとした ら、おキヌちゃんにとってあまりに気の毒すぎる。

また、巫女衣装・幽体離脱からもついに脱却できなかったことも、おキヌの 表層的な部分の魅力「のみ」しか目に入らないような輩が、幽霊時代と同じ要素 を要求した結果ではないか、という懸念が払拭できない。

自分の都合しか考えていない、ミトコンドリアやインフルエンザウイルス以 下の下衆どもが、身勝手な思いを一方的に投影しやすいキャラであるのがおキヌ ちゃんのかわいそうな所で、そういう連中は滅び去って欲しいとつくづく思わず にはいられない。おキヌちゃんは、そのような卑しい思惑と視線の下に消費され てしまっていいようなキャラではないはずだ。絶対に。

§∞.おわりに

C-WWW や Cna-BBS での議論に参加してくださった皆さんに感謝します。また、 C-WWW と Cna-BBS を設置・運営してくださっている(いた)深沢さん(+ cirklo さん)とFROMさん、およびこの文章を書く機会を与えてくださった サークル「文珠」のアイベックスさん、出羽さん、羊田中さんに心よりの感謝を 捧げて結びとします。

井汲 景太/彼女の幸せを祈って…
※注1 【Cna-BBS】
椎名作品に関する web 掲示板。URL は http://www.donburi.to/~from/cwww/nbbs.cgi だったが現在は運用を終了しており、本サイトに 過去ログが残るのみ。
次項 C-WWW の support site でもあった。
※注2 【C-WWW】
椎名作品の総合 web site。URL は http://c-www.net/
※注3
おキヌだけではない。かつて失恋したことがありながらも、今幸せを 掴んでいるという世界何億もの女性に対する侮辱だ。
初出: 「紙の砦!!」<5>(サークル「文珠」・2000年8月11日)/2006年 2月4日 一部表現修正
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井汲 景太 <ikumikeita@jcom.home.ne.jp.NOSPAM.>(迷惑メールお断り)
最終更新日: 2006年12月22日